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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第三章 化生の民
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第七十五話 刺客


「――おや、誰か来ましたね?」


 何とか立ち直ったメルクが言葉を発するよりも早く、アスタードが何かに気付いたように上方へ視線を向けた。


「……どうしたんだ?」

「いえ、五階層へ続く階段入口で、何者かが『剛鬼人ドルム・ガイ』と戦闘中です」

「なんだって? 止めてやれよ」


 他人事のように言うアスタードに呆れてしまう。


 本来であれば『橙級レジアス』である『剛鬼人』は、間違ってもこんな低位の迷宮にいていい存在ではない。当然、『剛鬼人』と交戦している者だって、最初からあんな化け物と戦うつもりでここに来たわけではないはずだ。

 交戦者を不憫ふびんに思って「止めてやれ」と言ったメルクに対し、アスタードはゆっくりと首を横に振った。


「元々、上で見張りをさせている二体の『橙級』の魔物は、攻撃を受けるまでは攻撃しないようにと指示しています。交戦になったと言う事は、相手側から手を出して来たのでしょう」

「いや、そうだとしてもあんな魔物がいてパニックになって手を出したのかもしれないだろうが」

「直接的な脅威にならなければあしらうだけにするよう言っています。間違っても相手が死ぬような攻撃はしないはずです」

「俺はされたぞ?」

「君は直接的な脅威とみなされたのでしょう。実際、僕の大事な研究の成果を一体台無しにしましたよね?」

「知らなかったとはいえ、それはすまんかった」


 とは言えあの『暴鬼人ドルス・ガイ』を倒さなければ五階層には辿り着けなかったのだ。アスタードが他者に危害を加えるつもりがなかったのであれば申し訳ないとも思うが、間違ったことはしていないつもりだ。


「……大抵、不運な遭遇であればすぐに戦闘は終わるのですが随分と長引いています。おそらくは相手が粘っているのでしょう」

「ふーん? そんなに五階層に下りたいってことか」

「ええ、フォナン伯爵の手の者でしょう。ここへ訪れるのは腕試しの駆け出し冒険者が主流ですから、ほとんど勝てないと見るや逃げ出すんです。そして迷宮の入口にいるギルド職員に連絡してこの地下遺跡を去るんですが」

「おい、それって大丈夫なのか? ギルドが討伐隊を差し向けるんじゃないか?」


 冒険者からギルド職員へ『橙級』の魔物の発見報告がなされたら、冒険者ギルドとて黙ってはいないはずだ。

 すぐに上の等級の冒険者たちに依頼を出して、迷宮に出現した『剛鬼人』らの討伐を行わさせるだろう。


「もちろん、この迷宮で研究するにあたってギルドには許可を得ています。あらかじめ見張りを立てることも通告済みなので、ギルドが討伐隊を差し向けることはないでしょう」

「ギルドも承知しているのか? だったら入口の職員も教えてくれてもいいのにな」

「それは無理ですよ。本来であれば一介の冒険者に迷宮の階層を貸切って研究させるなんて、そんなことできるはずがないんですから。ギルドはあくまでも知らない体で無関係を装わなければならないんです」

「……なるほど。つまりお前が大賢者なんて異名を持っているから認められている研究ってわけか」

「ええ。博士もおそらくはそれを見越して僕に話を持ちかけて来たのではないかと――」

「博士?」


 メルクがアスタードの言葉に疑問を抱いたのと同時、五階層に新たな魔力の気配が生まれた。 

 どうやら何者かが、五階層の階段に足を踏み入れたようだ。


「『剛鬼人』が倒されたのか?」

「いえ。どうやら交戦者は複数いたようですね。囮を作ってその隙に下りてきたのでしょう……まったく、見張りが二体いれば」


 メルクへ怨み言のように呟いた後、アスタードは外していたフードを被り直す。そして四階層へつながる階段を見れば、そこから一人の男が駆け下りてきた。


「大賢者、アスタードだな?」

 

 現れたのは皮鎧に身を包み、抜身の剣を握る姿こそ普通の冒険者であった。しかしアスタードの名を呼んだことから、やはりフォナン伯爵とやらの刺客なのだろう。


「何の用ですか?」

「……上の化け物は貴様の使い魔か?」

「そうですが、何か?」

「ほう……」


 アスタードの軽い首肯に刺客は歪な笑みを作り、鋭い眼差しを彼に向ける。


「やはり例の研究は本当だったのだな? 詳しく話を聞かせてもらおう――我が主の元へと来てもらおうか」

「我が主? どなたですか?」

「貴様が知る必要のないことだ。言う通りにしなければ――」

「フォナン伯爵ですか?」

「――っ? な、何故それをっ! はっ!」


 慌てて自分の口を押えた刺客に、アスタードは呆れたような呼気を吐き出し小さく呟く。


「伯爵もこんな間抜けを寄越よこすとは……僕もめられたものですね」

「なんだと? なんと言った?」

「いえ、別に。隠さずとも大丈夫ですよ。その情報は、以前こちらへこられた方からすでに聞き出していますから。彼は今、『鬼人』たちの腹の中ですがね」

「なに?」


 目をいた刺客の男へ向けて、アスタードは無造作に一歩踏み出した。

 その不気味なフードと外套姿の彼の接近を拒むように、刺客の男は剣を構えながら一歩下がる。


「同行を拒否したら襲い掛かられましたので、返り討ちにしてやったのです。可哀そうな事をしてしまいました」

「待てっ! 止まれ。大人しくついてこれば危害は加えん」

「……あなた、まさか僕に勝てるつもりですか?」


 どこまでも不遜ふそんな物言いの刺客に呆れた視線を向けるアスタード。メルクも彼と同じような目になっていただろう。


 アスタードと対峙する目の前の男は、どう考えても彼より数段以上劣る。この迷宮に入れたからには冒険者なのだろうが、いいところ五等級が精々のように思えた。刺客からは強者の気配が微塵も感じられない。

 もちろん、あえて雑魚のふりをしている可能性もあるが、そうであれば大したものだ。


「ふん、大賢者と呼ばれようともあれから十数年が経つのだ。冒険もせず、研究に没頭していた貴様が現役の冒険者に勝てるか? 上の使い魔がいい証拠だ。所詮はあのような魔物に見張りをさせなければ自分の身を守れぬのだろう?」

「……なるほど、そう言う考えですか」

「今の貴様には頼りになる仲間もいない。そこの女は護衛のつもりか? はっ! そんないかにも見た目で選んだような女に護衛をさせるなど、大賢者も落ちたものだな」


 矛先を傍観していたメルクにまで向けた刺客の男に、メルクは乾いた笑みを浮かべた。通常であれば怒りの一つでも湧いてくるのだろうが、目の前の男があまりにも滑稽こっけいすぎてそんな気力も出なかった。


「さぁ、大人しくついてこい」

「いやですね」

「そうか。なら――少し手荒く行くぞ?」


 剣を上段に振り上げアスタードへと迫る刺客。

 たしかに一般的な戦士と比べればそれなりの速さなのだろうが、相手が悪い。悪すぎる。


「『拘束ワーズ』」

「うお?」


 男がアスタードに辿り着くよりも早く、アスタードの一言によって生み出された魔法の縄が刺客の身体を縛り上げた。これでは満足に身動き一つとれないだろう。


「ぐっ、な、何だこれは? 取れんっ!」


 地べたをいずってもがき、縄から何とか抜け出そうと暴れる男の元へアスタードが見下ろすように近づいた。


「さて、これであなたを生かすも殺すも僕次第なのですが――何か言うことはありますか?」

「ま、待て! 俺を殺したらフォナン伯爵が黙っていないぞっ!」

「現状、すでに伯爵には迷惑をこうむっているのです。今さら関係ありませんね」

「なっ! わ、分かった。知りたいことは何でも教えてやろう。さぁ、何が聞きたい?」

「そうですね……では一つだけ。僕の研究をフォナン伯爵はどこで知ったのでしょう? ギルドが話すとは思えないのですが」

「そ、それは……」


 刺客はアスタードの質問にきゅうするように黙り込む。どうやら命とはかりにかけられる程度には重大な秘密らしい。


「お答えいただけませんか? 残念ですね。『鬼人』たちの胃袋に入ったあなたのお仲間も、答えてはくれませんでした……」

「ひぃっ? わ、かった! 話す! 頼むから魔物の餌になんてしないでくれっ!」

「それで? フォナン伯爵はどこから知ったのです?」

「……て、帝国だ」

「なんですって?」

「チュリセ帝国だっ! フォナン伯爵はチュリセ帝国の上層部と繋がっている。それで博士が研究成果を持ち逃げして、ログホルト市に亡命したことを知らされたんだ」

「……伯爵とチュリセが繋がっている――あなたは自分が何を言っているのか分かっているのですか?」


 今まで表情を変えることのなかったアスタードだが、さすがにこの刺客の言葉には驚いたのかフード越しでも動揺がうかがえた。

 メルクにしたって思いは同じだ。


(つまりレザウ公国の貴族とチュリセ帝国の上層部が結託けったくしてるって言うのか……これは大変な事だぞ……)





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