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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第三章 化生の民
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第八十九話 予期せぬ視線



 通りを歩いているだけで、人々の視線が自分に集まっているのを嫌というほど感じていた。


 すれ違う者が一人残らず横目でこちらを窺い、露骨な者など立ち止まって去り行くこちらを惜しそうに見送ってくる。中には話しかけたそうに追いかけてくる者もいたが、しかし結局は声を掛けずに引き返していった。どうやらあまりに現実離れしたこちらの美貌に、最終的には気後れしてしまったらしかった。


(……落ち着かん)


 それらの反応に対し顔に無表情を張り付けたまま、一身に衆目を集めるメルクは内心で嘆息した。



 メルクが詰め物をして女装(?)をすることが決まった翌日、つまり実際に伯爵に色仕掛けをする当日のことだった。計画通り胸に詰め物をし、ケーナによって飾り立てられた姿でギルドの方へ向かって歩いていた。


 現在のメルクの姿は、ケーナから借りた受けた簡易なドレスとも言うべき女性物の服を身に着けている。

 胸元にレースを施し袖や裾に控えめなフリルをあしらった、派手過ぎず、けれど魅力的に映るような――そんなちょうど良い塩梅の恰好。


 顔にも少しだけ化粧を施し、いつも以上に大人びた雰囲気を漂わせている。

 普段、乱雑に放置されている金色の髪はケーナに奇麗にくしかれ、誰もが目を奪われるような輝きを放っていた。

 化粧によっていつも以上に強調された翡翠の双眸そうぼうも神秘的で、目が合った者は魂を抜かれたような呆け顔を晒す。

 エルフ特有の一分の隙もない完璧に整えられた顔の造形と、遠くからでも分かるきめの細かい美しい白肌。そして均整のとれたスラリとした身体つき――おまけに今は胸もある。


 これで注目を浴びない方が土台無理な話だった。


 メルクとて、これが自分自身でなければ一瞬で恋に落ちていただろう。それくらいの破壊力を今の彼女は有しているといえる。


「しっかし、ここまで変わるとは、ね」


 人の眼がこちらへ釘付けになっているのは分かるので、メルクは唇を小さく動かし声に出さずに呟く。


 メルク自身、自分のことはそれなりに美人であると自覚していた。

 かつてはエステルトという名の男だったのだ。当然、女性の容姿に対しての判断基準も男目線の物を持っている。そのうえ、平均的に人間とは比べ物にならない程の美しさを誇る里のエルフたちからも「メルクは美しい」と散々言われ育ってきた。

 だからこそ単なる勘違いではなく、常々「自分は美しい」と客観的に思っていたし、なんならそんな当たり前のことは思うことすらなかったとも言える。


 それがどうだろう?

 今の着飾った――というには大袈裟だが、少なくともいつもよりも女性らしい――姿を見れば、冒険者姿の自分さえ霞むほどの美しさであった。

 美の女神がいるとすればおそらくはこんな感じなのだろう。そんなことを恥ずかし気もなく他人事のように感じるまでの美であった――おまけに今は胸もある。


(さて、姿はこれでいいとしてどうするか。まだ九の刻には時間があるな)


 道行く人の反応を見ればメルクの女装(?)は完璧だと分かる。とすれば、あとは伯爵に偶然を装い接触すればいいだけの話だが、予定されていた時刻にはまだ早い。

 さすがに道を行ったり来たりするのは不自然であろうし、外でただ佇んでいるのも不審だろう。人目を惹きすぎるこの姿ではなおさらだ。どうにか落ち着けるどこかで、目立たないように時間を潰さなくてはならない。

 かといって、飲食店や雑貨店などに入っていれば伯爵の通行を見逃す恐れもある。さて、どうしたものだろうか。


(……そうだ、このままギルドへ行こう)

 

 少し思案した後、メルクは最善とも言える目的地を発見した。そう、冒険者ギルドだ。


 もともとギルドへ向けて歩いていたとはいえ、それはあくまでも伯爵の帰る時間に重なるよう、ギルド付近で待ち伏せしようと企んでいたに過ぎない。

 しかし考えてみれば、ギルド内にいれば伯爵の動きが良く分かる。顔や身体の特徴はアスタードからしっかり聞いていることだし、伯爵がギルドマスターとの会話を終えて奥から出てきたところでメルクもギルドを後にすればいいのだ。ギルドを出て、伯爵の通る道をゆっくりと歩いておけばいい。そして後からやって来た伯爵の馬車に追い着かせ、自然な形で轢かれかける――我ながら完璧な作戦に思えた。


 ギルドは冒険者以外にも、色々な人種が色々な事情を抱えて訪れる。屈強な戦士や高潔な騎士、美しい未亡人に鼻を垂らした子ども……。

 それらが一堂に会していても何ら不思議ではないのが冒険者ギルドなのだ。今のメルクが扮する美しいだけの町娘など、ギルド内では大した注目を浴びることはないはずだ。

 メルクはそんな風に冷静に判断し、その足でギルドへと赴いた。


 ログホルト市の冒険者ギルドは、この街に辿り着いたその日のうちに訪れている。というより冒険者試験の試験内容であったために、冒険者ギルドへ訪れるためにログホルト市へやって来たという方が正しい。『冒険許可証』もこのギルドで作成したのだ。

 そのため迷うことなくギルドの建物まで辿り着くことができたメルクは、扉のノブへと手を伸ばし――。


「あ――」

「おっと、失礼」


 するとちょうど内側から扉が開き、咄嗟とっさに腕を引っ込め身を引いた。

 ギルドから出てきた女性は扉の傍にいたメルクに驚いた声を出し、さらにメルクの顔に視線を向けると眼を見開いて、呆けたような顔を晒す。

 メルクは内心で苦笑を浮かべながら脇に退いて、ギルドの入口で固まってしまった女性を外に出るように声を掛けた。


「どうぞ」

「え、あ……ご、ごめんなさい……」


 メルクの促す動作を伴った言葉に女性は恐縮しつつ外に出て、しかしなかなかメルクから視線を外そうとしない。


(やりにくいな……)


 メルクはその女性の視線から逃れるように、ギルドに入るとすぐに扉を閉めた。そうしてやっと、女性からの視線を感じることはなくなった。


 中に入れば幸いなことに、この時間帯はそれほど混んではいないらしい。ギルド内に人影はまばらであった。

 そして出入りに激しい冒険者ギルドでは、わざわざ新しく入って来た者に目を向けるような暇な者たちは少ない。

 この時も、訪れたメルクに向けられる目はごくわずかだった。

 そう、ごくわずかではあったが、メルクを視界に入れた者の眼がメルクを捉えて離さない――いや違う。

 今のメルクの姿こそ、見た者の意識を奪って離さないのだ。

 

 メルクを見た者は、それがたとえ他のことをしていたとしても、彼女の一挙手一投足に目を奪われてしまうのだ。


(や、やりにくい……)


 徐々に増えてくる自分を見つめる視線に気付きながらも、メルクは素知らぬ顔でギルド内に設置されていた長椅子へと腰を下ろす。 

 その際、念のためケーナに教えられていた女性としての座り方――足を揃えて膝を付け、スカート部分が乱れないように抑えて座ると言うのを実践してみる。昨晩に何度も練習したおかげか、我ながらスムーズにできたように思う。

 視線を向けてくる者たちの反応を見るに、少なくとも不自然さはなかったようだ。


(よし……とりあえず、伯爵が姿を見せるまでは座っておこう……)


 背筋を伸ばし、目線だけ俯き加減にして周囲の視線をやり過ごす作戦に出たメルク。しばらくこうして耐えておけば、そのうちギルドの奥から伯爵が姿を見せるだろう。それまでの辛抱だと思えば、針のむしろのような視線の多さにも耐え切れると言うものだ。


「……あれ?」


 メルクが一心に下を向いていると、そんなどこか聞き覚えのあるような素っ頓狂な声が上がった。

 なにか違和感と嫌な予感を覚えそちらを見て――メルクは一瞬で視線を逸らした。


(な、なな……なんであの娘がここに――)


 慌てて視線を外したが、声を上げた青い髪で巨乳な彼女は――トトアラは確実にメルクの方を見ていた。



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