第六十四話 大賢者の所在
武器屋の店主から許可を貰い、メルクは売り物の剣を見たり触ったりして吟味していた。
「自信があるようだが、一つだけ忠告だ。真剣と木の棒じゃ重さが全然違う。同じ位の長さだから持てると思うと痛い目を見るぞ。もっと言えば、持てたところで振り回せると思わないことだ」
メルクの剣選びを後ろから見ていた店主が、訳知り顔で言って来る。そんな彼に向かって、メルクは腰に携えていた木の棒を手渡した。
「うん?」
「持ってみないか?」
「この木の棒をか? たしかに中々使い込まれているし、かなり大事に使われているってのも――うおっ?」
完全にメルクの手から店主の手へと木の棒が渡った時、その見た目にそぐわない重さによって店主の腕がかくっと下がった。メルクの使う木の棒は、中に鉛が仕込まれているため通常よりも重いのだ。
「こ、こいつは……」
「長年共に過ごした相棒だ。不用意に扱って落とさないでもらいたい」
悪戯が成功したことを喜ぶ子供のような微笑を浮かべてから、メルクは店主から木の棒を取り返す。
その笑みに毒気が抜かれたのか、店主も苦笑いしながら頷いた。
「そんな重たい木の棒を長年振り回してきたってんなら、真剣でもたしかに問題ないかもな。悪い、もう口出しもしねぇーから好きに選びな」
「ああ、そうさせてもらおう」
メルクの傍から店主が去ったのを確認し、彼女は再び真剣選びに没頭した。
まずは長さや厚みなどを見た目で選び、握って柄の感触を確かめる。そして持って重さを確認し実際に振って感覚を知る。
もちろん狭い店内では十分に剣を振れないし、優れた業物を見つけ出す時間もあまりない。だがそもそも、メルクはこの店で一番の業物を買うつもりなどさらさらなかった。
メルクにとって今回選ぶ剣は、本命である効果付きの剣を手に入れるまでのいわば繋ぎだ。たしかに良い剣は欲しいが、そこまで拘るつもりはなかった。
ある程度使いやすく、ある程度丈夫。そして何より――なるべく安く。
駆け出し冒険者でしかなく、現在はエルフの里で『炎翼狼』を討伐した際の報奨金しかない。それなりの剣を買うには十分な金額だが、しかし剣を買ってしまうと懐はだいぶ寂しくなるだろう。
順調に冒険者で稼げるとは限らないため、今後のためにもなるべく出費は抑えるべきだ。
(ふっ。勇者がこの場にいれば、説教の一つや二つでもされるんだろうがな)
とにかく武器にこだわり、たとえ店売りの剣であってもその店一番を吟味し探し出して大枚を叩き買うような男だ。メルクの妥協染みた剣選びを見れば罵声や説教の一つは飛んでくるだろう。
そしてきっとより良い剣を選りすぐってくれただろうから、彼がここにいてくれたら有難かったかもしれない。
(はは、我ながら下らない妄想だな……)
そんな益体もないことを考えながら剣選びを続け、メルクはついに一振りの剣を購入することに決める。
「……これにするか」
それは木の棒と同じ程度の長さで、並み程度の値段。重さや柄の感触も悪くはない。
抜剣も納剣も問題なく行え、振った際にあまり違和感もないので使っていればすぐに馴染んでくるだろう。
無論、前世で使用していた二振りの迷宮剣とは比べようもないが、それでも久しぶりに手にした抜身の真剣は格別だった。
握っているだけで気が引き締まる思いがあり、全身の血が滾るような感覚ある。どれだけ治癒術師を目指していても、やはりメルクの本質は剣士であるエステルトなのだと思い知らされた気分だ。
それが悪いことか良いことかは置いておくにしても――。
「店主、この剣をいただきたい」
メルクが選んだ剣を持って行くと少年は店内の整頓をしており、代わりにカウンターの中で店主が退屈そうに本を読んでいた。
「お、決めたか……ふーん、無難な物を選んだな。だが、それが案外難しいんだがな」
「ふふ、あるいはそうかもしれないな……これ、お代だ」
「おう、たしかに」
剣につけられていた値段である青銀貨一枚を店主に手渡す。
そうして、とりあえず木の棒を携えている反対側に買ったばかりの剣を吊るすと、メルクは改めて店内を一望する。
そしてやはりどうしても気になってしまった。
「店主、一つ伺いたい。店の前に出ていた幟、あれはなんだ?」
「幟?」
再び本に視線を落とそうとしていた店主は、メルクに問われて首を傾げた。
「ああ。『大賢者様御用達』だの書かれていただろう? しかしこの店、ざっと見て回ったが魔法使いが欲しがりそうなものがないんだ。杖にしろ帽子にしろ、一切見当たらない。やはり、あれは嘘か呪いの類か?」
「嘘や呪いって……随分な言い草じゃねぇーか。たしかに、うちは魔法使いが利用するような店じゃねぇーが、大賢者様が何度も来てるのは間違いじゃねぇ」
「本当か?」
「ああ。月に一、二度程度の割合で剣を買いに来て下さる」
「あいつが剣を? いや、そんなに頻繁に大賢者はこの街に訪れるのか?」
思わずカウンター台から身を乗り出して問いかけたメルクに、店主はたじろいだように後退った。
「お、訪れるっていうかだな……大賢者様はこの街の外れに居を構えてるんだ。たしか三か月ほど前からだ」
「……はぁ? なんだってまた?」
「俺が知るもんか。ただ、街の外れにある『試練迷宮』で何かの研究をしているらしい。だからほとんど迷宮に籠って、家に帰られるのは稀らしいぞ」
「それは本当に大賢者なのか? アスタードと言う名前なのか?」
「冒険者証明書を見せてもらったからな、間違いはない。この店は冒険者には一割引きで商品を提供してるんだ。毎度律義に提示してくれるから本物なはずだぜ」
自信満々に店主にそう言われては、メルクとしても信じる他ない。しかし解せない。この街の近くにある迷宮は、とてもアスタードが用のある場所とは思えないのだ。
「店主。他の英雄たちはいないのか? 勇者や聖女はこの街の近くにいたりしないのか?」
「うん? 勇者様はたしかラウバダ王国にいるって聞いたぞ? 聖女様の所在は今でも分かっていないんじゃなかったか」
「……つまり、三人は散り散りになったと言う事か……何故だ?」
「だから俺が知るわけないだろう。ただ、お三方がパーティーを解消したのはずっと前なはずだぜ。それこそ、災厄を祓って割とすぐだな。あんた、なんでそんな事も知らないんだ?」
(あいつらがパーティーを解消した? そんな馬鹿な……信じられんっ)
転生し、エルフの里で過ごしている間は彼らの情報など全く入ってこなかった。けれど何の疑問も抱かず、彼らは今でもパーティーを組んで様々な依頼をこなしているものと信じていた。
無論、無理をしろという話ではない。彼らが自分たちの体力に限界を感じたと言うのであれば、引退やパーティー解散もやむを得ない。あれから十五年が経つわけであるし、後進に道を譲るのも先達の役目である。
しかし、しかしだ。
そんな理由でもない限り、彼らが離れ離れになるなど納得できない。認められるはずがない。
それが――よもやエステルトが死んですぐにパーティーを解消していたなど……言語道断である。
「――理由を聞かねぇといけねぇよなぁ……」
「あ、へっ? お、おいどうしたんだ? な、なんでそんなに怒ってるんだ?」
拳を握りしめ、翡翠色の眼を爛々(らんらん)と輝かせ始めたメルクに対し店主が怯えたような声を出す。
それもそのはずだ。
今のメルクから放たれているのは、とても十四歳の小娘に出せる凄みではない。威圧感ではない。
怒り狂った怪物が今にも暴れ出しそうな気配を前面に押し出し、そしてそれを全方位に向けて放っているのだ。
離れた場所にいた店の少年すら、恐怖を感じ取って陳列棚の後ろに身を潜めた。
「……邪魔をした」
「あ、ああ」
金色の髪を靡かせて背を向けたメルクに、店主は気の抜けた声を出す。彼はこの瞬間、たしかに自分の死を覚悟していたのだ。一切、彼女から殺気を向けられていないにもかかわらず。
「……な、なんだったんだ、ありゃ――へ?」
メルクが去ったことに安堵しかけた店主は、しかしすぐさま店に戻って来た少女の姿に度肝を抜かれる。
そして鋭い動きで手を差し出して来た彼女の動きに、今度こそ死を覚悟しかけて――。
「すまない。銀貨五枚返してくれるか?」
メルクの冒険者証明書の提示を受けたのだった。




