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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第三章 化生の民
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第八十話 大賢者の悪癖


「――しまった……」


 メルクはすっかり忘れていたことを、酒盛りが始まって数刻もしないうちに思い出す。


「だからねぇ、エステルトぉぉ! 僕はぁ、ぼかぁ、本当に君のことを尊敬してたんだぁ」

「あ、ああ分かった、分かった。さっきも聞いたよ」

「パーティーをよくまとめてぇ、あんな癖の強い僕らをまとめてぇ――君はすごいっ!」

「お、おう」


 ワインを数杯飲んだだけで、すでに顔や腕まで真っ赤にさせてアスタードが管を巻いてくる。

 そう言えば元々、アスタードは酒に強くないのだ。そして酔っぱらったらこんな風に絡んでくる。これでは落ち着いて酒も飲めない。


「あのなぁ、酒だけグビグビ呑む奴があるか。何かつまめるものでも用意しろ!」


 空きっ腹にアルコールがまわりやすくなるのは世の常識だ。メルクもそうだがアスタードにしたって朝以降は何も食べていない。当然アルコールの廻りも早いはずだ。


「じゃあぁ、ケーナになにかぁ……」


 メルクの言葉に立ち上がると、アスタードは千鳥足で部屋から出ようとする。


「おい、こら待てっ! 通信用の魔石で呼べばいいだろうが」

「あ……そうか」


 その言葉に再び椅子にドスンと座り直し、机の上に置いてあった魔石を緩慢な手つきで手に取った。その最中に何度もアスタードの掌が魔石を空振りする姿に、笑っていいのか呆れていいのか分からずメルクにしても曖昧な表情を浮かべることしかできなかった。


「ケーナぁ」


 アスタードが魔力を流しながら気の抜ける声で呼びかけるとしばらく間が空き、


『え? あの?』


 そして戸惑うようなケーナの声が聞こえてきた。


『大賢者様ですか? どうかなさいましたか?』

「はーい、大賢者でぇす。あのー……なんだったっけ?」


 ケーナに何を注文するつもりだったのか忘れたのか、とろんとした目でメルクを見てくるアスタード。メルクは頭を二三度ガシガシと掻き、アスタードの手から魔石を奪い取った。


 初めて使うので上手く扱えるかは分からないが、取り合えず魔石に魔力を流してみる。


「あー、聞こえるか?」

『はい……メルクさんですか? 大賢者様は一体……』


 直ぐに返事があって、先ほどから困惑しきりなケーナの声が聞こえてくる。そんな彼女の様子に苦笑しながら、メルクはこちらに身を乗り出してくるアスタードの頭を抑えつけた。


「ああ、気にしないでくれ。今、アスタードと酒盛りをしているんだが、どうやら酔っぱらってしまったらしい」

『大賢者様が酩酊めいてい……』

「ああ、情けない話だろう? それはいいんだが、なにかつまめるものはないか? ようは酒のさかなだな」

『酒の肴……えーと、ゴザの実くらいしかありませんけど?』

「ああ、それでいい。それを頼もう。悪いが部屋まで持ってきてくれ」


 メルクが軽くそう言うと、魔法石の向こう側でしばし固まる気配があった。


「うん?」

『あ、あの……よろしいんでしょうか? 私がそちらへ行っても』

「うん? 別にいいんじゃないか? どうせアスタードは酔っぱらっているし、そんな長時間いるわけじゃないだろう?」

『それはもちろんですが……分かりました。すぐに伺います』


 ケーナのその一言を受け、魔石から発せられる魔力が薄らぎ消える。メルクはほっと一息ついた。

 それにしてもあのケーナの反応――。


(もしかしたら、ケーナも一緒に呑みたいと思っているのかもな……)


 だが当り前ではあるが、この酩酊状態にある大賢者様がうっかり口を滑らすとややこしいことになるため、一緒に酒を呑むのは不可能だ。それにメルクは完全にケーナを信用したわけではない。


 酒の肴を持ってきてもらったら、すぐにお引き取りを願うべきだろう。純粋にケーナがアスタードに恩を感じて傍にいるのだとしても、こんな酔っ払いでは彼女の理想が崩れてしまう。

 どちらにせよ、ケーナを長居させることに利はないのだ。


「まぁ、アスタードを正気に戻すってのも手ではあるが――」

「エステルトぉぉ!」

「ええい! じゃれつくな、鬱陶うっとうしい」


 本気で治癒術を使いアスタードの酔いをますことも考えたが、時には息抜きも大事だろう。口ぶりやケーナの反応から考えて、アスタードがここまで正体を無くすことは珍しいはず。今日くらい好きに酔わせてやることにした。


「ああぁ、イリエムぅぅ。どうして僕を置いて行ったんだぁ!」

「放せ馬鹿っ! 俺はイリエムじゃねぇ」


 好きに酔わせてやるのは良いが、さすがに腰に引っ付かれていたのでは気持ちが悪い。アスタードのこのだらしなさに、ふと冒険者パーティー『暴火の一撃ドルスウェナ・アベッシオ』のエレアのことが思い浮かんだ。彼女だったら喜んで抱き着かせていたと言うのに。

 残念ながらこの酔っぱらいは、そんな可愛いものではない。


 何とか引っぺがそうと悪戦苦闘しているとドアが小さくノックされた。


「失礼します。あの、ゴザの実をお持ち――」


 そしてドアを開けて姿を見せたケーナは、アスタードの腕が腰に回されているメルクを見て固まった。いや、メルクの腰に腕を回しているアスタードを見て固まったと言うのが正しいか。


「だ、大賢者様?」

「う、うん? お、あ――ケーナじゃないですかぁ」


 そしてケーナの呼びかけが聞こえたのか、アスタードがメルクを解放して四つんいでケーナの元へと這っていく。


「ひぃ?」

「おお、ケーナ……あれ? ケーナ、随分大きくなりましたねぇ?」


 四つん這いの姿勢でケーナを真下から見上げたアスタードが、おそろしく間の抜けた声を出した。

 その姿勢から立っている人間を見上げれば、誰でも大きく見えて当たり前だろう。


「はぁ……。悪いな、ケーナさん。後は私が面倒を見るから、もう下がってくれて結構だ」

「うげっ」


 ひとまず四つん這いの姿勢で女性を見上げている変態を軽く蹴って、メルクはケーナからゴザの実の入った器を貰う。それには二人分のナイフとフォークが添えられていた。


「あ、あのでも。大賢者様が」

「ああ、こいつは酔うといつもこうなんだ。幻滅したかもしれないが、酔った時だけだから見逃してやってくれ」


 閉めようとしたドアを抑えつけてケーナが部屋を覗き込んでくる。メルクは愛想笑いを浮かべ彼女を押しやり、強引にドアを素早く閉めた。


「……よくご存じなんですね、大賢者様のこと――」


 ドアが閉まりきる直前に、感情のないそんな冷たい声が聞こえたような気もしたが、メルクは聞こえなかったことにした。

――酒がもたらした幻聴だろう、きっと。



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