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12話・天才ピアニストはトラブルメーカー part4

 ──その頃、病院内で虐殺が行われていた。


「真哉の奴、帰ったら絶対に奢らせる……」


 病院の入り口のガラスを蹴破りながら突入した結は苛立ちを露わにして患者も医者も看護師も居ない、廃墟のような病院内でエビルをひたすら殴り、蹴り上げ、叩き潰す。

 相手は人間ではないことで結の闘争本能を刺激され、それに比例して身体能力は大幅に上昇していった。


「──にしても、妙だな」


 八つ当たりのようにひたすらエビルを殺し続けていた結はふと我に返って立ち止まる。

 理由は不明だが、エビルは結を見ても気にせずに病院の機械を破壊するだけで人間に危害を加える様子はない。

 仲間が目の前に殺されていても、だ。


「もしもし、桃華……!?」


『エビルの被害は、ってことだろう?

 キミ達が呑気にしていた頃には全員が無事に脱出して、怪我人どころか襲ってこなかったみたい。

 結ちゃんはなんか情報とかある?』


 あたかも結が電話してくることを予想していたかのように、桃華は猫から集めた情報を元に結に情報を提供する。

 因みに、猫の給料は一般的なバイトの倍の時給となっており、有用な情報にはその都度ボーナスが支給されることから軍犬には警察よりも多くの情報が寄せられる仕組みだ。


「……病院の機械を破壊していたな。

 俺を見ても襲ってこないし、エビルってこういう奴だっけ?」


 結がエビルと遭遇したのはこれで二度目だ。

 一度目はエビル達は結を見て真っ先に我先にと突っ込んできて、文化会館では初瀬の活躍で殲滅し終えた後だからノーカウント。

 あまりにも、情報が偏り過ぎている。


『いいや、人間が歩いていたら捕食、捕獲、殺害にレイプ ……、やりたい放題だよ。

 人間を都合の良い玩具としか見てない連中は何を考えてんだか──』


「さぁな。

 お前が分からないなら、俺に分かるかよ」


 結は溜息を吐く桃華にぶっきらぼうに吐き捨て、普段なら2段飛ばしで駆け上がる階段をゆっくりと上がっていく。

 1階、2階、3階と見回ったが、今のところはエビル以外に誰かがいる様子はなかった。


『相変わらず、ご機嫌斜めだねぇ』


 けらけらと笑う桃華に文句の一つでも言おうとした結は警戒しながら4階に上がり、


『──よぉ、イヴァン』


 音速を超える拳に殴り飛ばされていた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「くそ、Dress up……ッ!!」


 病院の被害を顧みず、結はすぐに黒曜石の指輪の力を解放する。

 地面は硬い床から永久凍土に、空は覆い尽くされた雨雲による落雷が降り注ぐ異常気象へ。

 天井を破壊して直撃した落雷を浴びても永久凍土に足を凍らされても、目の前に立つ半裸の男は全く動じない。


『身体は胸ほど柔らかくはなさそうだな、クールビューティ?

 指輪を持ってきた時ならまだしも、挨拶程度でおねんねされたら面白くねぇからよ』


 結は先程の攻撃は指輪による強化ではなく、男の素の腕力だと理解して戦慄する。

 年齢は結よりも年上だと分かるが、この世界で人間を素手で大学病院の端から端まで殴り飛ばせる人間はごく僅かだろう。


 ──となれば、まさか。


「お前は……、異世界の、人間……?」


『残念だが、半分正解で半分不正解だ。

 オレ様は|異世界《Other world》の元人間でね。

 逃げ回る雑魚には用はないが、戦士には興味があるんでな』


 ただ、強い敵と殺し合いがしたい。

 男の目的が分かり、結はエビル達の不可思議な行動は男の指示によるものと分かった。

 だが、その場合はもう一つの疑問が残っている。


「じゃあ、なんで病院の機械を……?」


『陛下はこの世界をエビルだけで征服できると思っているが、今じゃエビルは簡単に殺されている。

 それで暇潰しにオレ様が来てみたが……、雑魚ばかりだと腑抜けるみたいだからよォ?

 ──マジになってくれなきゃ困るんだわ』


 つまらない、とばかりに溜息を吐く男。

 圧倒的な強さを持っても、男の欲は満たされなかったのだろう。

 それ故に相手を鍛え、自分を今以上に高めていく変わり者。

 結は唯一喧嘩で負けた相手が、そういった戦闘狂だったことを思い出した。


「だから……、機械を破壊したのか」


『デカい施設はぶっ壊すに限る。

 そうすりゃ、人間の不満ってのは破壊した強い奴よりも守れなかった弱い奴に向くからよ?

 人間ってのは、どいつもこいつも自分本位の醜くて卑怯なゴミ共だからなァ……!!』


「──」


 溜まりに溜まった、世界を呪う怨嗟の声が病院中に響き渡る。

 どんな生活だったのかは結には分からないが、並大抵のことではこうならないだろう。

 この世界の基準では強くても、|異世界《Other world》では弱いのかもしれない。

 若しくは、虐げられた過去から復讐心一つで今に至ったのかもしれない。


『ま、そんなことはどうでも良い。

 それよりも、仮契約イヴァン・プロトタイプのままじゃあ……』


 僅かに結の心に男への同情心が芽生えたと同時に、男の姿を視認出来なくなる。

 予備動作はなく、空気の僅かな乱れや音、第六感もあまり意味を為していなかった。

 どこから来るかも分からず、結は正面と背中を中心に警戒して、


『半人前だぜ、クールビューティ?』


「う"ぉべ……ッ!?」


 正面から男の正拳突きを受けた結の身体は病院の壁を貫き、受け身も取れずに4階から駐車場に叩き落とされた。

 あまりにも強力かつ正確無比な一撃はDress upをした結を満身創痍にまで追い込み、結は立ち上がることすら出来ない。


『今のお前が強くなったのは確かで、大罪を犯すほど指輪は力を増していくのは正解。

 それでも、本契約でなければ意味がないんだよなァ!!』


 男は結が無事に着地したことに驚きもせず、追撃の為に4階から飛び降りて流星の如く結に猛追する。

 既に駐車場のアスファルトはマグマの如く溶けていき、遂には永久凍土を徐々に溶かしていく。

 結からは膨大な熱量を帯びた浅黒い男の荒れた肌も相まって、巨大な隕石が狙いを定めて降ってくるように見えた。


「やられっぱなしで終われるかよ……!」


 絶体絶命の状況下でも震える手でイヴァンを握り締め、結はイヴァンの銃口を男の眉間に狙いを定める。

 限定解除(プロト・イヴァン)の為、結の攻撃が通用するとは限らない。

 それでも、何もしないよりかはマシだった。

 猛追する男に向け、相討ち覚悟で結は引き金を引き──


『帰還せよ、スィンモガ』


 直撃寸前で結の知らない声が聞こえ、スィンモガと呼ばれた男は舌打ちして3歩下がる。

 子供同士の遊びに大人から水を差されたような子供のように不貞腐れる姿は見た目よりもスィンモガの性格に近いものを感じた。


『悪いな、陛下のご意向とやらでお遊びはここまでだ。

 ヤーサス!』


「は……!?」


 結が呆気に取られている間にドライヤーのような形をしたモノから吹き出した黒い煙に包まれ、煙が晴れた頃にはスィンモガの姿は消えて月明かりが結と崩壊寸前の石動病院を静かに照らす。

 新型のエビルではなく、限定解除(プロト・イヴァン)を超える|異世界からやってきた強敵スィンモガ


「今の、ままじゃ……」


 スィンモガだけでなく、彼と同等、若しくはそれ以上の実力者が異世界には存在する。

 既存の指輪の力を上回った限定解除(プロト・イヴァン)でも、次はないだろう。

 結は立ち上がれない自分が嘆かわしく、腹立たしく感じていた。


「──次は、絶対に」


 決意を胸に、結は濁流のように激しく迫る眠気に身を委ねる。

 その瞬間、結の意識が無くてもボロボロの戦闘服から枝垂中学の制服に自動で着替えさせられた。

 ……までは良かったのだが、この機能はまた一つ、大きな波乱を呼ぶことをこの時の結は知らなかった。

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