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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第三章 化生の民
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第九十八話 急転



「不味いことになった……」


 屋敷にある自身の書斎にて、フォナン伯爵はうろうろと部屋の中を歩きながら呟いた。


「……だから申したではありませんか。あの女は公爵の密偵だったのです。それを――」

「黙れ」


 忙しなく歩き回る伯爵に失望したような目を向け、執事長であるポルトが冷たい声を出す。それを不愉快そうに伯爵が遮った。


「まだゼラが公爵の密偵だと決まったわけではない」

「なにをっ。あの女が去った後に帳簿や書類がなくなり、おまけにあの女が伝えた宿はもぬけの殻っ! これであの女が無実だと本気で仰るんですか?」

「……う、む」


 自分が目を付けたゼラと名乗った女を信じたい気持ちもある。だがしかし、客観的に見ればポルトが言うように、あの女が全くの無関係だとは思えない。

 屈辱的なことではあるが女の美貌に目が眩み、良いように騙されまんまと掌でもてあそばれてしまったというわけだ。

 伯爵は拳を強く握りしめた。


「あの女……許せん」

「言っている場合ではありませんぞ。どうなさるのです? あの女は十中八九、公爵の手の者。なれば近日中に不正の証拠を手にした公爵の兵が、旦那様の身柄を押さえに来ますぞ」

「……分かっておる。こうなれば、もはや打てる手は一つしかあるまい」


 冷静な声で眉根を寄せ、こちらへと視線を送って来たポルトに伯爵は用意していた書状を取り出した。


「おい、これを大至急送り届けろ」

「これは……なっ! ど、どういうつもりですかっ!」


 書状の中身を確認し、思わずと言った形で目をいたポルト。そんなポルトへ、伯爵は虚勢を含んだ笑みを浮かべて見せる。


「この絶体絶命の窮地を脱するには、こうするより手はない……ポルト、頼んだぞ。抜かりなくな」

「しかし……いえ、かしこまり、ました」


 盛大に顔をしかめながらも、やはり主の言い付けには逆らえきれなかったようだ。不承不承と言うように、ポルトが小さな会釈を返した。

 そして部屋を後にするポルトの背を見送り、伯爵は顔を険しいものにして再度呟いた。


「不味いことになったものだ……」





「……不味いな」


 メルクはアスタードの家の居間で、思わず頭を押さえて呟いた。


「どうしたんです?」


 そんなメルクの様子を見やり、アスタードが首を傾げる。


「いや、いくら何でも調合した薬だけじゃ礼にはならないだろうと思って、市中でケーナのための鞄を見に行ったんだ」

「うん? 気を回しすぎだとは思いますが、それ自体はいいことなのでは?」

「そうなんだが、これを見てくれ」


 メルクは傍に置いてあった鞄をアスタードの方へ掲げた。その鞄を見やり、アスタードはやはり首を傾げる。


「普通の肩掛けの鞄に見えますが……何か問題が?」

「いや、私やお前にとってはいいだろうが、相手は若い娘さんだぞ? 思わず自分の好みで選んでしまったが、可愛げがなさすぎだろう、これは」


 確かにメルクの言うように、その肩掛けの鞄は見た目よりも機能性を重視したと一目でわかるものだった。

 特定の植物から抽出された成分で加工された皮は頑強で、少々のことでは破れたり傷むことはない。しかしその皮を使用して作られた鞄は、伸縮性に乏しいせいか可愛げのない作りとなることがほとんどだ。

 メルクがケーナのために選んだ鞄も例に漏れず、とてもではないがお洒落目的には選ばれまい。若い娘が流行りを意識して身に着けるには、少々無骨に過ぎる意匠であった。


「別にあの娘ならば気にしないと思いますよ。それよりも、礼を渡すのであれば早くした方がいいのでは? こういうのはタイミングが大事ですから」

「……分かってるよ」


 たしかに贈り物に悩んでばかりで、礼をする機会が失われてしまっては本末転倒だ。そんな間抜けな真似だけは避けたい。


「ケーナは食事の準備をしてるんだったな?」

「ええ、テテムを寝かしつけてから食事を作ってくれています」

「そうか、ちょっと行ってくる」


 覚悟を決めるとメルクは鞄に調合した薬を詰め、ケーナのいる調理場へと足を運んだ。そんなメルクに気付き、ケーナがふんわりと笑みを浮かべて振り向いた。


「ああ、メルクさん。どうしたんです? お手伝いなら大丈夫ですよ」

「あ、いや……そういうわけじゃないんだが」

「うん? じゃあ……もしかして摘まみ食いですか? 駄目ですよ、大賢者様に叱られてしまいます」


 可愛らしく唇に人差し指を当てて見せたケーナに苦笑して首を振り、メルクは鞄の肩掛け部分を持って突き出した。


「これ、女装……化粧を手伝ってくれた礼だ。受け取ってくれ」

「まぁっ! 別に大したことしたわけじゃないですよ? お気を遣わせて申し訳ありません」


 恐縮しながらも、それでもケーナは割とあっさりと受け取ってくれた。

 これで固辞されたら面倒だと思っていたメルクだが、ケーナのこの反応には助かった。せっかくケーナのために用意したのだから、気持ちよく受け取って貰いたかったのだ。


「素敵な鞄ですね……あら、重い?」

「ああ、中に私が調合した薬が入っている。もし使う機会があれば使ってみてくれ……まぁ薬なんて、使わずにすめばそれに越したことはないが」

「メルクさんが調合されたんですか? すごい、そんなこともできたんですねっ」

「ま、まぁな。それよりもそれぞれの容器に効能は記しているから間違えることはないはずだ。上手く有効活用してくれ」


 素直にケーナに感心されてしまい、照れくさくなったメルクは早口でそんな風に補足説明をする。するとケーナは嬉しそうに頷き、貰ったばかりの鞄を自分の肩へと引っ掛けた。


「どうです? 似合いますか?」

「……ああ。我ながら、素晴らしい感性だった」


 先ほどアスタードへ言ったことなどどこへやら。メルクは自賛してみせた。いや正確に言えば、メルクが自賛してしまうくらい、その肩掛けの鞄はケーナに似合っていたのだ。


「ありがとうございます。大事にしますね」

「そうしてくれると嬉しい」


 無事にケーナへ礼を渡すこともでき、予想以上に喜んでもらえたことにほっと一息ついたメルク。

 グローデル博士に関しては残念だったが数日中にはフォナン伯爵も捕まり、当面の憂いはなくなるだろう。

 

 アスタードを想うケーナの邪魔にならないためにも、そろそろここを離れる準備を始める必要がある。

 そしてどこかのギルドで、冒険者として依頼を受けてみるのも一興だろう――そんなことまで考えていたのだが、事件は翌日に起こった。



「た、大変ですっ!」


 翌朝、起き出してからのんびりと居間でくつろいでいたメルクは、慌てて駆け込んできたケーナに面食らった。


「ど、どうしたんだ?」

「いませんっ! テテムちゃんがいないんですっ!」

「――っ? なんだって?」

「あと部屋に、部屋にこんなものが置いてありましたっ」


 よほど動転しているのか、ケーナが震える手で差し出してきたのは一枚の紙きれだった。記されていたのは短い一文だった。


『――テテムの命が惜しければ何もするな、大賢者』


 たったそれだけの一文を見やり、メルクは眉間に深くしわを刻んだのだった。


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