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10話・天才ピアニストはトラブルメーカー part2

「燃え尽きろ……ッ!」


 先手必勝と少年が右手を結に向け、ルビーの指輪が光ったが何も起こらない。


「……?」


「クソ、早く燃え尽きろ……ッ!?」


 魔法に詳しくない結だが、今の少年は魔法が使えないらしい。

 万一の場合は黒曜石の指輪で対処しようと少年に一歩近寄っていき、少年は二歩下がる。


「燃えろ、燃えろよぉおお……!?」


 少年の悲痛な叫びも虚しく、何も起こらずに恐怖は少年に迫ってくる。

 相手は女で、肉体的には小学生のような女性優位なことは少ない筈なのに。


 ──あまりにも、恐ろしくて震えが止まらない。


「歯、食いしばれ」


 年下だろうが、容赦なく結の拳はボクシング選手並の正確無比な右ストレートとなって少年の顔を捉え、後方に勢いよく吹き飛ばす。

 少年は後方のフェンスを巻き込みながら大樹に激突して激しく損傷したのに対し、結の拳は傷一つなかった。


「うぞ、でびょ……」


「──」


 泣き喚く少年を無視し、結は特異手帳をトイレのドアに翳して研究所に向かう。


「……ありがとな、結」


 その光景を見ていた真哉は指輪を使わずにこの威力を生み出したのは十分に恐ろしいが、真哉は少しばかり嬉しくなった。

 誘ったのは自分なのに、彼女はどんどん自分を追い越していく。

 それが憧れでもあり、自分にしか出来ないことを増やしたいという向上心に繋がっているのは結には秘密だった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ただいま、っと」


 結が到着した頃には窓から夕日が差し込み、部屋の主人である桃華の横顔を眩く照らす。

 彼女の手には万年筆が握られ、小学生の割には飾りっ気が一切ない社会人向けのモノだと一目で分かった。

 恐らく、桃華のファンシーな趣味から鑑みて誰かからのプレゼントだろう。


「お帰り〜

 飴ちゃん食べる?」


 桃華は机の引き出しから棒付きキャンディを複数取り出し、結の目の前に差し出す。

 棒付きキャンディの味はコーラ、林檎、梨、抹茶、苺、桃味の6種類。

 好みの味が見当たらなかったのか、結は差し出された棒付きキャンディを押し返した。


「棒付きは好きじゃないから却下」


「美味しいのに……」


 桃華が残念そうに飴を舐めているところを見ると、申し訳なさが生まれてきそうで……、


「飴とかフランクフルトとか、音を立てて汚ったなく舐め回すと興奮しない?

 偶にしちゃうんだけど」


 全くしなかった。

 同意を求める桃華に結はゴミを見るような視線を向け、


「控えめに言って死ね」


「容赦ないよね、結ちゃん」


 桃華は盛大に溜息を吐きながら棒付きキャンディを机の引き出しの中に仕舞い、何故かカーテンを閉めずにサングラスをかける程度なら結も気にしなかった。


「……」


「どした〜?」


 ──だが、桃華のサングラスは旅先で良く売られているようなピンク色のハート型のものであり、結は桃華がいきなり南国風の音楽を流し始めたことに絶句する。


「何でもない。

 それより、あのクソ野郎は?」


 自由気ままな桃華に付き合ってられないと結は強引にカーテンを閉め、さりげなく桃華からサングラスを取り上げて机の上に置く。


「クソ野郎?」


「文化会館でピアノを演奏していた奴だよ。

 昨日真哉がトラブルメーカー、って言ってた」


 サングラスを取り上げられた桃華は瞼を閉じて昨日の記憶を思い出し、顔と名前が鮮明なイメージとして浮かび上がった。

 確かに、彼は桃華から見ても問題ばかり起こして仕事を増やしてくれるクソ野郎である。


「あ〜、初瀬尚美はせなおみ君かぁ。

 取り巻ッキーズの彼等の報告通りなら、石動病院で全治三ヶ月の入院みたい。

 本来は結ちゃんにも罰を与えなきゃいけないけど……」


 何度か唸りながらも桃華は特別措置と書かれたスタンプを書類に押し、始末書をレイジにファックスで送る。

 桃華としては始末書を書かずにNEONで一言言って済ませたいのだが、古き良き習慣を大切にするレイジから許可は出なかった。


「ま、今回だけはなおみんが調子に乗ってた罰として不問にするよ。」


「サンキュ、恩にきるよ」


 明らかに変な単語が一つ含まれていたような気がするが、下手な追及や指摘は心労の元。

 結は疑問を呑み込んで素直に頭を下げておくことにした。


「そういえば、一緒じゃないの?」


「真哉は初瀬を殴った後は見てないな。

 どうせとっとと帰ったんだろ」


 置いてきぼりにした真哉を今更思い出し、少しばかり申し訳なくなってきた結。

 だが、桃華に変な噂を流されないように敢えて真哉を突き放すように首を横に振った。


「真哉くんに限っては、それはないと思うけどねぇ。

 多分、現場の修復作業でもしてるんじゃないかな」


「……ふ〜ん」


 今実際にやっているかはともかく、JHMSの隊長の桃華がそう思うぐらいにはやっていた実績があるのだろう。

 いつから在籍していたかは真哉が語ろうとしないが、案外長く在籍しているのかもしれない。


「おや、ご機嫌斜め?」


「そうじゃない。

 単に、横取りされたことがイラつくだけ」


 じっと結を見つめる桃華から視線を逸らし、気怠げにソファの上で寝転ぶ結。

 初瀬のことは正直どうでも良かったが、結には少し気になることがあった。


「横取りね……、鎌倉時代みたいな一番手は給料上がるとかはないんだけど」


「俺はそういうのは別にいいんだ。

 ただ、エビルを使って異世界の住人が侵略してきているんだろう?」


「うん、それは間違いない。

 基本的にエビルばっかりだけど、僕等みたいな人型が出てこないとは限らないからね」


 出ないことが一番とばかりに溜息を吐く桃華。

 エビルだけでも面倒というのに、それ以上の脅威が出れば被害は今以上に増大する。

 今の安寧は、彼方の動き次第で簡単に消え去ってしまうことを桃華は十分に理解していた。


「人型……?」


「所謂エビルを作ってこの世界を侵略しようとする、異世界の住人だよ。

 彼等自身が攻めてきたことはまだないけど、そのうちに来る可能性が──」


【Jアラート発令、Jアラート発令。

 石動病院内に新型のエビルが発生しました。

 付近の住民はすぐに避難して下さい】


 桃華が説明している途中にJアラートが鳴り響き、不愉快そうに桃華は眉を顰める。

 いつものようなエビルならまだしも、新型と聞くと下手に出動命令を出すことは出来なかった。


「石動病院って、確か……」


「なおみんが入院してるとこ!

 結ちゃん、出れる……!?」


 桃華は緊迫した状況に焦りを感じ、思わず結に抱きついて懇願する。

 初瀬の他にも赤系統の軍犬がいるとはいえ、新型に勝てるかは分からない。

 故に、軍犬の中で圧倒的な強さを誇る結を出撃させることが最善と桃華は判断した。


「ああ、やるしかないようだからな。

 桃華は避難を徹底してくれ」


「了解!

 出撃するなら地下10階にあるピットに向かって……!!」


 桃華の指示に従い、結は出撃専用のエレベーターに乗ってJHMSの所有するピットに向かう。

 早く、速く、疾く。

 心臓が高鳴り、鼓動は徐々に早くなっていった。

 それに加え、新型のエビルが結の闘争本能を最大限に刺激する。


「──漸く、戦える」


 自然と結の口角が上がり、エレベーターは地下10階に到達した。

 それだけでも興奮が止まらない。

 誰かの為でもなく、ただ己の為。

 結の欲望は、真っ白に光り輝いた。

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