第六十八話 急造の双剣士
(――なんなんだろうな、この感覚は)
右手に真剣を持ち、左手に木の棒を構えたメルクは薄く笑った。なんだか何年も前に無くしていた宝物を見つけたような奇妙な気分だ。
嬉しいような、けれど実際に見つけてみれば自分が思っていた物と少し違っていたような――そんな感覚。
たしかにしっくりくるのだが、やはり片手に一つの剣を持つと言うのは少し心許ない。エステルトであったときの筋力と現在の筋力に隔たりがあるのだ。おまけにエステルトであった当時は自身の身体能力を上昇させる迷宮剣を使用していた。それがない現状では、純粋に十四であるメルクの筋力で剣を片手ずつで持たなければならない。
「『身体強化』」
支援魔法の一つである『身体強化』を自分に施し、一時的に身体能力を底上げする。これによって片手で剣を持つのも苦ではないが、手にしている得物が以前とは違う以上、以前のようには戦えないだろう。
そもそもメルクがエステルトであった時に双剣士になった理由は迷宮剣ありきだ。
単純に二つの迷宮剣を持っていた方が二つの剣の相乗効果で戦い易かったのだ。当然、以前の二振りの剣以外で双剣士をやるなんて前世では想定すらしていない。
ましてや店売りの剣と木の棒での双剣士など――かつての自分からは罵声の一つでも飛んできそうだ。
「さぁて、やれるだけやってみるか」
メルクは新たに構えた真剣も硬化した魔力で包み、すっかり臨戦態勢を整える。『魔力剛化』の方も考えたが、実戦で強敵を相手に使用するのは時期尚早だろう。肝心な時に剛化が消えてしまえば、致命傷を受ける可能性もある。
今回は自信のある魔力硬化で挑むべきだ。
そう瞬時に考えたメルクの視線の先、『暴鬼人』と『剛鬼人』は油断なくこちらを見据えながらもその場から動かない。
再度、メルクの方から仕掛ける。
「はぁぁっ!」
『ガァァァっ!』
気合の籠った声を上げながら、今度は『暴鬼人』の方へと斬り掛かった。『暴鬼人』も応じるように声を上げ、持っていた剣をその剛腕にて繰り出してくる。威力の伴ったその一振りがメルクの持っていた木の棒と激突――『暴鬼人』の所持していた真剣は砕け折れ、しかしメルクはその衝撃で吹き飛ばされた。
(くそっ! なんて力だよっ)
空中で身を捻って足元から着地すると、間髪置かずに今度は真剣の方を振り上げて『暴鬼人』に迫った。
メルクの真剣の振り下ろしに、無手となった『暴鬼人』は先程の『剛鬼人』と同じように左腕を翳す。
(舐めるなよ?)
「らぁぁっ!」
魔力を更に注いで真剣の硬度を跳ね上げる。木の棒と違い、真剣であれば硬さを増したことによって同時に切れ味が増し――メルクの一刀は『暴鬼人』の左腕を斬り飛ばした。
そしてそのまま『暴鬼人』の左肩まで真剣が食い込む。さすがに右腕のみの力では、強化していてもこれが限界だった。心臓にまでは至らない。
だが、かなりのダメージを与えたはずだ。そう思い『暴鬼人』の眼を見れば――その眼は爛々(らんらん)と輝いていた。
斬り飛ばされた左腕のことなど、抉られた左肩のことなどまるで頓着していない。
(こいつ、怯んでねぇっ!)
そして怯んでいないと言うことは、だ。
来る、反撃が。
『暴鬼人』が残っていた右腕の掌を握り込むと、それを豪快に振るった。
真剣で肩まで斬り込んでいる事が祟って、その一撃を躱そうにもすぐにはその場から動けない。
メルクは咄嗟に真剣を手放して距離を取る。が、しかし断然『暴鬼人』の拳の方が早かった。
「ぐぅっ!」
振るわれた右拳を持っていた左手の木の棒で何とか防いだが、それでも完全に威力を殺すことは不可能だった。
硬化した魔力で保護していたはずの腹部に強い衝撃を受けて、メルクは迷宮の床を二三度転がる。
「あたた……さすが、『橙級』は伊達じゃないな」
素早く身を起こして態勢を整えるが、『暴鬼人』はやはりこちらを追撃する様子はなかった。となりにいる『剛鬼人』もただメルクを眺めるように見ているだけで手を出してくる様子はない。
二体いっぺんに掛かってこられるよりはマシだが、何とも不気味でやりにくい。まるで機械や人形と戦っているようだ。
(だが、『暴鬼人』にはかなりの深手を負わせた。真剣を手放したのは痛いが、奴を倒してから取り返せばいい)
残った木の棒を右掌で握ると、左腕を失くし、今なお真剣が左肩に刺さったままの『暴鬼人』へと左手を翳した。
「――『雷矢』
メルクの掌から生み出された無数の雷の矢が、まるで吸い込まれるように『暴鬼人』の左肩を狙って飛んでいく。
無論、左肩に突き刺さっているメルクの鉄製の剣に引き寄せられているのだ。
『グゥゥ』
さすがに無数の雷の矢が傷口を襲う攻撃には強い痛みを感じたのか、『暴鬼人』が呻き声を上げた。必死に振り回しているが、残った左腕だけでは迫る無数の矢を全て防ぐのは無理がある。
これで倒せるのなら話は早いが、『橙級』を相手にそれは高望みが過ぎると言うものだ。しかし倒せずとも手強い『暴鬼人』とて隙は生まれる。
その隙をメルクは逃したりはしない。
再び迷宮の床を蹴って迫るメルクに『暴鬼人』が視線を向けてくる。だが、左腕は雷の矢の対処で手一杯のようだ。
メルクの攻撃を防ぐ手段など『暴鬼人』には最早ない――そう思えた。
その瞬間、『暴鬼人』が大きく息を吸った。
(――っ? やばい)
「『治癒』!」
『グオオオオオォォォォォっ!』
咄嗟に自身へ行使した治癒術と被るように『暴鬼人』の口から発せられる轟音。そのとんでもない声量はメルクの耳から飛び込んで心臓まで大きく揺らす。
それは上位の『鬼人』種特有の、声による一種の状態異常魔法だ。魔力を付加した声によって相手の平常心を崩し怯ませ、時にはその動きを止める。
真面に喰らっていれば千載一遇の好機を逃し、逆に身動きが取れなくなって反撃を浴びていたかもしれない。
しかし『暴鬼人』と戦闘経験があったメルクは息を大きく吸う動作でその企みを事前に見抜き、何とかあらかじめ『治癒』を使うことができた。
『暴鬼人』の威嚇は、精神的ダメージも癒すこともできるメルクの『治癒』によって打ち消され、彼女の攻撃を止めるには至らない。
改めてメルクは木の棒を握る両手に力を籠め跳躍し、『暴鬼人』の頭部へ上段からの振り下ろしをお見舞いした。
「らぁぁっ!」
気合の籠ったその一撃は、無防備にメルクを見上げることしかできなかった『暴鬼人』の頭蓋を角ごと砕き、その頑強な頭部を陥没させる。
「――っ?」
一瞬だけ『暴鬼人』の瞳に彼ら特有のギラギラとした光が浮かび上がった。それと同時に今までなかった殺気が唐突に発せられたように思え、メルクは反射的にその場を離れる。
だがその光は殺気と共にすぐに掻き消えた。あるいは勘違いだったのかもしれない。
『グ、ガ……』
最期に小さく呻くと『暴鬼人』は膝を伸ばしたまま天を仰ぐように倒れ、目を見開いたまま動かなくなった。
完全にこと切れていた。




