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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第三章 化生の民
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第九十九話 炎上


「これは伯爵の仕業だろうな」


 ケーナが見つけた手紙をメルクが見せれば、名指しされていた大賢者は険しい顔で首を傾げた。


「おそらくは……ただ、解せない。君の正体に気付き、今さらこんな手紙を私に送ってきたところですでに公爵の兵が動いているのは察しているはず。それにこの家の結界を越えてどうやってテテムを誘拐したんでしょう?」

「考えている場合か。すぐにでも救出しないと博士の二の舞になる可能性もあるぞっ!」

「そうですが……けれど気になりませんか? 彼らがテテムの存在を知っているのであれば、何故博士を攫った時にテテムは置いて行ったのか?」


 緊急事態であるというのに、気になった疑問をあげつらって呑気に構えるアスタード。学者肌の悪い癖とも思えるその様子に、メルクは焦りながら推論を口にする。


「テテムは博士に隠されていたから気付かれなかったんだろう? その後、私たちが保護してそれを見張っていた伯爵の手の者が気付いたんじゃないのか?」

「その可能性もありますが……何か解せませんね。そもそも、どうして君を公爵の手の者ではなく大賢者である僕の密偵だと気付けたのでしょう?」

「それは……とにかく、悩むのは後にして伯爵の屋敷に向かおう。『何もするな』とは書いているが、こうなれば直接乗り込んで奪還するぞ」

「……はい」


 腑に落ちないと言わんばかりの顔をするアスタードだったが、やはり彼も第一は行方の知れない少女の身の安全だと割り切ったようだ。

 手紙をケーナに預け、手早く出かける準備を始める。


「……あの、この手紙。何か違和感があるんですけど……」


 そしてアスタードとメルクが揃って家を出ようとしたとき、手紙をじっと見つめていたケーナが首を傾げる。


「違和感?」

「ええ……いえ、でも。思い過ごしかもしれません……」

「うん? とにかく、行きましょうか? 我々が戻った時、違和感の正体に思い至っていれば教えてください」

「……はい」


 しきりに首を捻るケーナに留守を任せ、私とアスタードは慌ただしく家を後にしたのだった。





「だ、旦那様っ! 屋敷の周囲を大勢の者が取り囲んでおりますっ!」

「なにっ?」


 屋敷にて不正書類の隠蔽を行っていたフォナン伯爵は、部屋に駆け込んできた使用人を見て目をいた。


「公爵の兵か? 早すぎる……」


 もう少し猶予はあると思っていたのだが、どうやら公爵側も今回は本気のようだ。おそらくゼラと言う名の女の他にも、内偵は進められていたのだろう。


「不味いな。今、ここで踏み込まれては私は破滅だ……くそっ、致し方あるまい。グローデル博士の研究資料を持ってこいっ! 早急に処分する」

「え? しかしあれは――」

「ぐずぐずするなっ! どのみちあの資料が公爵に見つかれば、帝国に『仇為す者(ファルガーロ)』の情報を提供しようとした言い逃れができんっ! 帝国との取引に使うつもりだったが、こうなっては何もかも手遅れだっ!」

「あ……かしこまりました」

「くそ、ポルトがいれば言わずとも気を利かせそうなものだがな……」


 喚き散らす伯爵に気圧されたように、使用人は慌てて屋敷の中の研究室からグローデル博士が書き残した研究資料を運んできた。


「……これで全てだろうな?」


 伯爵の問い掛けに、使用人は深々と首肯する。それを見て、伯爵は数十枚にも及ぶ資料に視線を落とし呟いた。


「ふーむ……おしいが止むを得まい。おい、これを燃やせ――」


 そして再び顔を上げた時――目の前に立っていた使用人の首から上が無くなっていた。顔のなくなった首からは、吹き出すように血が湧き出ている。


「は――」

 

 わずか数秒目を離しただけだ。

 それが何故、こんなことになっている?


 訳が分からず呆然と首を傾げた伯爵は、一瞬だけ視界に何かが映ったような気がした。だがそれが、自身の頭蓋を粉砕するために振り下ろされた木製の棒であることには気付かなかった。

 気付けないままフォナン伯爵は死んでしまった。





「おや? 先客がいるようですよ?」

「本当だ……レザウ公爵の兵か?」

「おそらくは。しかし、随分と早かったですね」


 メルクとアスタードがフォナン伯爵の屋敷へと辿り着けば、その門の付近に屋敷を見張るように立つ多くの兵士姿の者がいた。

 門の傍にはフォナン伯爵の私兵も数名いるが、完全に見張りの兵士たちに気圧され所在なさげだ。ちらちらと様子を窺うことしかできないでいた。


「失礼。あなた方は公爵の兵ですか?」

「なんだ貴様らは? 部外者は引っ込んでいろ」

 

 兵士の一人にアスタードが確認のため声を掛ければ、威圧するような視線を向けられる。外套を身に纏った怪し気な姿では、邪険にされても仕方あるまい。


 そこでアスタードは肩をすくめ、外套の中から冒険者証明書を取り出し提示した。


「僕はこういう者なのですが」

「なに……あ、アスタード? 大賢者アスタード様ですか?」

「ええ。ちまたではそう呼ばれているようですね」


 アスタードの証明書を見て目を丸くした兵士に、大賢者は無表情で首肯する。そうすると、先ほどとは打って変わって兵士は一気に腰が低くなった。


「これは失礼いたしました。公爵より、大賢者様に協力するようにと命じられております。何なりとお申し付けください」

「そうですか、助かります」

「すまない。貴方たちはこれから伯爵の屋敷に乗り込むのか?」


 兵士とアスタードの会話に割って入り、メルクは兵士に問いかけた。

 兵士はメルクの方へ訝し気な視線を送るが、大賢者であるアスタードの連れと言うこともあり黙認することにしたようだ。軽く首を横に振った。


「いや、まだその許可は下りていない。もうじき、公爵直属の騎士団が到着する。我々はその間に伯爵が逃げ出さないよう見張っているだけだ」

「いつから見張っているんだ?」

「本格的に大勢で取り囲んだのは今朝からだが、昨日の晩から見張りはしている」

「昨日の晩から? 見張っている時、小さな女の子は運ばれてきませんでしたか?」


 アスタードが確認をとると、兵士は少しだけ視線を泳がせ考える顔つきとなる。そして一拍の間を置いてから、再び首を横に振る。


「いえ、見かけていません。昨晩から今朝まで、この屋敷に出入りした者はいないと思います」

「何故そんなことが言えるんです?」

「我々は、目視の見張り意外にも魔力を探って出入りを監視しています。周辺の魔力反応を常に調べていますが、何者かが出入りした反応はありませんでした」

「……そうですか」


(テテムを攫ったのは伯爵じゃないのか?)


 あるいは伯爵の手の者が、公爵の兵士の監視を掻い潜った可能性もあった。

 なにせ相手はアスタードが張った結界をものともしなかったのだ。それを思えば兵士たちの監視を潜り抜けるなど朝飯前だろう。


「どうします?」

「いや、どうするもなにも乗り込むしかないだろう。こうしている間にも――」


 アスタードに方針を問われ応えようとしたメルクは、一瞬だけ感じた魔力の気配に咄嗟とっさに屋敷の方を見た。

 たしかに瞬間的に、大規模な魔力をフォナン伯爵の屋敷から感じたのだ。ただごとではない大きな反応だった。


「……君も感じましたか? なら、僕の気のせいではないらしい」

「なんだあの魔力……一瞬だが並外れたものを感じたぞ?」

「ええ。屋敷から、君のものと似たような魔力を感じました。急いだほうがいいかもしれません」


 アスタードもメルクと同じように魔力を感じたらしく、険しい顔で屋敷に向かって歩き始めた。

 むろん、メルクもそれに続く。

 

「あ、ちょっと? どうされたんですか、大賢者様っ!」


 異常に気付けなかったのか、慌てたように公爵の兵が追いかけてくる。

 たしかに先ほどの魔力の気配は莫大ではあったが刹那に掻き消えてしまった。並の者なら感じ取れなくても仕方ないほどの短時間だったのだ。おそらくこの場で気付けたのはメルクとアスタードだけなのだろう。


「あれ?」


 二人を制止しようと追いかけてきた兵士は、呆気にとられるような声を出して立ち止まった。怪訝に思いメルクが振り返れば、兵士はやはり間の抜けた顔でフォナン伯爵の屋敷へ眼を向けていた。


「おい? どうしたんだ?」

「……燃えてる」

「なに?」

「伯爵の屋敷が燃えてる……おいっ! 屋敷へ急げっ! 屋敷が火事だっ!」


 メルクの問い掛けに我に返ったのか、兵士が周囲で待機していた他の兵士たちに大声を出した。その声につられ、メルクとアスタードも屋敷を見やり――そして屋敷のあらゆる箇所から火が出ているのに気が付いた。


「まさか、先ほどの魔力は屋敷を燃やすためのものでしょうか? 観念して証拠品ごと自分を葬り去るための……」

「……ありえるな。とにかく急ぐぞっ!」


 不正の証拠を隠すために、わざわざ魔法仕掛けの偽の書斎を用意していたフォナン伯爵だ。不正を隠すために屋敷ごと処分する仕掛けを設置している可能性だって考えられる。

 だが今は、そんなことに意識を割いている暇はない。


 メルクは魔力を足から放出して速度を稼ぐと、背後を走るアスタードへ声を掛けた。


「先に行くっ! 火災にテテムが巻き込まれてはことだっ!」

「ええ、頼みますっ」


 アスタードを置き去りにして、門から距離のある屋敷までの庭園を一気に駆け抜ける。しかしほとんど時間をかけずに辿り着いたというのに、フォナン伯爵の屋敷はどうしようもなく手遅れであった。

 外観はまだそれほど焼けてはいないが、入口や窓から見える内部はほとんど燃やし尽くされている。やはりこれは通常の燃え方ではあるまい。魔法でも使わなければこのような燃え方はしないはずだ。


「テテム……おいっ! テテムっ!」


 崩れ落ちそうな屋敷の入口で叫ぶが、答える者は誰もいない。メルクは少し迷ったが、全身を覆う魔力を強化し中へと入ることを決めた。エルフの里では『炎翼狼ゲゾ・ヴェルチェ』の業火にさえ耐えられたのだ。これくらいはわけもない。


 目の前の惨状に半ば諦めの感情を抱きながら、それでもメルクは一縷いちるの望みをかけて燃え盛る屋敷へと侵入した。



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