第七話 彼女と獲物
「お姉ちゃん、そんな武器でどうやって獲物を仕留めるの?」
一旦、『大樹の切り株』を後にしたメルクは右手に木の棒を持ち、左手でローを引っ張って木々の隙間を歩いていた。
そんなメルクに、ローが左手側から不思議そうに見上げてくる。
おそらく弓矢でも剣でもない、斬ることも刺すこともできない木の棒で獲物が狩れるのか心配なのだろう。
「そうか、ローと狩りに来るのは初めてだったな。まぁ、見ていろ」
普段はよほどのことがない限り家から出ないローには、辺りの景色は新鮮なのだろう。きょろきょろと周囲を窺い、木の大きさや咲く花の可憐さにいちいち表情をころころとさせている。こんなに楽しそうな弟を見るのは久しぶりだった。
「以前、ガナンと木の実を取りに来て以来だな。お前とこの山に来るのも」
「うん。あの時はもっと低いところの森で、木の実採りをしたけどね」
「そうだったな。あの頃はまだローは小さくて、こんなところまで登ってこれなかったんだっけな」
それを思えば、体力もついたし大きくなったものだ。子供の成長は早いものだと、メルクは自分のことを棚に上げて妙に感心してしまった。
「――ん? とりあえずあれを狩ろうか」
ふと気配を感じて上を見れば、前方にある木の枝に青い鳥が止まっている。手頃な大きさで、あれなら持ち運ぶのも苦労は無さそうだ。
「あの鳥? でも、あんなに高いところにいるよ? どうやって仕留めるの?」
「木の棒を投げてもいいが……まぁせっかく狩猟用のナイフも持ってきたことだしな。やぁっ!」
メルクは懐からナイフを取り出すと、それを呑気に首を交互に振っていた青い鳥へ投擲した。
『ビ……?』
青い鳥は自分の首に深々と刺さったナイフに困惑し、そしてすぐさま樹上から落下した。
「よし、一体仕留めた」
「……お姉ちゃん、そのナイフってそう使う物じゃないよ?」
「分かってるよ。さて、血抜きをしようか」
この山の鳥の生命力は中々の物だ。首をナイフで突き刺しても直ぐには死なない。ナイフの刺さった姿でもがいているのは健気だが、今さら同情なんてしても仕方がない。
「悪いな」
メルクは暴れる青い鳥からナイフを引き抜き、足を掴んで頭を下にする。
『ビェ……ビ、ビェっ』
苦しそうに身を捩る鳥の脚に縄を括りつけ、その縄を木の棒に結び付ける。そして肩に担いでローを見た。
「これ、血抜きするなら大樹の切り株でしたほうがいいかもな。手間だ」
「そ、そうだね……」
自分の姉の所業に引いてしまったのか、ローが目を伏せてメルクから一歩遠ざかる。どうやら少し、刺激が強すぎたようだ。
「何だ情けない。私がローぐらいの歳にはすでに人間を――」
――殺していた……そう言いかけて、メルクはすんでのところで言葉を飲み込んだ。
「人間? 人間がどうかしたの?」
「いや……人間やエルフも生き物を食べるからな。自然の恵みに感謝感謝」
「……?」
強引なメルクの誤魔化しに、ローはキョトンとした顔になるが何も聞いてはこなかった。正直、追撃が来たら何と言っていいか分からなかったので助かったメルクである。
(お、落ち着け。八つの頃に村を襲撃してきた賊を返り討ちにしたのはエステルトだ。俺じゃない。いや、俺だけどメルクじゃない……)
ふとしたきっかけで、それが前世の経験なのか今世の経験なのかが分からなくなる時がある。今までも何度か危なっかしい言動を繰り返していて、これまでバレなかったのは運がいいだけだ。
別にバレて困ることもないのだろうが、こんな話は到底信じてもらえないだろうし、余計な混乱を生むだけだ。いや、そもそもやはりバレては困る。
中年の男がエルフの少女になっているなんて、知られたら沽券に関わるし変態扱いされそうで怖い。絶対にそれは嫌だ。
「よ、よし。じゃあお姉ちゃん、どんどん狩っていっちゃおうかな?」
「う、うん」
青い鳥の血があらかた流れ尽したところで、再びローを伴ってメルクは山の探索を開始する。
しばらく歩いていると、繁みの中から『角兎』が顔を出していたので次の獲物は決まった。
「ロー。悪いがこの鳥を持っててくれるか?」
「え? でもお姉ちゃん、ガナン兄ちゃんに「『角兎』には手を出すな」って言ってなかった?」
「まぁ、弱いとはいえ魔物だからな。本格的な戦う訓練をしていない子どもが手を出していい相手じゃない。だが私は特訓しているから大丈夫だ」
「……なに、その根拠?」
解せないと言わんばかりのローに鳥を持たせ、メルクは木の棒を構えた。先ほどの教訓を生かしてナイフは使わないことにしたのだ。
「ていっ!」
『ブっ』
メルクに気付いて逃げ出そうとした『角兎』。だがその『角兎』よりも素早く動いたメルクが、木の棒による上段からの振り下ろしをお見舞いする。
一撃で『角兎』の魔力を宿した角は圧し折れ、哀れな小魔物は目を開けたままその場に倒れ伏した。
「殺したの?」
「いや、加減したから死んではいない。気絶しただけだ」
「何で殺さないの?」
「肉が不味くなるからな。殺すなら血抜きしながらか、その直前が良い」
「……へぇ」
興味津々なローの質問に答えてやりながら、メルクは『角兎』の折れた角を頭陀袋にしまい、兎自体は縛り付けて動けなくする。
狩り勝負だけなら肉の美味い不味いはどうでもいいが、それではあまりにも身勝手すぎる。
生き物の命を奪うのであれば、責任をもって美味しく頂くのが礼儀ではなかろうか。メルクはそう考えて、多少手間でも生きて連れていくことにしたのだ。
「さて、それじゃああともう一体、手早く狩って戻ろうか? 今夜は豪勢な料理が食べられそうだな」
「うん」
晩飯の献立を想像したのか、ローが少しだけ顔を綻ばせた。少しは血生臭いことにもなれたのかもしれない。
仕留めた青い鳥と『角兎』をメルクが担ぎ、獲物を探すために探索を再開する。
狩り勝負開始から、まだ半時も経っていなかった。