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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第三章 化生の民
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第九十四話 伯爵邸のロマンス


「そうだ。客間に女を待たせている……戻らねば」


 今後について執事長であるポルトと話し合っていたフォナン伯爵は、話の切れ間に思い出しポツリと漏らした。


「女? その女とは、誰です? お知り合いですか?」

「いや……今朝、ギルドから戻る途中で出会った女だ。町娘にしては美しくてな……思わず連れてきてしまった」

「なんと……」


 伯爵の言葉に眉をひそめると、ポルトは懐疑的な視線を向けてくる。


「その女は本当にただの町娘ですか? このようなタイミングで見ず知らずの女がここにいる……いささか不審が過ぎるのでは?」

「馬鹿な。公爵や帝国の間者とでも言う気か? あの美しさはそのような次元にはない。あの女からは神々しさにも似た何かを感じるのだ――スパイなどではあるまい」

「気はたしかですか、旦那様?」


 何の根拠にもならないことを真面目な顔つきで語った伯爵に対し、ポルトは呆れたように目を見開いて首を横に小刻みに振る。


「その女がどのような者かは知りませんが、今は色事にうつつを抜かしている場合ではありませんぞっ。念のため、書類を保管している部屋を今一度ご確認ください」

「ポルト。貴様が言うように、仮にあの女が間者やスパイだったとして、この短時間で書類のある部屋を見つけ出し、なおかつ高位の魔法使いがかけた結界を見破れるとでも?」

「それは……ともかく、なにがあるか分かりません。室内だけでもご確認ください」

「……やれやれ、心配性な奴だ」


 譲ろうとしないポルトを翻意させる手間を考えれば、部屋を覗くことなど大した労力ではないだろう。

 それに、ほとんど可能性はないだろうが万が一ということもある。伯爵はポルトを伴い自室を出ると、屋敷の玄関近くにある書斎に偽装した部屋へと向かう。そこにこそ、重要書類などを保管しているのだ。


「まぁ、おそらくは何ごともないだろうがな。女にはメイドをつけている。勝手には行動できん」

「……」


 部屋へ辿り着き、ドアノブに手をかけながら肩をすくめて言うと、ポルトは無言のまま扉を早く開くように促してくる。


「やれやれ」


 融通の利かない執事長を揶揄やゆするように改めて気だるげに呟きながら、伯爵は部屋の扉を開けた。


 そして――。


「――ほら見ろ。なんら異常はない」

「……そう、ですか」


 そして、中にはやはり特に変わった様子のない偽装された手狭な書斎があるのみだ。

 一度漁って配置を元に戻すには、とてもではないが時間が足りない。伯爵がこの部屋の書類を確認して再び足を踏み入れるまで、それほど時間は経っていないのだ。

 書類がどの部屋にあるのか見当をつけ、そのうえ結界に隠された書類の在処ありかを見つけ出す――この短時間では土台無理な話なのだ。


「……念のため、いま一度書類のご確認を」

「馬鹿を言え。そこまでする必要はない。見たところ壁にも異常はない……調べるだけ無駄だ」

「しかし結界が正常に働いているかは、実際に旦那様が壁へ触れてみなければ分かりません」

「いい加減にしろ、ポルトっ。だいたいあの女は手ぶらであった。仮に書類を盗み出しているのであれば隠しようもないはずだ。貴様も女を見て確認すればいい」


 あまりに心配性が過ぎる従者にうんざりし、伯爵は少し強めの口調で吐き捨てた。こんな無駄なことをしている暇があれば、客間にいる女に不審がないかを探ればいいのだ。

 伯爵は乱暴に偽装された書斎の扉を閉めると、客間に向かって歩き出す。


「だ、旦那様っ! 何かあってからでは遅いのですぞっ!」

「くどいぞ、ポルトっ。貴様も先ほどは部屋の確認だけでいいと言ったはずだ」


 足早に歩く伯爵に足並みを合わせ、執拗にポルトが言いすがってくる。そしてとうとう、客間の扉の前に辿り着いた伯爵の前にポルトが立ちはだかった。


「ポルト……さすがに無礼だぞ」


 眉をひそめ、怒りを露に忠臣の執事長をにらみ付ければ、目の前の老爺ろうやは膝を着いて頭を下げてくる。


「お願いです、旦那様。どうぞ、ご再考を……このポルト、何やら嫌な予感が……」

「はぁ……ポルト。貴様の今までの忠義には感謝している。だが、二度はない」

「だ、旦那様……」


 半ば絶望するようなポルトの声に、伯爵はゆっくりときびすを返した。


「貴様が書類を確認することで納得すると言うのであれば、手間ではあるが仕方ない。ぐずぐずするな、例の部屋へ戻るぞ」

「お、おお……あ、ありがとうございます」


 内心では苛立ちながらも、小うるさい執事長を納得させなければ連れてきた女との逢瀬おうせも満足に楽しめない。

 伯爵はあくまでも自分のためにこそ、無意味と思われる書類の確認へと戻ることにしたのだが、ポルトはすっかり感激してしまったようだ。

 客間へ背を向けた伯爵の後に慌てたように続く。


「――あら、伯爵さま。どちらへ行かれるのですか?」


 するとたった今、背を向けたばかりの客間の扉が開き、澄んだ奇麗な声が伯爵を呼び止めた。

 その美しい声に絡めとられたかのようにピタリと足を止めると、伯爵は笑みを隠すこともできずに再び客間の方へと身体を向ける。


「おお、ゼラ。待たせてすまんな」


 そして振り向けば、やはりこの世の者とは思えないほどの美しさを誇る女が佇んでいた。ゼラと言う名らしいその女は、こちらの言葉に首を振り、不安げな眼差しで見上げてきた。


「いえ、謝られる必要なんて……ただ、伯爵さまはなにやらお忙しいご様子。どうやら私はお邪魔な時に来てしまったみたいですね。せっかくのご縁ですが、これで失礼いたします」

「なに? 待ってくれ、その必要はない。用事なら終わった……さぁ、話をしようじゃないか」

「だ、旦那様っ!」


 ゼラはこの街の人間ではない。ここで帰してしまっては、今度はいつ会うことができるか分かったものではないのだ。なんとか今日中にモノ(・・)にしなくては――。

 卑しい想いを内心に隠しながらゼラを客間に戻るよう促すと、隣にいたポルトが驚いたように声を荒らげた。


「いけませんっ! 確認が先ですっ!」

「ポルト。貴様は……」


 ポルトの鋭い声を受けて、ゼラが怯えるように身を竦める。そんな繊細な様子にも心惹かれながら、ゼラを無意味に驚かせたポルトに対して腹立たしい思いが生まれてくる。


「この女性にはもう少しお待ちいただき、やはりここは書類の確認をっ!」

「黙れっ! 彼女をよく見ろっ! 打算があって私に近づいたように見えるのか? 書類も何も持ってはいないではないかっ!」


 ゼラへと値踏みするような視線を向けるポルトを叱りつけ、伯爵は柔らかな笑みを浮かべて彼女を見る。


「ゼラ。うちの執事が失礼したな」

「い、いえ……けれどやっぱり私はこれで失礼します。本当にその、ごめんなさい」


 しかしどれだけ伯爵が笑みを浮かべてとりなしたところで、ゼラはすっかりポルトに対して恐怖心を抱いてしまったようだ。ポルトへ怯える視線を向けたまま、頑なに屋敷から出ようとする。


「ゼラ――」

「旦那様。今は美女に現を抜かしている場合ではないのです。フォナン家の存亡がかかっているのですぞ? ここは一旦、追い返すべきです」

「なにをっ――」


 小声で耳打ちをしてきたポルトを怒鳴りつけようとした伯爵の脳内に、この執事長が言うことも一理あるという思いが生まれる。

 ポルトが危惧するようにフォナン家が取り潰しになってしまえば、もはや自分も生きてはいけないのだ。そうなると、女を楽しむどころではなくなってしまう。

 元々、自己保身的なところのある男だ。目の前の美女に心が揺れながらも、破滅の恐怖がどうしても頭をもたげてしまう。


「う、うむ……」

「あの、伯爵さま」


 悩み逡巡しゅんじゅんする伯爵を見かねたように、ゼラが近寄ってきて一枚の紙きれを差し出してきた。


「うん? これは……」

「私の宿泊先が書かれています。本当は明日には発つつもりでしたが、もう少しだけ滞在することにしました。だから……もしご用事が終わってそれでも私を気に掛けて下さるなら――」

「ああっ。必ず会いに行くともっ!」

「――あっ?」


 潤んだ瞳で見上げてくるゼラの腰を掴んで、伯爵はぎゅっと抱きしめた。その突然の抱擁に一瞬だけゼラが驚いたように低い声を出したが、しかし一拍の間を置いておそるおそるこちらの胸に顔を寄せた。


「……はい、お待ちしております」


 そして震えを抑えつけたような声を出し、やんわりと伯爵の身体を掌で押して身を離す。そしてこちらの顔を美しい翡翠の瞳で見上げてくるのだ。その表情を見ただけで、まるで初めて恋をした少年のように伯爵の心は締め付けられてしまう。

 まさに魔性の女である。

 

「……」


 ふと、そんなゼラを抱いた時に妙な感覚を覚えたのだが、伯爵はその正体を深く考える前に彼女の頭へとゆっくり右手を置いた。


「必ず迎えに行く。待っていてくれ」

「はい……」


 笑みを浮かべてそう言えば、ゼラも小さく微笑した。

 その可憐さに、今すぐ自分のモノにしてしまいたいという想いが生まれた伯爵だったが、


「こほんっ。誰か、お客様がお帰りだっ! お見送りしろっ!」


 無粋な執事長の言葉によって、儚くも引き離されたのだった。



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