表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第三章 化生の民
85/126

第八十五話 大賢者のえいち


「おい、いい加減に背負うのを代わってくれないか?」

 

 ボトム町からログホルト市へと続く整備された街道の半ばほどまできた時、メルクはさすがに疲労を覚えてアスタードの方へ視線を向けた。

 もちろん『身体強化』は使用しているのだが、それにだって限度はある。そもそも長時間の使用にはむいていないし、何よりもメルクの身体は十四の娘だ。少女を背負いながら早足を続けていれば、前世の頃のようには体力が続かない。


「いえ。男である僕が背負うとやはり周囲の人間には見咎みとがめられてしまうでしょう。それに、あまり子どもは好きじゃないんです」


 薄情なことにあっさりと断って、アスタードは押し付けられては敵わないと言わんばかりにメルクから距離を取った。


「お前なぁ……けど、お前が子ども嫌いだなんて初耳だ。出会った時なんか、居候していた家の子どもと仲良くしてたじゃないか」

「あれは家の主人の心証をよくするためです。子どもに嫌われて無一文で追い出されてはたまりませんから」

「ああ、そうかい」


 素っ気なく言い放ったアスタードの言葉を、メルクは呆れを含んだ口調で受け止めた。メルクの――いやエステルトの記憶の中には、アスタードが冒険者となって下宿先を離れることになった時、泣きじゃくる子どもへ慈愛に満ちた表情で頭を撫でてやっていた姿が強く残っている。

 あの光景を見せられては、とてもではないが子ども嫌いとは思えなかった。


「……なにか? 他意がありそうな表情ですが?」

「他意? そりゃああるに決まってるだろうが。頼むから代わってくれよ。そのフードと外套姿なら、別に男だとは断じられないだろう」


(まぁ、不審者だとは認められるだろうがな)


「……まったく、仕方ないですね。分かりました、ではその娘を貸してください」

「ほい、よ」


 何とか眠っている少女を起こさないようにアスタードの背中に乗せると、メルクは自由となった両手を天に突き出し思いっきり伸びをした。


「くぅーっ! ああ、背が縮むかと思った」

「大袈裟な。それに女性ならその身長で十分でしょう。それ以上伸びたら、僕が抜かされてしまいます」

「いや、まだまだ足りないな。くそっ、まさかお前を見上げる日が来ようとはな……やるせない」

「……それはこちらの台詞です。まさか君を見下ろすことになるなんて。考えもしなかった」


 呆れ顔を強めるアスタードに、メルクも「なるほど」と頷く。


 そんな風に雑談をしながらも二人は順調に早足で歩き続け、往路よりも時間を掛けずに日が落ち切る前にはログホルト市へと戻って来たのだった。


「おかえりなさいっ! なんだかとても早かったですね」


 さっそくアスタードの家へと向かえば、今朝見送ってくれたケーナが飛び切りの笑顔でメルクたちを迎えてくれた。

 いや、もちろんその笑みの大半はアスタードへと向けられていたのだろうが、それでも美人の笑顔は保養になる。少しは強行軍のような旅の疲労も吹き飛ぶと言うものだ。


「え? だ、大賢者様? その背負われている少女は――誘拐?」


 しかしケーナはアスタードに背負われている意識を失った少女の姿に気付くと、笑みをひっこめ掌で自分の口元を覆う。そして何やら突拍子もないことを言いだした。


「いえ、違います。知人の家を訪ねたら、何者かに襲撃されていたのです。彼女は知人の孫で……彼女だけ隠れて無事だったのでこの家でかくまうことにしたのです。今は意識を失っていますが、命に別状はありません」

「そ、そうなのですか? と、とにかく中へ」

「ええ」

「失礼」


 アスタードの説明を聞き、ケーナは慌てたように二人と背負われている一人を家に招き入れる。すぐさまアスタードは背負っていた少女をベッドへ寝かしつけ、手の甲で自分の額をぬぐった。


「ふぅ。さすがにあの距離をおぶって歩くのは骨が折れましたね」

「何度か交代してやっただろう……」

「私、飲み物をご用意しますね」


 アスタードの言葉に気を遣ったのか、ケーナが足早にキッチンへと向かう。それを見送ってから、メルクは眉根まゆねしわをよせる大賢者に視線を向けた。


「で? どうする? テテムは無事保護できたが、肝心の博士は伯爵の手に落ちたままだ。おまけに手紙にあった画期的な研究の成果とやらも伯爵の手に渡っているだろう」

「ええ、そうでしょうね」

「やっぱり、ここは乗り込むしかないんじゃないか? 伯爵の元へ乗り込んで、博士さえ助け出せば証拠なんて不要だろう? 人攫ひとさらいの現行犯だ」

「そうですが……問題は博士が見つからなかった場合です」

「なに?」


 首を傾げたメルクに、アスタードはやはり考え込むように目を細めて顔を宙に向ける。


「伯爵に限らず、それなりの力を持っている貴族の屋敷と言うのは色んな隠し部屋があります。乗り込んでも、博士を見つけられない可能性がある」

「そこらの奴らに聞けばいい。お前お得意の拷問でも尋問でも何でも使ってな」

「人聞きの悪い……しかし、場合によっては聞き出せないこともある。ぜったいに上手く行くという保証がなければ、我々がただの犯罪者になる可能性だって高まるのです」


 たしかに真正面から堂々と乗り込み、フォナン伯爵の私兵をことごとく倒して屋敷を不法に荒らし、その結果何も出なければメルクたちは晴れて犯罪者だ。当然、冒険者資格は剥奪はくだつになるだろうし、下手をしなくても自分たちが冒険者に狙われるお尋ね者である。


 だが、それでもメルクは不可解な面持ちでアスタードをみやった。


「らしくないな……お前なら、ぜったいに博士の居場所を聞き出せると思うんだが」

「……ええ。まぁ、たしかに少なからず自信はありますよ」


 メルクの視線に、アスタードは観念するかのように両手を軽く上げて見せ、それからちらりと横たわる少女へ目を向けた。


「僕が怖れているのは、聞き出しても意味のない場合――すでに博士が帝国へ引き渡されているか、あるいは亡き者になっている場合です。死体になって屋敷から離れた場所にでも埋められていれば、フォナン伯爵の誘拐を実証できませんから。無論、帝国に連れていかれていればなおさらでしょう」

「……まぁ、それはたしかに。けど、それじゃあ打つ手はないってことか? 忍び込むなんて器用な真似、私たちにはできんだろう? それに忍び込んだところでそれこそ隠し部屋が多すぎて、探索している間に屋敷の者に見つかってしまうぞ」


 一瞬だけ少女へ優し気な目を向けたアスタードに内心で苦笑しながら、表情には渋面じゅうめんを作って肩をすくめる。

 現状は、どう考えてもうまくないように思えた。

 

「一つだけ――一つだけ考えついた手があるのですが……」


 そんなメルクの思いを打ち砕くかのように、アスタードが躊躇ためらいながらもそんなことを言った。迷うような彼の顔つきを見れば、その手はあまり使いたくないたぐいのものなのだろうことは察せられた。

 しかし状況は一刻を争うのである。今からはたとえ不可能だとしても、打てる手は早めに打つべきなのだ。


「おい、やけにもったいぶるじゃないか。いいから、お前の考えた手って言うのを教えてくれよ。どんな手だ?」

「……それは敵対する国家や仮想敵国の軍事関係者、要人相手から機密情報を聞き出すため、はるか以前より一部の間者かんじゃ、諜報員により行われてきました。正直、僕はこんな手を使いたくないですし、こんな手に引っかかるような輩に対してもあまりいい印象はありません。が、この状況では仕方ありません。作戦の肝になるのが君で、失敗した時に矢面やおもてに立たされるのもやはり君であるということに躊躇ちゅうちょを覚えますが、この方法が一番リスクが少なく成功確率が高いのも事実。君には本当に申し訳――」

「だからもったいぶるなと言うんだ。私とお前の仲だろう? ズバリ言えよ。お前は何をするつもりなんだ?」


 やたらと長文をまくし立てて弁明するかのようなアスタードの言葉をさえぎり促せば、時の大賢者は真顔で一つ頷き、


「僕が提案するのは色仕掛け――俗に言う『ハニートラップ』です」


 そしてその叡智えいちを語るのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ