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15話・理想へのdetermination

 枝垂中学に10秒も経たずに到着した真哉は運転中に見た山口の特徴を思い出す。

 不摂生の極みと思わしき肥大化した腹に、脂ぎった肌と汚れた眼鏡、加えて一度もスーツを着用せずに半袖短パンにサンダルでありながら、自ら不潔さを前面にアピールするような男。

 正直、同じ男である真哉からも受け付けない相手だ。


「あんな奴、守る必要があるのか……? 」


 真哉は桃華の命令に疑問を覚え、その場に立ち尽くしていた。

 無辜の人々や善人ならまだしも、結のトラウマになるようなことをしでかした男を守る必要など、本当にこの世に必要なのか。

 真哉には仕事は仕事と割り切れる強さも、誰でも救おうとする底抜けの善人でもない。

 それ故に真哉の考えはあまりにも、ただの高校生らしいものだった。


「ん……、桃華さん? 」


『はろはろ〜!

 それなりに時間が経っているみたいだけど、順調かな〜? 』


「はい、これから取り掛かります」


 駐車場で気怠げに吹奏楽の演奏を聴いていた真哉のスマートフォンから一昔前に流行ったバラードが流れ、相手が相手ということもあり腹を括って電話に出たのが間違いだった。


『これからぁ?

 超遅過ぎるけどま、少しは早くね〜』


「……了解です」


 立場は桃華の方が上でも、真哉としては年下に馬鹿にされるといつも以上に腹が立ってきてしまう。

 その証拠に、吹奏楽を堪能していた時は落としそうなくらいに弱い力で支えられていたスマートフォンは激しく軋む音を立て、真哉の怒りを雄弁に物語る。

 その音は不幸中の幸いにも、桃華に聞こえることなく通話が終了した。


「──クソガキが」


「あ……⁉︎ 」


 思わず心の声が漏れてしまったのかと焦った真哉はスマートフォンの画面を見つめ、通話が終了していることを何度も確認すると桃華に聞かれていなかったことに心底安堵する。

 だが、真哉が自分で言っていないのであれば、思考せずとも一つの疑問に帰結した。


「誰だ……って、山口⁉︎ 」


「神聖なる教師を呼び捨てとは、人間どころか末期ガンのような奴だなぁ?

 ちょうど良い、たっぷ〜り、教育してやろうじゃないかぁ……! 」


「おっせえよ……、うぷッ」


 山口は巨体を揺らしながら鼻息を荒くして突進するも、真哉はそれを難なく回避して山口から距離を取る。

 突進のスピードは大したことないが、シラミの湧いた頭や洗ってないような身体から放たれる悪臭があまりにも強烈過ぎた。

 近寄られただけでも気絶しかねないのに、教室の窓とドアを閉めるだけで大量殺人が出来そうな破壊力は悪臭で有名なシュールストレミングを優に超えると断言できる。


「男は気乗りせんなぁ……

 未成年の女の子ならたぁっぷり、僕の部屋で可愛がって鳴かせてやるものを」


「お前、一応教師だろう……

 未成年に手を出すと捕まることぐらい、分かっているだろ? 」


 一度の突進でかなり体力を消耗したのか、山口が仰向けになって呼吸を整えている間に真哉はポケットからマスクを取り出し、すぐにそれを着用すると悪臭が少しカットされた安堵から苦言が漏れてしまう。

 出会わなかった、と今すぐに山口を無視して桃華に報告するのは簡単だが、それを真哉のプライドが許さなかった。


「ビヒッ!

 僕は日本の法に囚われないんだよぉ〜?

 未成年の女の子はぜぇ〜んぶ、僕のお・も・ちゃ!

 どんなに泣かしても、壊しても良い僕の奴隷ちゃん達は一生僕に仕える運命だも〜ん! 」


「──あ? 」


 山口の妄言に真哉の怒りは頂点に達し、近寄るだけで強まる悪臭に耐えながら拳を強く握り締める。

 始末書や暴行罪、傷害罪などの言葉が脳裏にちらつくが、真哉の衝動は収まらない。

 勢いの乗った真哉の全力の右ストレートが山口の顔を捉えようとした瞬間、


「ざぁああんねぇええん……‼︎ 」


 真哉の前方にいた山口はいつのまにか真哉の後方にいた白の軽自動車に乗り込み、全力でアクセルを踏んで猛スピードで真哉に迫る。

 警察官の拳銃よりも簡単に手に入り、強力な武器となる自動車。

 相手が明確な殺意を持って運転している以上、轢かれずに逃げ切れるかは運次第だ。


「せこい野郎が……! 」


 一か八か、一直線に突っ込んでくる軽自動車を多少の怪我を覚悟で横に飛んで避けようとしたその時、


「──救世主を殺そうなど、烏滸がましい」


「おわぁああ……⁉︎ 」


 見覚えのあるホストのような男が真哉の目の前に立つと迫る軽自動車を思いっきり蹴り上げ、派手に宙を舞った軽自動車はひっくり返って地面に激突した。


「お前……」


 指輪のような強化はなく、ホストのような男は素の脚力だけで走行中の軽自動車を蹴り上げても痛がる様子もなく、恐らくサッカーボール程度と思うと真哉は畏怖の表情で固まってしまう。


「さぁ、救世主。

 世界を救済する時は、今しかございません」


「これって……⁉︎ 」


 救世主と呼ばれる所以は気になっていたが、その疑問はホストのような男が片膝をついて差し出したジェラルミンケースの中身によって容易く掻き消される。

 ──JHMSの研究所にしか保管されていない筈の、魂の円環(ソウルリング)の原石。

 採掘場は厳重に管理され、違法に所持した場合は重罪とされるものだ。

 研磨済のリングならまだしも、原石は真哉も写真でしか見たことがなかった。


「いや、だとしても……」


 真哉は新たな力とそれを手にした時のデメリットを秤にかけ、良心の呵責を感じて素直に魂の円環(ソウルリング)を手にすることが出来ずにいた。

 必死に苦労して耐えてきた日々を無駄にしてでも、目の前の力に手を伸ばすべきか。

 言い方を変えれば、目の前に突然現れたチャンスを逃すような真似をして良いのか。

 真哉の悩みは尽きず、魂の円環(ソウルリング)の原石に手を伸ばしたまま触ることが出来ない。


「無視とはいい度胸だなぁ……

 僕の邪魔をする悪性ガンは、全て切除だぁあ! 」


 真哉が悩む間にひっくり返しになった軽自動車から脱出した山口は幽鬼のように歩き、叫びながら漆黒の穴へ躊躇いなく落ちていく。


『Over Soal』


『ウォオオオオッ……‼︎ 』


 その直後、穴から大量の酸性の泥を噴き出しながら四階建ての校舎と同サイズのエビルが現れ、真哉を無視して校舎を紙のように切り裂く鎌のような腕とコンクリートを溶かす酸で枝垂中学を攻撃し始めた。


「救世主、ご決断を」


 男はあくまでも自らの意思で取るように、と魂の円環(ソウルリング)の原石を近づけるだけで無理矢理掴ませようとはしない。

 誰かの所為にすることは簡単で、自分の逃げ道は簡単に作ることが出来る。


 ──だが。


『真哉、夢が無いなら警察官になりなさい。

 誰かを守り、悪を許さない立派な職業だ』


「親父……⁉︎ 」


 風景は前触れもなく一変し、真哉は亡くなった真哉の父親が幼い頃の真哉の両肩に手を乗せているのを目撃してすぐに己の父親に手を伸ばす。

 しかし、無情にも伸ばした手は擦り抜け、父親は幼い真哉に視線を向けたまま反応一つなかった。


『でも、恨まれて殺されちゃうんじゃ……』


『人間、どんなに友好的に接しても皆と友達になることは不可能なんだ。

 そこに理屈は存在しないし、嘘はない。

 でもね、真哉』


『お父、さん……? 』


 泣き出しそうな幼い真哉の頭を真哉の父親は優しく撫でてやり、そっと自分の帽子を脱いで幼い真哉の頭に乗せる。

 そして、空を指差し、軽く自分の左胸を叩きながら微笑んだ。


『空みたいに大きな理想を口にし、ちっぽけで小さい手を空に向かって伸ばし続けろ。

 そして、己の誇りを貫き通せ』



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 真哉が気付いた時には多数の怪我人が校舎から避難しようと痛む身体を引きずって外に出る様子を目の当たりにし、魂の円環(ソウルリング)の原石を差し出す男は頭を垂れたまま微動だしない。

 気を失っていたのはどれくらいか分からないが、救世主として慕っている真哉の選択を待ち侘びているのは確かだった。


「──俺は、この世界の人達を守る。

 俺の理想を叶える為なら、どんな罪を背負っても構わない‼︎ 」


 真哉は過去と決別するように思いっきり魂の円環(ソウルリング)の原石を掴み、真哉の手で解放された原石から溢れ出す光の波は大量の酸を掻き消しながら真哉の肉体を包み込んでいく。


『キサマァ……‼︎ 』

 アクセイガンハ、シメツシロォオオオ! 』


 エビルは山口の声で怒りを表現し、強烈な悪臭を放つも魂の円環(ソウルリング)から放たれた光がそれを打ち消す。

 残っている武器はエビルの持つ鎌のような腕ぐらいで、光が消えた時には研磨済のダイヤモンドが埋め込まれた魂の円環(ソウルリング)が真哉の右手の人差し指に嵌められていた。


「Dress up‼︎ 」


『使用者名・葛城真哉……、認証完了。

 救済の時間です、ご主人様(マスター)


 真哉が大地を殴りつけたと同時に溢れ出した純白の温かい光が真哉を包み込み、白を基調とした全身鎧の騎士のような姿に変化する。

 その瞬間、漆黒のマントをはためかせて歩く真哉の手には黒塗りの柄に文字が刻まれた西洋剣とアイギスを彷彿とさせる鏡の盾が自動的に装備された。


「嗚呼、実に、実に素晴らしい日だ!

 この終末たる世界に今、救世主の手により救済が齎されるだろう‼︎

 我等が崇めるべき救世主の名は、葛城真哉、ただ一人に於いて他はない‼︎ 」


 真哉のDress upを見た男は感極まって大粒の涙を流しながら真哉を讃え、溢れんばかりの感情を噛み締めるように青空に強く握り締めた拳を掲げる。

 そして、男は言い終えると満足したように真哉から少し離れ、真哉を見て動揺しているエビルを指し示した。


「救世主。

 貴方が為すべきことは、貴方が一番お分りでしょう。

 ディアメトの輝きの加護あれ」


「ディアメト……、ああ。

 俺の理想、見せてやるぜ‼︎ 」


 真哉がエビルに向かって駆け出すのを見送り、男は無から生み出すように取り出した白のマウンテンハットを目深に被る。

 そして、


「今はまだ、序章が始まったに過ぎない」


 男は堪えきれずに口角を上げ、自らは安全圏で真哉とエビルの戦闘を見守っていた。

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