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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第三章 化生の民
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第九十一話 接触


 ギルドを後にしたメルクは、やはり注目を集めながらもゆっくりと通りを歩いていく。

 伯爵が奥から出てきたからには、それほど時間をかけずにギルドを出て馬車に乗り込むだろう。そして自分の屋敷に続くこの道に馬車を走らせるはずだ。

 あとはその前にさりげなく立ちはだかればいい。たとえ本当に馬車にかれたとしても、『魔力硬化』で全身を保護していれば負傷することもあるまい。


 そのように考えてフォナン伯爵の屋敷の方へとしばらく歩いていれば、やがて背後から待ち侘びていた気配が近づいてくる。


(……蹄の音、どうやらただの馬みたいだな)


 さすがに魔馬車ベルバルル・デェアねられるのは勘弁してほしいと思っていたが、どうやら背後から迫ってくるのは通常の馬車のようだ。メルクはエルフの里で治癒術師として魔馬ベルバルルや馬と関わってきたため、彼らの立てるわずかに違う蹄の音で識別することができるのだ。

 徐々に近づいてくる馬車の位置を耳の音だけを頼りに振り向くことなく把握し――。


(あと百歩ほど……五十歩……三十歩……よし、今だな)


 その時、通りの端を歩いていたメルクはややふらつくように道の真ん中にまで移動し、背後から迫る馬車に立ちはだかるような形となった。


「うわぁぁっ! 避けろっ!」


 馬車の馭者台ぎょしゃだいから男の声が響き、メルクは驚いたような顔をして背後を振り向く。そして目の前で急制止をした馬車の前で、尻餅をついて倒れ込む。

 馬の反応が良かったのか馭者の腕が良かったのか……幸いにしてメルクは轢かれることなく馬車を止めることに成功した。


「な、なにごとだっ!」


 突然の停車に驚いたのだろう。馬車の客室から慌てたように恰幅のいい男が飛び出してくる――フォナン伯爵だ。


(狙い通りだな……)

 

 メルクは胸を押さえ、わざとらしく喘ぎながらへたり込んでいる演技を続ける。フォナン伯爵は青褪めた顔をする馭者とメルクを交互に何度もみやり、やがてメルクへと近づいてきた。


「おい、怪我は――」


 そしてメルクの容姿を間近で見たことにより、かけようとした声が不自然に止まった。


「……失礼、お嬢さん。お怪我はないかな?」


 そして片膝を着いて、こちらの顔を覗き込むように首を傾げ尋ねてくる。

 その伯爵の視線がこちらの顔を見た後にさりげなく胸に移り、そして再び顔へ戻ったことにメルクは当然ながら気付いた。しかしそれを指摘することはせず、慣れないながらも怯える顔を作りだし、すがるような目で伯爵を見つめる。


「は、はい……い、え、すみません。あ、の……怪我はないんですが、驚いて腰が抜けてしまって……」

「おや、それはいけない……そうだ、私の屋敷に来なさい。お詫びを兼ねて休んでいくといい。招待しよう」


 そうして我ながら寒気のする演技臭さを隠し切れない震え声でそう言うと、伯爵は心得たように一つ頷く。そして、メルクの身体を軽々と抱きかかえた。

 言わば俗に言う、お姫様抱っこの形だ。


「あっ……あの、けっこうです。歩けますから――」

「なーに、軽い軽い。腰を抜かした女性を歩かせるほど、私は腑抜けな男ではない。さぁ、馬車にお乗りなさい」


 メルクは身体中を鳥肌で覆いながらも、本心から出た言葉をそれでもオブラートに包んで伯爵に投げかける。馴れ馴れしく触れてくるのは計算通りであったが、まさかここまでされるとは思わなかったのだ。だが伯爵はメルクの言葉を遠慮と受け取ったのか、実に男らしく片方の口の端を吊り上げ笑みを作ると、颯爽とメルクを馬車の客室へと乗せた。そして正面の位置に陣取って向かい合う形となり、何ごともなかったかのように再び馬車を走らせる。


「あの、私……こんなに立派な馬車に乗ったのは初めてです。貴方はもしかして、お貴族様でいらっしゃるのではないですか?」

「ふむ……まぁ、一応そうなるな。私はこのログホルト市を治める貴族、ターメイナ・フォナンと言う者だ」

「まぁ、では貴方様がフォナン伯爵様なのですね?」

「ああ、いかにも」


 メルクが両掌を合わせて尊敬の眼差しで見つめてやれば、フォナン伯爵は一瞬だけ鼻の穴を膨らませて得意気な顔をし、誇るように胸を張った。


「すごい……お会いできて光栄です」

「なんの、なんの……しかし、我がログホルトにこのような美しい女性がいたとは……寡聞にして知らなかったな。実に驚きだ」

「美しいだなんてそんな……それに、私は観光でこの街に訪れただけで……明日にはエンデ市に帰る予定なのです」

「おや、それは残念だ」


 メルクが話を続けるためにでっち上げれば、思いのほか伯爵は社交辞令でもなさそうに顔をしかめて見せる。実際に、メルクがこのまま去ってしまうのを惜しいと考えたのやもしれない。


(俗な男だなぁ……)

 

 メルクが自分のことを棚に上げてそう思えば、思案顔をしていた伯爵が鋭い眼をこちらに向けた。


「失礼だが、名は何という?」

「え、あ……『ゼラ』です」

「ふむ、ゼラか。良い名だ」


 脈絡もなくそう聞かれ、咄嗟に用意していた偽名ではなく『ゼラ』なんて名前を使ってしまう。おそらくは、いつもと異なる喋り方に神経を遣っていたためにこのようなミスをしてしまったのだろう。

 とはいえ『ゼラ』という名は大陸では男女ともに使用され、やや女性名として使われることの方が多い。そのためフォナン伯爵も何の疑いもなくメルクの『ゼラ』という偽名を受け入れたのであって、何ら問題はないと言えるだろう。

 メルクは単純に、よりにもよって『ゼラ』という名前を使ってしまったことに内心で苦笑いをする。


(まぁ、いいか。この男が、その名からあいつに辿り着くことはない……)


 心の中で勝手に名を使ってしまったことを旧友に詫び、素知らぬ顔で「ありがとうございます」と褒められたことに頭を下げた。


「ゼラ。君、連れはいるのか?」

「いえ、この街には一人で訪れました」

「……そうか」


 メルクの返答を受けて微かに伯爵の眼が一瞬だけ鋭さをました。が、もちろんメルクは気付かなかったふりをする。女好きで知られる伯爵がよからぬことをたくらんでいるのは明白だが、メルクはあえてそのくわだてに乗り出し抜いてやるつもりであった。

 それこそがアスタードが考えた計画であったし、グローデル博士救出へのわかりやすい足掛かりとなるからだ。

 

 伯爵とメルク粉するゼラを乗せた馬車が、いよいよ博士がいると思しき伯爵の屋敷へと迫っていた。



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