第七十四話 研究の功罪
「……『仇為す者』だと? あの怪物の出現する理由がわかったのかっ?」
メルクはアスタードが放った言葉に間を置いた後、勢い込んで尋ねた。
なにせ『仇為す者』と言えば、これまであらゆることが謎に包まれ満足に調査が進んでいなかったのだから。
その怪物染みた強さの秘密も、出現の理由も出現を防ぐ方法も何もかもが分かっていなかった。仮に出現理由だけでも分かったとなれば大発見である。
「まだ調査中ですが、おおよその見当はついています。僕は現在この迷宮で、その検証を行っているんです」
「うん? その見当がついている事ってのは、この迷宮で検証できることなのか?」
「ええ。エステルト、君も『仇為す者』を見た時感じませんでしたか? 何かに似ていると」
唐突なその問いかけに、メルクは咄嗟に傍にいた『鬼人』へと視線を移す。そう、『仇為す者』は大きさこそ随分と違うが、姿かたちは『緑級』である『鬼人』に似ている。
「……つまりお前とその共同研究者ってのは、『仇為す者』は『鬼人』の突然変異と考えたわけか?」
「ご名答。元より『仇為す者』は迷宮より生まれた怪物であると言う伝承があります。もちろん、諸説ある中の一つに過ぎない話ですが、僕はこの説こそが有力だと思っているんですよ」
「何故だ?」
「迷宮にて産出される魔石の中には、膨大な魔力を秘めた物が数十年に一度の割合で生まれることがあるようなのです。その魔石を『鬼人』が摂取することにより『仇為す者』に至るのではないか――そう考えられるのです」
「……なる、ほど」
たしかに、『鬼人』が何らかの方法で魔石から魔力を生命力として摂取できるのであれば、強大な力を得られる可能性もある。
だがそれが本当に可能なのであれば、『仇為す者』が出現する間隔は狭まってもおかしくはない。膨大な魔力を含んだ魔石が生み出されるのが数十年なのであれば、『仇為す者』が出現する間隔もそれくらいで良さそうなものだが。
メルクの疑問に、アスタードは「いい質問だ」と言わんばかりに小さく頷いた。
「……理屈はそうですが、誰でも彼でも膨大な魔力を自分の物にできるとは限らないのです」
「なに?」
再びメルクが首を傾げると、二人の傍にいた『鬼人』が、徐に背負い籠の中に入っていた魔石を貪り始めた。
「お、おい?」
「エステルト、見てなさい」
戸惑うメルクをアスタードは一言で制し、採りたての魔石を次から次へと口に運ぶ『鬼人』へ視線を移す。
(何のつもりだ?)
メルクも内心で疑問に思いながらも、アスタードの真似をして『鬼人』を見た。
すると見る見るうちに『鬼人』の頭部から生える角が膨らみ始める。
そして六つ目の魔石を飲み込んだところで『鬼人』の角が破裂し、『鬼人』は白目を剥いて仰向けにひっくり返った。
見たところ絶命しているようだ。
「――このように、耐性が無ければ魔力を自分の力へと変える前に過剰摂取により死に至るようです。この迷宮で何度も試しましたが、何の術も施していない『鬼人』は、ことごとく死に絶えました。どうやら急激に多量の魔力を吸収したところで、通常の『鬼人』では力を自分のものにはできないようですね」
「お前、酷いことするな……」
メルクに分かりやすく示すためだろうが、情けも容赦もないそのアスタードの所業にひいてしまう。しかし当の本人は、表情を変えずにメルクのその反応こそがおかしいと言わんばかりに首を傾げた。
「なんです? 僕が使役している魔物をどうしようが勝手だと思いますが? どうせただの『鬼人』であれば、時間を置いてすぐに生み出されますし」
「いや、まぁそうなんだが」
「それよりもちゃんと伝わりましたか? つまり僕が言いたいのは、「数十年に一度迷宮より生み出された魔力を多く含んだ魔石を、急激な魔力増加に耐えられる『鬼人』が摂取して初めて『仇為す者』に至るのではないか?」ということなのです」
「……なるほど。膨大な魔力量の魔石と特殊個体の『鬼人』が同時に出現しなければ、『仇為す者』は生まれない。そしてそれらの出現時期が重なるのが数世紀周期と言う事なのか」
「ええ、おそらくは」
「おそらくは」という言葉で濁したが、彼はどうやらほとんどこの推測を正しい物として見ているようだ。これまでの研究で確信に近い何かを掴んでいるのだろう。
(……待てよ?)
「さっきお前は、「何の術も施していない『鬼人』は――」そう言ったな? もしかして何らかの術を施せば疑似的に特殊個体の『鬼人』を作り出すことができるのか?」
「さすが、察しは良いですね」
メルクの鋭い視線に、アスタードは唇の端を少しだけ吊り上げ笑う。そんな二人の傍に、再び『鬼人』が走り寄ってきて背負っていた籠を下した。
その『鬼人』へ、アスタードは両掌を向けて小さな声で何事かを呟き始める。辛うじて聞こえるその詠唱のようなものは、エルフの里で魔法の修行を積んできたメルクにしても聞き馴染のない独特な文言と文体、そして語調だった。
ただ、身体強化や精神高揚魔法の詠唱に近いような気がしなくもなかった。
アスタードの呪文を受けた後、再び『鬼人』が採りたての魔石を貪り始める。そして先ほどの『鬼人』と同じようにどんどんと角が膨れ上がり――八つ目の魔石を口に含んだところで角が破裂。
『鬼人』は白目を剥いて絶命した。
「……」
「……おい」
「……やれやれ、また失敗か」
メルクの低い声での呼びかけに、アスタードは面倒くさそうな声音で呟いた。
「実は、特殊個体の『鬼人』を創り出す術式は、未だ完成していないのです。惜しいところまで行っているのですが、まだ完全ではない」
「今のどう見ても惜しくもなんともないだろう。本当に研究は進んでいるのか?」
「もちろん……君は上で『剛鬼人』や『暴鬼人』を見たはずです」
「ああ――っ? もしかしてあの二体……」
「そうです。彼らは数少ない成功例ですね。僕が開発した術式を施すことで、少なくとも『鬼人』たちの魔力摂取許容量は増えるんです。ただ、通常種から上位種へと至るほどの生命力増大はなかなかに難しい」
納得いかないとばかりに目を細めたアスタードの言葉に、しかしメルクは戦慄する思いだった。
彼の話を信じるのであれば、だ。
不完全であるとは言え、『橙級』の魔物が人工的に作り出されたことになる。それは画期的な事であると同時に、脅威的な事であった。
悪意ある者が意図的に『橙級』の魔物を生み出し街に放てば……考えるだけで怖ろしいほどの犠牲が出ることだろう。
「……もしかするとこの術式は、不完全なままにしておいた方がいいのかもしれませんが」
メルクの視線から言わんとすることを感じ取ったのか、アスタードが小さく呟いた。
「『鬼人』から人工的に上位の種族へと進化させる――それはつまり『鬼人』を使役する力さえあれば、『剛鬼人』や『暴鬼人』、果ては『仇為す者』さえ支配下に置けると言うことに他なりませんから」
「なに?」
「フォナン伯爵はおそらくそれを狙っているんでしょう。面倒な事です」
「……」
淡々とアスタードの口から紡がれた言葉に、メルクは今度こそ絶句した。




