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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第三章 化生の民
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第九十話 風の守り手


 なぜ彼女がここにいるのか一瞬混乱してしまったが、考えてみれば彼女は冒険者だ。冒険者である彼女が冒険者ギルドにいるのは何らおかしなことではない。おそらく依頼を受けに来たか、依頼の達成報告にでも訪れたのだろう。

 しかしよもや、このタイミングでトトアラがここにいるとは――なんたる不運。


 感じる気配から、トトアラは確実にこちらを見ている。それもどうやら、ゆっくりと近づきつつあるようだ。


「あれ……いや、でも……うーん?」


 何やらメルクの方を見ながらぶつぶつと呟き、半信半疑とばかりに落ち着かない。

 エンデ市からこのログホルト市まで共に旅をしてきた仲だ。何度も間近で会話をしたし、身体的な接触もあった。

 たしかに彼女であれば、メルクの変装にも気づけるやもしれない。そもそも変装などではなく、単に化粧を施しいつもより女らしくしただけだ。見るものが見れば、それと気付けるはずなのだ。

 だが、ここで万が一正体が露見すると面倒なことになる。

 トトアラは当然メルクの恰好をはやし立てるだろうし、周囲の者たちも好奇の視線を向けてくるに違いない。

 その挙句、フォナン伯爵にメルクが冒険者であることが知られるなんてことになれば、たちまち警戒されてしまうだろう。その時点で作戦は失敗だ。


(やばい、なんとか……なんとか誤魔化さないと――)


 グローデル博士の命がかかっているのだ。ここで作戦を失敗させるわけにはいかない。


「えーと……すみません」


 決心をしたメルクの元に、とうとう目の前まで迫ったトトアラが声を掛けてくる。

 メルクは顔を完全には上げずに視線だけを動かし、話しかけてきたトトアラの方を見る。


「……はい?」


 そして自分自身の持てる最大限の可愛らしい声を意識して、自分の中に眠る最大級のお淑やかさを持って短く返事をした。

 まるでトトアラと会ったことなどないかのようなメルクの反応に、トトアラは盛大に首を傾げた。


「あれ……やっぱりメルク、じゃない? うーん……いや、でも……あれ?」

「あの……どうかされましたか?」


 取り繕った笑みを浮かべて首を傾げ返したメルクに、トトアラがあからさまに値踏みするような目で観察してくる。

 その視線がメルクの髪や瞳、そして全体にまで及んでくるので気が気ではない。これではトトアラに、いつ看破されてもおかしくはないだろう。


(これは――バレるっ!)


 メルクの顔を食い入るように見つめ、トトアラはとうとうメルクに気付いたように目を鋭く細めた。

 しかしその直後、少しだけ視線を下げてメルクの胸元――詰め物により強調された胸を見て目を見張る。そしてブルブルと首を横に振るわせた。


「あ、違うっ! メルクじゃないっ! あ、ごめんなさい、知り合いによく似てたから……」

  

 メルクが慎ましい胸をしていたことがよほど印象に残っていたのか、トトアラはこちらの胸を視認するやあっさりと別人であると断じてきた。

 メルクはほっとしつつも「その判断の仕方はどうなのか?」と物申したい気持ちにもなる。


(女性を胸で判断するとは、なんて失礼な奴なんだ……)


 メルクは呆れながら、さり気なくトトアラの胸を観察して思う。まさに失礼な行いであった。


「いたいた。おい、トトアラ。なにして――」


 っと、メルクがトトアラの胸を盗み見ていれば、トトアラの背後から見覚えの男がやってくる。

 むさ苦しい髭を蓄えた、一見すると山賊のような男。

 飄々(ひょうひょう)とした風情を漂わせながらも、よく見ればその立ち姿に隙がないことが分かる。おそくはそれなりの実力者――そこまで考えて、どこで見かけた誰なのかを思い出す。


(こいつは、冒険者試験の時に会った山の番長……たしか、ザァールとか言ったか?)


 ザァールと言うこの男は、トトアラと同じようにメルクが受けた冒険者試験の試験官だった男だ。

 トトアラと同じパーティーに所属していたため、彼女がこの場にいるのであればここにいても何らおかしくはない。おかしいのは、トトアラと会話をしていたメルクを見た時の表情だ。


「……美しい」

「は?」


 目を見開いて固まったかと思えばそんなことを呆然としたように呟き、次の瞬間にはトトアラを押し退けてメルクの眼の前に立ちはだかった。


「い、痛いわねっ! 何するのよ、ザァールっ」


 押し退けられて抗議するトトアラの声が聞こえないかのように、ザァールの眼がメルクを見下ろしたまま固定されている。


「こほん、お美しいお嬢さん。うちのパーティーメンバーがどうやら失礼をしたみたいですね。よろしければ、ご一緒に食事でもいかがですかな?」


 恭しく頭をこちらに向けて下げてくるザァール。

 顔だけは固定してこちらを向いたままなので、むさ苦しい髭面が嫌でも視界に入って鬱陶しい。メルクはげんなりしつつ首を横に振った。


「いえ、けっこう。です。この後、予定がある――ありますので」


 我ながら寒気のするお淑やかかつ可愛らしい声で断ると、ザァールは身体を起こしあからさまにがっかりして見せた。


「そうですか……それは残念です。また、何かあればいつでもご連絡ください。私は『風の守り手(フロー・カナム・デェ)』というパーティーに所属する三等級冒険者――ザァールと申します。どうぞ、お見知りおきを」

 

 それでもなんとか立ち直ると、口髭を人差し指と親指で挟み撫でつけながら片目を閉じ、笑みを見せつけてくる。恰好良いつもりなのだろうか?


「は、はぁ……」

「ちょっと、堅気の人間になにナンパなんてしてんのよ。おまけにその紳士ぶった気持ち悪い態度、髭面じゃなんの意味もないわよ?」

「うるせぇ――うるさいなぁ、トトアラ。黙りたまえよ、トトアラ」

「気持ち悪っ」


 トトアラはばっさりとザァールをこき下ろした後に、険しい顔で彼をにらみ付けた。


「それよりも、ちゃんとギルドマスターとは話を付けられたの? 公爵へ直通の魔石は借りられた?」

「あん? あ、いや、何でも今は来客中なんだと。もう少しで終わるから待って欲しいとか」

「そう……まぁ、急ぐ用事でもないし気楽に待つしかないわね」

「そうだな。ゼテスターのことだから、問題なく公爵のところに届けてるだろうぜ」


 突如として二人の声の質が変わったことから、これが雑談などではなく仕事の話なのだろうと察する。

 抽象的過ぎて何の話かは具体的にわからないが、二人も人目がある以上はお互いにしかわからないように話すだろう。そもそも、メルクに二人の会話を理解する気もなかった。


 それよりも重要なことがある

 ザァールの肩越しに見えるギルドの奥の部屋が開かれ、恰幅の良い男が姿を現したのだ。

 切れ目の鋭い目つきと言い、分厚い唇にいかつい鉤鼻――アスタードに聞いていたフォナン伯爵の特徴と一致する。


(さて、来たか……)


 このタイミングと容姿から察するに、間違いなく伯爵だろう。

 メルクはさり気なく立ち上がる。


「ご両人……お二方、それでは、ごきげんよう」


 熱心に会話中の二人にスカート部分を摘まみ会釈すると、メルクは速やかにギルドを後にした。



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