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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第三章 化生の民
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第八十三話 不穏


 ログホルト市の西隣にあるボトエ町は、大の大人であれば徒歩で半日とかからない。朝に出発したとして、昼頃には問題なく辿り着ける距離だった。

 敷かれているのは栄えた街と町を結ぶ街道である。歩きやすいように踏みならされており、前世を含めて根っからの冒険者であるメルクにとっては造作もない道のりだ。研究者肌とは言え、幾度となく過酷な旅をしてきたアスタードにとってもそれは同じだろう。


 二人は当然のように、ボトエ町へと比較的早い時間で辿り着いていた。


「どうです?」


 町に入り、それなりに賑わう雑踏の中でアスタードがささやくように尋ねてくる。メルクはちらりと彼を見やり、すぐに視線を前に向けた。


「ああ、私の感覚では奇妙な動きをする魔力の反応はなかった。視線も特には感じなかったし、見張りや追跡者はいないはずだ」

「そうですか、僕の見立ても同じです。まぁ、昨日の今日ですからね。向こうも警戒して、そうそう手は出してこないでしょう」


 アスタードが頷きながら言ったように、昨日は地下遺跡の中でフォナン伯爵の刺客を何人も返り討ちにしたのだ。戦力が無限に湧いてくるわけでもないので、通常であれば少し大人しくなるはずだ。


「で? 肝心の博士の家は?」

「ふむ……ここから少し西に行った区画にある青い屋根の家がそうらしいです。どうやらこの辺りにはその一軒しか青い屋根はないようですね」

「そうか……なぁ、一つ言ってもいいか?」


 メルクはアスタードがゆっくりと指差した方角――つまり西を見た瞬間、思わず顔をしかめて首の裏を押さえた。


「なんですか?」

「首が痛い」

「え? あっ……急いだ方が良さそうですね」


 さすがに古い付き合いだけあって、アスタードは即座にメルクの考えを読み取ったようだ。顔に真剣な色が混じる。


 メルクの、あるいはエステルトのうなじが痛くなる時は、大抵何かよからぬことが起こる前触れだ。もちろん外れることもあるが、長い間共に旅をしてきた『一陣の風(アベイレイン・フロー)』のメンバーであれば周知の事実であった。


 周囲に不審に思われない程度の早足で西の方へずんずんと進めば、やがて少し寂れた一角に行きついた。町の入り口や中心部の喧騒けんそうが嘘のように、その周囲だけは静まり返っている。どうやら空き家が集まっているようだ。


「青い屋根、あそこですね」

「ああ。しかしこんな人気のないところに……これじゃあ騒ぎが起こっても誰も気付かないぞ?」

「博士は亡命した身。あまり人目には触れたくなかったのでしょう……どうです?」


 青い屋根の家に五十歩ほどまで迫ったところで、アスタードが先ほど同様メルクに確認を取るように視線を向けてきた。

 メルクは痛むうなじを押さえながら、半目で彼を見返す。


「私に聞くよりも自分で判断するといい。大賢者なんだったら」

「いえ、僕の感覚としては家中に魔力の気配を感じないのですが、君の見立ても知りたくて」

「同じだ。誰もいないと思うが、一応用心して踏み込もう」

「ええ」


 身体を硬化した魔力で包み込み、剣士であるメルクが先に家の玄関をゆっくりと開け、後からアスタードが続く。

 そして恐る恐る足を踏み入れた博士の部屋は、物盗りが入ったかのように荒らされていた。散乱した書類や衣服、魔術の触媒らしきものを見るに、何者かが家捜ししたのは間違いなさそうだ。


「これは……」

「どうやら遅かったようですね……この様子では博士は連れ去られたのでしょう。見て下さい、これ」


 部屋を見渡し眉をひそめていたメルクは、アスタードが机の下から拾い上げた封筒に目を向ける。

 差出人の欄に特徴的な字で「テテム」と書かれた手紙用のその封筒には、少量の血痕が付着していた。

 多くはないが、紙で手を怪我した程度では着かないような血の量だ。


「この家を荒らした者たちが、これだけの怪我をするとは思えません。博士、あるいは孫娘のものだと思います」

「伯爵の手下か? だが、どうやってこの家が……」


 メルクの疑問にアスタードは考えるような顔つきとなり、そして眉間にしわを寄せて思案するように低い声を出す。


「……帝国からの情報で、伯爵が僕と博士が共同で研究していることを知っていたのであれば、この場所を突き止めるのは不可能ではありません」

「うん?」

「当然、伯爵は手下に僕の家を見張らせていたはずです。すると気付いたはずです。僕の家に手紙が何度か届けられることに。そしてその手紙が博士からのものであることなど容易に察せられるでしょう」

「だが、手紙を届けるのはギルドの冒険者なのだろう? 中は見られないはずだ」

「しかし、その冒険者がどこのギルド支部で依頼を受けたのかは上手くすれば分るでしょう。後はその支部を見張って、博士が現れるのを待ち受ければいいんです。この町には軽度の依頼のみ取り扱っている簡易の支部しかありませんが、博士はそこで手紙を出していたのでしょう。そして見つかり、居場所を特定されてしまった。そう考えるのが自然です」

「……なるほど」


 アスタードの推測はもっともだ。

 もちろん、伯爵の手の者が手紙の配達を任された冒険者に依頼主の名前や宛先など聞いても不審がられるだけだろう。教えてもらえるわけがない。


 だが、手紙のことなど欠片も出さず世間話を装い「どこから来たのか?」や「最後に依頼を受けた場所は?」などと尋ねるのであれば話は別だ。口の堅い冒険者が相手では難しいかもしれないが、中にはあっさりと答える者もいるだろう。考えたものだ。


「どうする? 昨日手紙が届いた。つまり連れ去られてまだ時間はそんなに経っていないとは思うんだが……」

「ええ。けれど伯爵とて是が非でも『仇為す者(ファルガーロ)』の情報は聞きだしたいでしょう。そう簡単に口を割るような博士ではないと思いますが、それ故に厳しい尋問が行われるはず……はやく助け出さなければ」

「乗り込むか?」


 昨晩と同じように提案したメルクに一度視線を向けた後、アスタードは考えるように宙を仰ぎ、そしてやんわりと小さく首を振る。


「とりあえず、今はログホルト市へ戻り、道中に今後のことを話すとしましょう。最悪、君の言う通り乗り込むことになるかもしれませんが」


 いつも以上に深刻そうな様子で眉間に皺を寄せているのは、アスタードなりに事態を重く受け止めているためだろう。

 責任感の強い彼のことだ。博士が連れ去られた原因の一端が、「自分にもある」と考えているのかもしれない。


 メルクも心にざわつきを覚えながらアスタードをみやり、そして彼の足元に落ちている意外なものにふと気付いた。


「これは……」


 アスタードの足元から小さな四角形の緑色の飴のようなものを拾い上げ、しげしげと観察する。

 そして確認したそれは、どうやらメルクが思った通りのものらしい。

 

「おい、アスタード。博士は持病を抱えていたのか?」

「え? いえ、そんな話は聞いていませんが」

「そうか……」

「それはなんですか? 薬なのですか?」


 浮かない顔で飴のようなものを吟味するメルクに、薬に関しては門外漢なアスタードが問いかけてくる。メルクは軽く首肯した。

 

「ああ。たぶんこれは心臓の病に効く薬だ。原料に爆薬の素材が使われていて、少々独特な匂いがするのが特徴だな」

「え? 爆薬?」

「とはいってもごく少量だし害はない。匂いがするって言っても嗅ぎ慣れた人間でもないと分からないだろうが……けど不味いな」

「なにがです?」

「これが博士のものであるならば、博士は心臓に病を抱えている。仮に発作が起こったら、すぐにでもこいつを舌下ぜっかにおかないと命に関わる――放置すれば間違いなく死ぬ」

「そんな……」


 メルクの断言にアスタードは驚いたように眉を吊り上げ目を見開いた。このままでは、フォナン伯爵が博士を生かしておくつもりだったとしても、博士は病によって命を失ってしまうのだ。

 一層、迅速な救出が求められることになる。


「こうしてはいられませんっ。急いでログホルトへ戻りましょう」

「ああ」


 忙しなく家から出たアスタードに続いてメルクも家から出ようとする。が、


「――?」


 その瞬間、今までになく鋭い痛みが首筋に走り、メルクは思わず動きを止めた。そしてうなじを押さえて立ち止まったメルクの背後の部屋で、


『ゴトっ』


 と小さな音が生まれた。


 魔力の気配がなく誰もいないはずの場所で生まれたにしては、随分とはっきりその音はメルクの耳に飛び込んできたのだった。


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