第七十話 再会の大賢者2
「……馬鹿な、そんなはずが――離しなさい」
しかし、アスタードは見開いていた目を再び細めると、自分の外套の襟元を握っていたメルクの手を振り払った。
「どういうつもりであなたは『一陣の風』を語るのですか? 何のつもりで『彼』を騙るのですか? それで僕を出し抜けると思っているのであれば、つくづく甘いと言わざるを得ない」
アスタードの構える杖の先端に魔力が集まるのが分かった。すぐにでも魔法の行使が可能なはずだ。
そんな危機的状況にあって、それでもメルクは剣を抜かなかった。
「なぁ、アスタード。俺は本当の事が聞きたいだけなんだ。お前らが『仇為す者』討伐後、すぐにパーティーを解散したと聞いた。それはなんでだ?」
「……武器を抜きなさい。そのまま消し炭になるつもりか?」
「……余裕が消えれば敬語も消える。変わらないな、お前は」
「――っ」
怯んだように、アスタードの杖先と視線が揺れる。
「正当な理由があるなら俺も何も言わん。だが、納得させてくれ。自画自賛になるが、俺たちは最高のパーティーだったと思う。誰か一人欠けた程度で、立ち行かなくなるような俺たちじゃなかっただろうが」
「勝手な事を……そんな姿で、エステルトとは性別すら違うその姿でどこまで僕を愚弄するつもりですか? よろしい。自身をエステルトだと思い込んだまま死に絶えなさい――」
「――イリエムには、聖女には想いを伝えたのか?」
「うっ?」
いよいよ呪文を唱えようとしていたアスタードは、メルクのその一言に言葉を飲み込んだ。いや、本人にしてみれば吐き出そうとしたものを無理やり押し込められたような心情だろう。
それだけメルクの問い掛けは彼へと精神的な打撃を与えた。
「な、なにをっ!」
「『仇為す者』を討伐したら、聖女に告白するって自分で言ってただろうが。あれは酔っ払いの戯言か?」
「ざ、戯言ではないっ! 僕は本気で彼女に想いをっ!」
「伝えられたのか?」
「う、ぐ……伝える前に――いや、そんなことはどうでもいいっ! なんであなたがそんなことを知ってるんだ!」
「簡単だ。お前に直接聞いたんだよ。セルコルスの丘陵でな」
「……セルコルスの、丘、陵――」
メルクの言葉に一拍間を置き、アスタードはハッとしたように目を見開かせた。
セルコルスの丘陵は、クシリア王国の南東に位置するあまり草木のない小さな山である。その丘こそが、エステルトら『一陣の風』が『仇為す者』を討ち取った偉業の場所だ。そして決戦前夜、セルコルスの丘陵でエステルトはアスタードに管を巻かれながら彼の決意を聞いたのである。
それ故、その決意の内容を知っているのは間違いなくエステルトしかいない。なにせその翌日にはエステルトは命を落とし、とても他者に告げ口や喧伝する暇などなかったのだから。
「そんな……だって、姿が全然――いや、信じられない……」
「ああ、そりゃあすぐには無理だろう。俺だって自分がエルフの娘に生まれ変わったと気付いた時には、死後の夢だと想ったくらいだ」
「エルフの、娘? エルフ……君がエルフに生まれ変わっただって?」
再び驚愕した目でメルクへ視線を送って来たアスタード。そんな彼に、メルクは自分の横髪を軽く上げて見せる。
「見ろ、エルフの耳だろうが」
「ほ、本当だ……通りで美しいわけだ。そうか、エルフ……君はエルフなのか」
「お前に美しいと言われる日が来るとはな……」
こんな時にも関わらず、げんなりとしてしまったメルクは寒気を覚えて自分の身体を抱いた。とは言えアスタードは観察するようにこちらを見るだけで、特段意識している様子もないが。
「しかし、転生……」
「なんだ? これだけ言ってもまだ信じられないか? なら、お望み通り手合わせしてみるか?」
「へ?」
「前世の剣じゃねぇし、今は魔法も使えるからな。戦法は全くの別物だろうが面影ぐらいはあるだろう。確かめてみろよ」
メルクの突然の提案に、呆けた顔つきになったアスタード。いつの間にかこちらへ突き付けていた彼の杖先は床を向いているのだが、果たして気付いているだろうか。
ともかくメルクは両腰から木の棒と真剣を抜いて、それぞれ左右の手に片方ずつ持った。
「さぁて、未だ疑うならとっととやろうぜ? こっちは勝手にパーティーを解散してたことに業腹なんだよ。まぁ、なんだ? ――全力の本気をお見舞いしてやる」
「――っ? ま、待ったっ! 分かった。待ってくださいっ! 分かりましたっ! その意味不明な決め台詞、どうやら君は本物のエステルトのようだっ」
至近距離からの一撃をお見舞いしてやろうと木の棒を振るうが、それはアスタードを守るように発生した障壁によって弾かれる。それを予想していたメルクは更に連撃を加えて壁の破壊を目論んだが、泡を喰ったように停戦を求めるアスタードの必死さに免じて攻撃を止めた。
「俺がエステルトの転生体だって信じてくれるのか?」
「そうですね……あまりに馬鹿馬鹿しい世迷言であるが故に、逆に妙な信憑性があります。こんな話、とても妄想では思いつきませんから」
「お前、それ信じてるって言えるのか?」
アスタードの言いざまに呆れて彼を見上げれば、当の本人は素知らぬ顔で杖を外套に仕舞う。
「信じていますよ。君にはエステルトしか知らない知識があり、エステルトでしか考えられないような言動がみられた。それに――君が転生した理由に微かな心当たりがあります」
「なに? 本当か?」
「ええ。と言っても、あくまでも推論の域は出ませんし、現状では確かめようもありませんが」
「それでもいい。どうして俺がエルフに転生したのか、お前の意見を聞かせてくれ」
自分がエルフの娘に転生した理由など神の気まぐれでしかないと思っていたが、どうやらアスタードの考えでは違うらしい。理由を尋ねたメルクに対し、エステルトは一歩近づき確認を取るように首を傾げた。
「推論を語るのは吝かではありませんが、君は本当にエステルトなんですね?」
「ああ、今はメルクって名前だけどな。うん、なんだ? 感動の再会に、何か泣ける一言でもあるか?」
「いえ……僕には女子供へ拳を振るう趣味はありませんが、中身が君なら問題ありませんよね?」
「うん?」
抜いていた武器を再び腰元に戻したメルクがその言葉を理解するよりも早く――。
「取りあえず――ふざけるなよ、この野郎っ!」
アスタードのへっぴり腰から放たれた握りの甘い右拳が、メルクの左頬に辛うじて直撃した。




