意地っ張り
基本的に、女性向けの作品です。
今作から、ページ分割を細かくしました。
『ボクは知りたい、ボクの真実
多分、それを知っているのは………………………』
棺の蓋を開け、シャインは辺りを見回した。
棺が在る押し入れの戸は開いていて、カーテンは閉じていた。
シャインは安心して棺から出た。
ドアの傍の壁にリクエスト通り遠山の金さんのポスターが貼ってあったのでシャインは満足気にポスターの前に立って見た。
閉まっているカーテンの傍にはテーブルと二脚の椅子が置いてあった。
大きなテレビとその下にはブルーレイのデッキが設置してある。
シャインはクローゼットからお気に入りの、スーツ用の襟付きチョッキを出して素肌の上に着た。
ストレートの黒いパンツを穿くとテレビの前に胡座をかき、ブルーレイを操作して録画済みの時代劇を見始めた。
杉良太郎の遠山の金さん。
流し目が色っぽい金さんはシャインのお気に入りの金さんである。
遊び人の金さんが桜吹雪の入れ墨を披露して悪代官をやっつけるシーンで部屋のドアがノックされた。
「悪餓鬼、起きたの? 」
シャインはドアを振り返った。
ドアが開くと母親の真里が黒いノースリーブのワンピース姿で入って来た。
茶髪に強いウェーブをかけた真里は、歳よりもずっと若く見え、十七歳の息子が居るようにはとても見えなかった。
「寝坊助、テレビ見る前にすることがあるでしょ」
「陽はもう堕ちたの? 」
「随分前にね」
「じゃあ、行かなくちゃ」
シャインは立ち上がった。
「せめて歯を磨いて、顔ぐらい洗いなさい
髪もとかしてね」
「あんまり小うるさいと老けるよ」
「大きなお世話よ
そう云う心配してくれるなら、小うさくならない様に自主的に身なりぐらい整えなさい」
「へいへい。
洗面台、何処? 」
「部屋を出て右」
シャインは引っ越してる間、棺の中で眠っていたので越して来た部屋を見るのは初めてだった。
真里に言われた事を終わらせ、ベランダから出て行こうとすると真里が呼び止めた。
「裸足で出掛けるの? 」
「あ……………………
玄関、何処? 」
「キッチンの横」
靴を履くとベランダから外を見回した。
人が居ないのを確認すると三階のベランダから出て行った。
シャインはご飯を求め、浮遊して移動した。
いつもは灰色がかった緑の瞳をしているシャインの眼は、闇の中で獲物を探す時には紅く、瞳孔が大きくなった。
樹木を見つけると慎重に近付いた。
番の鴉を見つけたがシャインはその場を離れ、別の樹木を探した。
公園に生える樹木に一羽の鴉を見つけた。
シャインはそーっと近付くと両手で鴉を捕まえ首に噛み付いた。
なるべく苦しまないように。
鴉はシャインの手の中で抵抗する力を失い、萎んで行った。
シャインは木の下に穴を掘ると鴉を埋め、泥だらけの手を合わせた。
公園の水飲み場で手を洗い、血塗れの口を洗ってその場を離れた。
シャインは新しく来た街を眺め、観察して飛び回った。
多分、時間は深夜になっていた。
民家の殆どが灯りを消して眠っている。
七階建ての住宅の一部屋に明かりが灯り、人影が見えた。
近付くと十四、五歳くらいの少年が哀しげな表情を浮かべ、ベランダの手摺りに手をついて遠くを見ていた。
その顔があまりに哀しそうなのでシャインは飛び降りるのでは、と心配になった。
少年は華奢でティーシャツにジーンズ姿で、短い髪を風に遊ばせ、大きな瞳から今にも涙が零れそうに見えた。
シャインが傍に寄り、顔を覗き込んでも気付かない。
「飛び降りない方がいいと思うよ」
と、思わず声を掛けた。
少年はハッとしてシャインを見た。
「危ない!
早くこっち来いよ! 」
少年は叫んだ。
「いいの? 」
シャインは嬉しそうな顔でベランダの手摺りを飛び越えた。
部屋から零れる明かりに照らされたシャインを見て少年はその美しさに眼を奪われた。
ストレートの金髪を肩まで伸ばし、灰色がかった緑の瞳、ほっそりとしたしなやかな肢体、まるで雑誌から飛び出したモデルの様だった。
少年は我に返ると訝しげな顔して言った。
「ここ五階だぞ
どうやってここまで登って来た」
「どうって、こうやって」
シャインは浮き上がって見せた。
少年は驚いたが、平気を装って言った。
「へーえ、飛べるってことはお前、人間じゃないな」
シャインは降り立つと答えた。
「吸血鬼だよ」
「ふーん」
少年は強い好奇心をそそられたが興味の無い振りをした。
「どうして、あんな哀しい顔してたの? 」
「オレがどんな顔してようと、お前には関係無いだろ」
「そう云う言い方って無いだろ!
心配してるのに」
「頼んで無いだろ! 」
「ムカつく」
「勝手にムカついてろ
だいたい死なない吸血鬼には解んないよ」
シャインは少年を真顔で見詰めた。
「キミ死ぬの? 」
少年は顔を背けた。
「関係無いだろ」
「だって、まだ子供だよ」
「子供扱いするな、お前だって子供だろ
何百年生きてるか知らないけど」
「まだ十七年しか生きてないよ
それにボクはシャイン
お前なんて名前じゃ無い」
「へーえ、オレよかニこ上なんだ」
少年は面倒くさそうに言った。
「オレは圭依だよ」
「よろしく、圭依」
シャインは握手を求めた。
圭依は顔を背けたまま手を出した。
シャインはその手を握って思い切り上下に振った。
「何すんたよ、腕がもげる! 」
「やわな奴だな、これくらいで」
圭依はシャインを睨むとお返しに更に激しく上下に手を振った。
「やったなあ」
シャインは更に激しく手を上下に振った。
圭依は頭から膝まで手を高速で上下させた。
「このっ、このっ! 」
「負けるか! 」
二人は息が切れ、腕が怠くなるまで手を高速で上下させ続けた。
「もう!
やってられるか! 」
圭依はシャインの手を振り払った。
シャインは勢い余って一回転した。
圭依はそのさまを見て吹き出した。
圭依は暫く笑い続けた。
「何がそんなに可笑しいの? 」
シャインは笑う圭依を不思議そうに見詰めた。
「だって、お前人形みたいに回るから………………………」
「だから、お前じゃ無いってば」
「解ったよ、シャインだろ」
「ねえ、中に入れてくれない?
ここ川が近いだろ、さっきから蚊が煩くて
吸血鬼の血を吸おうなんて身の程知らずだと思わない? 」
圭依は笑い出した。
「また、笑うし」
「だって、蚊に血を吸われる吸血鬼って、余りにも情け無くない? 」
シャインはムッとした。
圭依は笑顔で言った。
「怒るなよ、入れてやるからさ
おおらかな奴は嫌いじゃないよ」
圭依はベランダの戸を開けた。
シャインは靴を脱いで圭依の部屋に入った。
部屋の奥に机が在るのを見てシャインのテンションは上がった。
「わお、机じゃない!
キミ学校に通ってるんだ」
シャインは机に近寄ると椅子の背凭れに触れて眼をキラキラさせた。
「学校なんて、みんな通うだろ」
「ボク昼間、棺の中で寝てるから学校って行ったこと無いんだ
憧れだよ、学校」
「ふーん
変わってるな、お前
なんなら、座らせてやってもいいよ」
「いいの? 」
シャインは嬉しそうに圭依を振り返った。
圭依は肩を竦めて椅子を引いた。
シャインは椅子に座ると机に並んでいる教科書を一冊取り出してペラペラ捲った。
「ねえ、学校のこと聞かせて」
圭依は一瞬表情を曇らせた。
「学校なんてそんな、いいもんじゃ無いよ
それよかこれ見てよ」
シャインが振り返ると圭依は本棚を指差していた。
本棚には本では無く数え切れないくらいの映画のDVDが並んでいた。
「凄い!
これ全部映画? 」
「そうだよ」
圭依は自慢気に言った。
「へーえ」
シャインは立ち上がるとDVDを指でなぞって見て言った。
「ねえ、時代劇の映画はないの? 」
「時代劇ーぃ?
あのチャンバラの? 」
「そう、カッコいいと思わない?
完全無欠の正義だよ」
「じじくさっ」
圭依は眉間に皺を寄せた。
「じじくさく無いよ、立ち回りとかめちゃめちゃカッコいいよ」
「ふーん、立ち回りねー
それなら、オレはアクションのバリバリ効いた、る◯ろうに剣心の実写版の方がいいな」
「る◯うに剣心? 」
シャインは小首を傾げた。
圭依は本棚に並ぶDVDの中から一本取り出してシャインに見せた。
「これ? 」
「観る? 」
「うん! 」
シャインは元気良く答えた。
暫く二人は映画を黙って観ていた。
アクションシーンになるとシャインは興奮して言った。
「凄い!
目茶苦茶立ち回りが早い! 」
「だろう? 」
圭依はふふんと笑った。
シャインは言葉を交わすのも忘れ、夢中で観入った。
圭依はそんなシャインの様子を時々見ては微笑んだ。
観終わるとシャインは後ろに手をついて溜め息をついた。
「凄いね」
シャインが圭依を見ると、圭依は満足気に笑っていた。
「無◯の住人も凄いよ
こっちの方が、シャインがいつも観てる時代劇に近い動きかもね」
シャインは眼を輝かせて言った。
「へーえ
今度観せてよ」
「いいよ
一緒に観よう」
圭依はディスクをしまいながら言った。
「シャインて、ハーフなのか? 」
「うん、人間と吸血鬼のハーフだよ」
「え?
人間と吸血鬼のハーフなの? 」
圭依は眼を丸くした。
「何のハーフだと思ったの? 」
「普通に西洋人と日本人」
「ああ、なんだ
うん、母さんが日本人なんだ
父さんはイギリス人だよ」
「吸血鬼と人間のハーフなんて珍しいな」
「そうなの? 」
「そうなの?って、お前が訊くなよ! 」
圭依は眼を剥いた。
「だって、ボク他に吸血鬼知らないし」
「組織とか無いの? 」
「組織?
父さんはそんなこと話たこと無いなあ」
「親父さんも日本に居るんだ」
「父さんはイギリスに居る
眠っていると、時々父さんが血の魔力で話掛けて来るんだ」
「眠っている時って、吸血鬼ってそんなこともできるんだ」
シャインは外を見て慌てた。
「空が白んで来た、帰らなきゃ! 」
シャインは立ち上がった。
「また来てもいい? 」
圭依は少し不貞腐れて言った。
「好きにしな」
「本当は陽の光なんて平気なのかも知れないんだけど、母さんが煩くてね
ギョウザ食べた人との会話もOK、鏡で毎日身だしなみもチェックするし、十字架のペンダントもお気に入り
陽の光だって、大丈夫だと思うんだけど、母さんが凄くそこには神経質でさ」
シャインは肩を竦めて見せた。
「嬉しいよ、キミみたいな友達ができて」
圭依は顔を背けて言った。
「決めつけるなよ
友達かどうかオレはまだ、決めて無いんだからな」
「素直じゃ無いなあ
じゃあ、また今夜」
シャインは靴を履くと振り返って手を振った。
圭依は気の無い顔で軽く手を挙げた。
シャインは手摺りを越えて遠ざかって行った。
圭依はずっとシャインが見えなくなるまで見送った。
「吸血鬼って本当に居るんだ」
シャインは三階のベランダに降り立った。
リビングのテーブルで真里がうたた寝していた。
シャインはあちこちのドアを開け真里の寝室を見つけるとクローゼットからタオルケットを取り出し、真里にそっと掛けた。
シャワーを浴びるとパジャマを着て棺の中に入った。
陽が登り始めた。
眠るシャインを呼ぶ声がした。
『シャイン…………………………』
シャインは眼を覚ました。
『父さん? 』
遠くイギリスに居る父が血の魔力を使って話し掛けて来た。
『真里は元気にしているか? 』
『大丈夫、相変わらずキレイだよ
でも、また引っ越したんだ
ボクが普通じゃ無いから、また変な噂が立ったみたい』
『相変わらず動物の血を糧としているのか』
『ボクに人は襲えない
今のままで充分生きられるよ』
『本能に何処まで逆らえるかな』
『本能……………………? 』
嗚咽が聞こえる。
『母さん…………………
母さんがまた泣いてる
どうして………………? 』
暗闇の中でシャインは
更に深い暗闇の中へと堕ちて行った。
ここまで読んで戴き有り難うございます。
この作品は、昔描いたボツのマンガのストーリーを小説用に書き直した作品で、とてもお気に入りのストーリーです。
ラストシーンが特にお気に入りです。
楽しんで戴けたら幸いです。