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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第三章 化生の民
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第八十四話 秘匿の少女


「どうしたんです?」

 

 博士の家から出ずに背後を振り向いて固まったメルクに、戻って来たアスタードがいぶかしげな声を掛けてきた。


「しっ! 静かに。今、奥の方から物音がした」

「えっ? ですが、魔力の気配はありませんよ? 何か感じますか?」


 メルクの言葉に小声で問いかけてきたアスタードに首を振る。


「いや……だが、家鳴りにしては随分とはっきり聞こえた。確認する、少しそこで待っていてくれ」

「……分かりました。気を付けてください」


 足音を立てないように速やかに移動し、メルクは部屋の奥の方へと油断なく進む。そして周囲を見渡し、特に異常のないことを確認。音の出どころと思しき隅にあった扉付きの棚の前に立った。


 目に見える範囲で不審な物がないので、音の原因はこの棚の中にあると考えられる。その棚は小柄な大人なら何とか入ることができそうだ。何者かが隠れている可能性もある。


 メルクは油断なく片手を剣の柄にわせ、もう片方の手で棚の扉を開いた。


「――っ!」


 すると中から人が滑り落ちるように倒れ込んできて、剣を抜きかけた手を慌てて支えに回す。

 そして、こちらへともたれかかって来た者――銀色の髪を持つ小柄な少女をすんでのところでやんわりと受け止める。


「……う、うぅ」

「な、なんで女の子が……おいっ! アスタード!」

「はいっ?」


 メルクは意識が朦朧もうろうとした様子の少女を抱えながら、外で待っていたアスタードへ呼びかけながら向かった。アスタードの方もメルクの声を聴いて、再び家の中へ戻ってきたようだ。


「どうしまし――へっ? その娘は?」

「知らん。おい、君っ! 名前は?」

「う……て、テテ、ム……」


 メルクの声に震えるまぶたを押し上げ、小さく少女は呟いた。その弱弱しい声はあまりにも生気に乏しく、かなりの疲労がうかがえた。


「ちっ……『治癒ネラーマ』」

「え?」


 治癒術を行使したメルクにアスタードが驚いたような声を上げたが、今は構っていられない。少女の治療が最優先だ。


「――うぅ」


 メルクの治癒に一度だけ少女が大きく目を見開き、深い青色の瞳を一瞬(さら)した。しかし、すぐに目を閉じると首をカクンと傾け、気を失ったのかメルクの腕の中で身体中を弛緩しかんさせる。


「気絶したか。今まで気を張り詰めていたんだろう」

「君は今、治癒術を使いましたか? それも、真正の……」

「ああ。昨日の晩も話したが、私はエルフの里で治癒術を習ったんだ。今じゃ、剣士っていうより治癒術師の方がしっくりくるかもな」


 一応、昨日の酒の席でエルフの里での修行について一通り話したが、あの時点でアスタードはかなり酒を呑んでいた。記憶から抜け落ちていても不思議ではない。メルクは改めて説明してやった。


「治癒術を習った? うらやましい……」

「おい、そんな話は今は置いておけ。それよりも、どうやらこの娘がテテムのようだが、なんだってこんなところに……」

「それはもちろん、襲撃に気付いた博士がかくまったのでしょう。ほら、この娘の首元を見て下さい」

「うん?」


 アスタードの示すとおりにテテムらしき少女の首元を見れば、赤い宝石のようなものがあしらわれたペンダントが身に着けられていた。


「おそらくこれは魔石です。それも「自身から発せられる魔力を隠蔽いんぺいする」と言った特殊な効果を持つたぐいでしょう」

「魔力を隠蔽だと? そうか、だからこの娘から魔力の気配を感じないのか」


 人間、いや生き物であれば量の違いはあれども必ず魔力を保有している。にもかかわらずこの少女から微塵の魔力も感じないのは、少女の身に着けている魔石付きのペンダントが原因らしい。

 

「当然ですが、これは非常に希少価値の高い魔石です。けれど博士はこの娘を守るために、これを首に掛けて少女をこの棚に逃したのでしょう」

「なるほど。たしかにこのペンダントを着けていれば、襲撃者の中に魔力を探る者がいてもやりすごせるな。しかし、ここまで家捜やさがしされてよくもまぁ、無事だったものだ。この娘はついていたな」

「ええ。博士が手紙を出していなかったらこうして僕たちも訪れなかったでしょうし、そうなれば発見されずどうなっていたか……とにかく、この娘を連れてログホルトに戻りましょう」

「ああ」


 アスタードの協力を得てメルクが少女を背負う形とすると、二人は改めて博士の家を出た。


 何か知っているであろう少女から色々と話を聞きたいのはやまやまではあるが、残念ながら今は意識を失っている。命に別状はないだろうが無理に起こすわけにも行かず、話を聞くのは落ち着ける場所に辿り着いてからに他なるまい。


「部屋に散らばっていた書類は、一目で研究とは関係ないと分かるような物ばかりでした。おそらくは伯爵の手の者が、関係ありそうなものは片っ端から持って行ったのでしょう」

「それって不味いんじゃないか? 博士が口を割らなくとも、その書類があれば『仇為す者(ファルガーロ)』について調べられるんじゃ……」

「もちろん、長い時間を掛ければ不可能ではありませんが研究データは専門性の高いものです。少し魔術をかじった程度では読み解くことは難しいかと。問題はその書類や博士の身柄が帝国に渡ってしまうことです。彼の国であれば、いくらでも博士から情報を奪うことができるでしょうし、博士が口を割らずとも書類から研究成果を正確に得られるはずです」

「つまり――いよいよ時間はないってことか」


 背負った少女へあまり振動を与えないよう、けれどできる限りの早足でメルクとアスタードはログホルト市へと急ぐのだった。

 


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