第七十六話 協力
大陸には無数の国があるが、現在もっとも幅を利かせているのはチュリセ帝国と呼ばれる大国だ。
他国とはほとんど交流を持たず、独自の文化と技術で年々領土を拡大。虎視眈々と大陸の制覇を狙っているとされる。
かつて栄華を誇ったエゲレムン大王国が崩壊したことにより、大陸にはもはやチュリセ帝国に比肩し得る国は一つしかない。が、そのエスター聖国でさえも単独で戦争となればほとんど勝ち目はないと言えよう。
それゆえ、チュリセ帝国の周囲にある諸国は同盟を結び、帝国の領土拡大を牽制しているのだ。
ラウバダ王国・エスター聖国・スフィニア王国・レザウ公国・クシリア共和国の五ヵ国からなる五ヵ国同盟である。
その五ヵ国が睨みを利かせている事で、帝国の増長を阻止し大陸での覇権争いは長年硬直状態にあるのだ。
(だが、レザウ公国の貴族が帝国と繋がっているとなると――面倒な事になるな)
帝国の支援を受けた貴族がレザウ公国を牛耳ることで、五ヵ国同盟の背後を刺す様な真似をしでかしかねない。たとえそうならなくともレザウ公国に内通者がいると知れたら、元々強固とは言い辛い五ヵ国同盟の結びつきに綻びが生じるのは必至だ。
なんにせよ、事態はチュリセ帝国優位に進むことだろう。
「フォナン伯爵が帝国と繋がっている事を、レザウ公爵に証言できますか?」
「そ、それは無理だ」
低い声で尋ねたアスタードに、刺客は冷や汗を浮かべながら首を横に振った。
「書類上は俺と伯爵の繋がりを示す物は何もない。そんな事を公爵に訴えたところで、でっち上げたと思われて処刑か、取り合ってすらもらえないだろう」
「しかし、実際に帝国と繋がっているのであれば、屋敷を探せば証拠も見つかるはずですが?」
「いくら公爵といえども、一介の冒険者の証言だけで伯爵家の屋敷を捜索できるものかっ! そんなことは確たる証拠がなければ無理だっ」
「……そうですか」
刺客の言葉に考え込むように俯いた後、アスタードはメルクの方へ視線を向けた。
「どうやら厄介な事になっているようです。フォナン伯爵が帝国と繋がっているとなれば、僕の共同研究者の安否も気になる……僕は一度外に出ます」
「ああ、俺も一緒に出よう」
「では、一旦僕の家に行きましょう」
そう言うと、アスタードは四階層へと続く階段へ向かい始めた。
「お、おいっ! 待ってくれ! 俺を置いて行かないでくれっ!」
魔法の縄で拘束されたままの刺客が、じたばたともがきながら叫ぶ。その男に、大賢者はフードの下に隠した目をちらりと向けた。
「ああ、そうですね。貴重な情報をいただいたので、あなたを『鬼人』に喰わせるのやめておきましょう」
「ほ、本当か?」
「ええ」
すると縛り上げていた魔法の縄が消え、男の身は自由となった。
「さて。それでは行きましょうか、エステルト」
「……ああ」
こちらを警戒するように窺う刺客の男を置き去りにし、メルクとアスタードは階段を上って五階層を後にした。
四階層に辿り着くと、『剛鬼人』の傍に数人の男たちが倒れていた。どうやら全員死んでいるようだ。
「そう言えば、仲間を囮にして一人でも通る者がいれば、残った仲間は殺すようにと指示を出していたんです。見事に実行したようですね」
「……そのようだな。まぁ、死体は『鬼人』どもが片付けるだろうからいいが――だが意外だ。あの刺客の男は見逃すんだな」
「え? ああ、そうでしたね」
すると、アスタードはちらりと『剛鬼人』の方へ視線を向けた。それを受け『剛鬼人』は無言で階段を下りて行く。その雰囲気を察するに、刺客の男を始末しに行くのだろう。
「お前、見逃すと言わなかったか?」
「言っていませんよ。ただ、『鬼人』に喰わせるのをやめただけです。彼には冒険者として『剛鬼人』と戦い、名誉ある討ち死にを果たしてもらうとしましょう」
「……お前、相変わらず容赦ないよなぁ」
「そう言う君は甘くなりましたね。以前の君であれば、僕が見逃す素振りを見せたら自分で片を付けていたと思いますが」
「そうか? 俺もそこまでひどくねぇーよ」
「さぁて、どうでしょうね……」
メルクの抗議に対し、アスタードは意味ありげに笑みを浮かべるのみだった。
迷宮の外に出ると入口で監視を行っているギルド職員の男が、アスタードに向けて目礼をしてきた。怪しげな格好をしているアスタードの事を大賢者だと認識しているのだろう。そして隣にいるメルクに不思議そうな目を向けてきたが、特に何も言わなかった。
二人はその場を後にする。
「ところで、今はログホルトに居を構えてるんだって?」
「ええ。厳密にはログホルト市の外れですけど」
「大丈夫なのか? そのフォナン伯爵とやらに家探しされたり荒らされたりしているんじゃないか?」
「大丈夫ですよ。家においてある資料には魔法をかけています。僕以外が読めば発火する仕掛けなので、見られても問題ありません。そもそも家自体に魔法をかけていますので、僕が認めた者以外は入れないんです」
「ふーん。さすが、便利な魔法が使えるんだな」
感心してそう言ったメルクに、アスタードは淡々と首を横に振った。
「まぁ強者には通用しませんが、フォナン伯爵程度が雇える者には有効でしょう。これまで襲って来た刺客を見る限り、雇えるレベルは知れていますから」
「そうか……いずれにせよ油断しないことだな。お前の研究が仮に人工的に『仇為す者』を創り出し、なおかつ使役できるものであるとするならば――これまでの国家間の力関係は一気に崩れるぞ? もちろん、多くの国が手に入れるために躍起になるだろう」
「君に言われなくとも分かっていますよ。まったく、平和のための研究を軍事利用しようなどと――嘆かわしい連中です」
普段よりも語気を強めて言ったアスタードのその言葉で気付く。
常に無表情なので分かりづらいが、彼は彼なりに怒っているらしい。
「僕の研究の邪魔をするだけなら適当にあしらって放っておこうと思っていましたが、伯爵が帝国と繋がっているのであれば話は別です。何としてでも彼をこの国から排除しなければ、帝国の暗躍を許すことになる――協力してくれますか、エステルト?」
並々ならぬ決意を抱いた視線がフードの下から覗いてメルクを見る。そんな彼に、メルクは肩を竦めて微笑した。
「当り前だろう? もちろんお前に協力するさ。だから、なんだ? 取りあえずそのフォナン伯爵と共同研究者とやらについて詳しく教えてくれ」




