第七十九話 手紙
『――すみません、大賢者様。ギルドよりお手紙が届いています』
「何事だっ?」
重苦しい沈黙に包まれた室内に、突如として魔力の気配が生まれ、次いで明るい声が響き渡った。咄嗟に腰元の剣に手を伸ばしたメルクを呆れたように見やり、アスタードが机の上に置いてあった魔石を手に取る。
「ありがとう、ケーナ。送り主は?」
『えーと……あれ?』
「どうしました?」
『……いえ、いつもの方です。テテム様となっていますね』
何か言い淀んだケーナをアスタードが促せば、彼女はメルクが聞き覚えのない名前を口に出した。
「そうですか。取りに行きます」
『はい……では』
やがて声が止むと魔力の気配も消え、室内は再び静寂に包まれる。
「今のは……通信用の魔石か?」
「ええ。僕が部屋にいるときは、この魔石で呼びかけてもらっているんです」
「そうか。びっくりしたな……」
不意打ちとは言え取り乱したことを照れながらメルクは胸を押さえ、そしてとある可能性が浮かんでアスタードを鋭く見た。
「おい、その魔石を通して向こうに会話が筒抜けってことはないだろうな?」
「それはないですよ。手に触れて魔力を通さなければ、片割れの魔石には繋がりません。僕の声はこの魔石に触れて魔力を注いで初めて、彼女が持つ魔石へと流れるんですから」
「そうか……」
「心配せずとも大丈夫ですよ。通信用魔石を使う際は魔力の気配が生まれるんです。僕にはその気配が分かりますから」
「いや、気配なら私にもわかったぞ?」
メルクのその言葉に首を傾げた後、アスタードはすぐに納得したように頷いた。
「ああ――化生の民、か」
「うん?」
「いえ、今の君はエルフでしたね。それならば魔力を感じても不思議ではありませんか」
「まぁな。それよりも、テテムってのは誰だ?」
「僕も会ったことはないんですが、博士が帝国から連れてきた孫娘の名前らしいですよ? 彼とは手紙でやりとりしているんですが、その際に孫娘の名前であるテテムを使用しているんです。グローデル博士の名前はこの国でも有名ですから念のため」
「手紙で連絡を取り合うなんて、ちょっと危なくないか? この地を治める伯爵なら、手紙を検めるなんて造作もないだろう?」
「大丈夫です、ギルド経由で送っていますから。ギルドに依頼を出せば、信頼できる冒険者に確実に運んでもらえるんですよ。ギルドは基本的に国家権力の縛りを受けないので、いくら伯爵と言えども手紙を検めることは不可能です」
「ふーん……ならいいが」
メルクがエステルトして冒険者をしていた頃は、冒険者が手紙を運んだりすることはなかったように思う。が、今は常識が違うようだ。
まぁ、メルクが知っているかつての冒険者と言えば、粗野で粗雑な乱暴者ばかりであったから、間違っても大切な手紙など任せられなかっただろう。
それが今では頼りにされる存在なのだから、変われば変わるものである。
それから一度部屋を出て手紙をケーナから受け取って来たアスタードは、メルクの前で開封した。
「えーと、なになに……」
グローデル博士からの手紙を黙読したアスタードは眉間に皺を寄せ、メルクの方に差し出した。
「見ていいのか?」
「ええ」
許可を得たので読めば、そこには特徴的な字が文面に踊っていた。少々読みにくかったが要約すると「術式について画期的な方法を発見した。意見を聞きたいので至急来られたし。ついでに会ったことのない自慢の孫娘に会わせてやる」となっている。
有難いことに、所在地を記した地図まで同封されていた。
「どうする?」
「行かない手はないでしょう……ただ、じきに日が暮れますし、訪ねるのは明日にしましょう」
「まぁ隣町だしな。明日の朝行けば、一日で帰ってこられるだろう」
「では、いったん伯爵や帝国のことは置いておきましょうか」
メルクが頷き同意すると、アスタードは書類に埋もれていた机を引っ張りだし、部屋の隅にある棚からワインとグラスを持ってきて乗せた。
その手際のいい準備に、メルクは思わず苦笑を浮かべる。
「お前、研究室で呑むのか?」
「ええ、たまにですけどね。近頃は呑んでいなかったのですが、折角の再会です。さぁ、今夜は差しつ差されつ語り明かしましょうか」
「お前……まぁ、いいけど?」
そしてそういうことになった。
「そう言えば、迷宮に入ってこられた辺り君はその身体でも冒険者になったのですね?」
アスタードがこちらのグラスにワインを注ぎながら聞いてくる。メルクは軽く頷いた。
「ああ。まさかエルフの里に籠っている間に、冒険者になるための試験を受けないといけなくなっているなんてな、面食らった」
「でしょうね……君なら問題はなかったでしょうけど」
「割と苦労したがな。どれ、俺も注ごう」
「ああ、どうも」
お返しにアスタードのグラスにもワインを注いでやると、彼は感慨深そうに呟いた。
「……そうか。つまり君はエルフの冒険者と言うわけか」
「お? なんだよ改まって。まぁ、珍しい――と言うよりも、今までそんな奴はいなかっただろうがな」
「いえ、たしか帝国にはいたはずですよ」
「なに?」
ワインの注がれたグラスをアスタードが近づけてきたので、こちらも同じように近づける。
「乾杯。えーと……名前はヴァーナーとか言いましたかね? なんでもエルフの冒険者だったとか。ただ、その人物は優秀であったがために、すでに帝国に召し抱えられたとか何とか」
「おいおい、随分怪しげな情報だな」
不確定要素の多いその話に、メルクは大袈裟に眉を顰めた。
「仕方ないでしょう? 彼の国は秘密主義です。他国にはほとんど情報は伝わりません。そのヴァーナーとか言うエルフの冒険者に関してだって、本当に実在するかどうか」
メルクの反応に憤るでもなく、軽く肩を竦めたのみのアスタード。どうやらその様子を見るに、話の種の与太話だったようだ。
「まぁ、そんな話はいいさ。呑もう呑もう。とは言え、私はまだこの身体では十四歳だからな。あんまりは呑めないが……」
「おやおやだらしがない。まぁいいですよ。僕が君の代わりにたくさん呑みますから」
「ああ。明日に響かないようにな」
自信ありげにワインを一気に煽るアスタードにメルクは頷き、そして自身もゆっくりとワインを口に含む。
この時メルクはすっかり忘れていた。
アスタードの悪癖を――。




