第七十八話 博士と伯爵
今や各国に複数あるのが当たり前とされる冒険者ギルドだが、レザウ公国においてはつい最近までは一つしかなかった。
しかし四英雄の活躍もあり、冒険者の地位や発言力が向上するとギルドの需要も一気に増した。結果、レザウ公国でも複数のギルドが造られるようになり、一番新しくギルドが置かれたのがこのログホルト市なのである。
そしてそのログホルト市を治める貴族こそ、ターメイナ・フォナン伯爵。レザウ公国でもそれなりの力を持つフォナン家の現当主だ。
「なるほど? そのターメイナ・フォナン伯爵ってのが、お前の研究を狙っていると言うわけか」
椅子に腰掛けアスタードの話を聞いていたメルクは、顎に手を当て問いかけた。アスタードは軽く頷く。
「ええ、そのようですね。フォナン家はレザウ公国でもそれなりの家柄です。事を荒立たせずにすめば一番良かったのですが、フォナン家が帝国と繋がりがあるとなれば見逃すわけにはいきません。何としてでも不正を白日の下に晒さなくては」
「だが、あの刺客も言っていた。それなりの家柄なら、簡単に家を捜索なんてできないだろう?」
「……そうですね」
メルクの言葉に一つ頷き、アスタードは部屋の中を行ったり来たり歩き出す。
「忍び込んで不正を暴くか?」
「いえ。余程の物でなければ不法に侵入して取得した物など、証拠とは認められないでしょう。やはり信頼性の高い情報を掴んで提出し、レザウ公爵自身に動いてもらうのが一番いいと思います」
「その信頼性の高い情報とやらは、一体どこで掴むんだ?」
「……考え中です」
結局は現段階で打つ手がないと言う事だ。メルクは軽く息を吐き出した。
「それで? お前の共同研究者ってのはどうなってんだ? 無事なんだろうな?」
「おそらくは。何せ僕も彼の正確な所在を知らないのです。隣町に家を借りているとは聞いていますが、そこがどこなのか……」
「隣町? 隣町ってボトエ町か? あの辺も伯爵の領地じゃないのか?」
「ええ」
「ちっ。なんだってそんなところに」
アスタードの肯定に思わず後頭部を掻いたメルク。そんな彼女に、アスタードは歩きながら不満げな視線を向ける。
「僕も博士も、フォナン家が帝国と繋がっていると知っていればここを選びませんでした。しかし、『試練迷宮』は研究に最適の場所だったんです。本来であれば、この周囲に居を構えるのは当然です」
「……なぁ。その共同研究者の博士ってのはもしかして――ゾアナ・グローデル博士か?」
メルクの指摘に対し、アスタードは踏み出しかけた足を止めてゆっくりと戻した。そしてぎこちない動きで首を傾げる。
「……なぜ?」
「いや、さっき迷宮で刺客が言っていただろう? 「博士が亡命した」って。チュリセ帝国で有名な博士と言えばグローデル博士だ。それに博士は『強者の理』の提唱者だからな。『鬼人』が魔石から生命力を吸収し『仇為す者』に至ると考えてもおかしくはない」
「――君は変なところで鋭いですね」
「喧嘩売ってるのか?」
「いえ、褒めています。まぁ、君に隠しても仕方ないでしょうね――ええ、僕の協力者はグローデル博士です。というよりも、僕が彼の協力者なんですが」
あっさりと認めたアスタードは、メルクの正面に置いてあった肘掛けの付いた椅子へゆっくりと座った。
そして少し自嘲するように口の端を吊り上げる。
「博士は僕が魔法についてそれなりの知識があることと、実際に『仇為す者』と相対し討伐している事を理由に研究の話を持ち掛けてきました。まぁ、僕の知名度を使い「後ろ盾のないこの国の迷宮で研究をするため」というのも理由の一つでしょうが」
「お前はその研究に乗ったんだな?」
「ええ。『仇為す者』の発生原因が分かれば、自ずとそれを防ぐことも可能になる。それはずっと後の時代に生まれてくる人々のためになるでしょう」
「……まぁな」
『仇為す者』は数世紀間隔で出現することは周知の事実だ。つまり、十数年前に出現した以上、アスタードや今いる人間たちが生きている間に出現する可能性はないということである。
もちろん、エルフであるメルクに関してはその限りではないが、本来であれば人間でしかないアスタードが研究したところで自分のためにはならない。不老であっても不死ではない以上、この研究はいわば、未来を生きる人々のための研究なのだ。
「僕が博士の研究に乗ったのは、他にも理由があるんです」
「なんだ?」
「博士が帝国から命からがら亡命してきたからですよ。博士はたった一人の身内である幼い孫娘を連れて帝国を離れ、僕を頼ってくれたようでした。そんな彼を突き放すことなんて僕にはできなかった」
「どうして博士は亡命なんてしたんだ?」
「どうやら件の研究で、帝国での立場が危うくなったそうです」
「なぜだ? 別に帝国の不興を買うような研究じゃないだろう?」
「もちろん。帝国は最初から博士の研究を後押ししてくれたようです。研究施設や資金面も人手も融通してくれたんだとか。最初こそ博士も帝国に感謝したそうですが――すぐに彼らの狙いに気付いたんだと言っていました」
「狙い?」
「フォナン伯爵と同じですよ。帝国は博士の研究を利用し、『仇為す者』の出現を防ぐどころか故意に発生させようとしているのです」
少しだけ表情を変え、忌々しそうにアスタードが眉根を寄せる。そして首を小さく横に振ると、再びゆっくりと立ち上がり歩き出した。
「現在、チュリセ帝国は五ヵ国同盟と睨み合ったまま硬直状態にあります。それを『仇為す者』を使い打開しようとしているのでしょう。五ヵ国同盟のどこかの国で『仇為す者』が出現したら、帝国への圧力は弱まりますから」
「……なるほど。『仇為す者』の対処に追われ同盟が疲弊したところで一気に攻める――帝国はそう考えているわけだ」
「ええ。相手が弱ったところを攻めるのは、彼らお得意の戦術ですからね」
歩きながら皮肉気に呟いたアスタードのその言葉で、メルクは彼に聞きたかったことを思い出す。
「おい、アーラタン王国が滅んだって言うのは本当か? 迷宮で無茶をやらかして、チュリセ帝国に侵略されたと聞いたぞ」
「……ええ。事実です」
「聖女はどこだ? アーラタン王国はイリエムの出身地だったはずだ」
メルクの硬い声の言葉に、アスタードはらしくもなくあからさまにがっくりと肩を落とした。その動作がすでに、何もかもを物語っていた。
「い、イリエムは……彼女はパーティーを解散してすぐにアーラタン王国へ帰りました。何でも弟に会いに行くんだとか――それっきりです。それっきり……彼女と連絡は取れていません」
握りしめられたアスタードの拳。
震える彼の声。
そして視線を落として俯いたその姿。
それらは嫌でも不吉な想いを掻き立てる。
「うそ……だろう?」
メルクの口から乾いた声が漏れた。
『怪我人は無茶な戦闘は控えて下さい――』
「――そんな……」
『本当に野蛮な方ですね。私、どうしてあなたみたいな人とパーティーを組んでいるんでしょう?』
「聖女が、」
『もう――仕方ない人ですね』
「……イリエムが、行方不明――」
『――ふふっ。私、あなたのことを少しわかってきたような気がします――』
――どうしてだろう?
こんなにもはっきりと思い出せる彼女の声が言葉が台詞が――なぜかいつも以上にメルクの胸を強く締め付けるのだった。




