第六十三話 ログホルトの武器屋
「ねぇ、これからどうするの?」
朝食を食べ終えて一息つくとトトアラが立ち上がり、頬にえくぼを作りながらメルクに聞いて来た。
「うーん、そうだな……」
「何も決まっていないの? 私はこれからギルドへ行くんだけど、一緒に行かない? パーティーメンバーを紹介するわ」
「うーん……いや、やめておこう。そう言えばしなければならないことを思い出した」
「うん? 何をするの?」
トトアラの言葉に、メルクは携えていた木の棒を掲げて見せる。
「ああ。そろそろこいつを卒業しようと思ってな」
(たしか、この角を右に曲がるんだったが?)
宿を出てトトアラと別れたメルクは、彼女に教えられた武器屋を目指して歩いていた。もちろんその目的は、鉄製の剣を手に入れるためだ。
本来であればこの街で剣を買う予定はなかったし、もっと言えば木の棒が折れるまで真剣を装備するつもりはなかった。
それは「店で買って手に入るような武器では、硬化した木の棒にも劣るだろう」と言う偏見に満ちた考えからだったが、その思いは見事に『土竜』によって砕かれてしまった。
冒険者試験の最終試験とも言うべきあの『土竜』に対し、当然だが木の棒を突き刺すことができなかった。もっと言えば鱗を剥がすのがやっとで、傷をつけることすらできなかったのである。
当然、硬い鱗に守られた内部は硬化した木の棒の衝撃によってかなりのダメージは受けていたはずだ。しかし『土竜』相手にあの様では、さらに強固な鱗や皮膚、毛皮を持つ相手には苦戦を強いられることだろう。
さすがにそれは看過できない。
(たとえ店売りの真剣でも、硬化を施せば今よりも攻撃力は上がるはずだ)
そう考えて武器屋に向かっていれば、メルクは奇妙な事に気付いた。
「うん? なんだあれ……あそこも……あの店も」
さすがにエンデ市と並び大きな都市と称されるログホルト市だ。朝の時間帯でも行きかう人は多い。
そんな中にあって、思わず声に出してしまうような妙な光景。
なんと飲食店や雑貨屋、さらには衣料店などに同じような幟が立てられているのだ。見れば書いている文言もほとんど同じ。
『大賢者様御用達』
『大賢者様絶賛』
『大賢者様一押し』
「……これはあれか? 新手の宗教か何かか?」
思わず目を点にして首を傾げてしまう。
大賢者と言えば、たしか四英雄の一人アスタードの異名だ。つまり、彼がこれらの店に訪れ品物を買ったことになる。そんな愉快な奴だっただろうか、あの男は。
アスタードの生まれは、レザウ公国から北東に位置するスフィニア王国だった聞いている。レザウ公国のエンデ市とは縁もゆかりもないはずだが、一体この有様はどうしたことか。
店が客を呼ぶためのハッタリにしたって堂々としすぎているし、あからさまな嘘は反感を買うだけだ。それを分からない店がこんなにあるとも思えない。
それに行きかう人々はその幟には無反応か無頓着だ。避けるわけでもなくその幟が立てられた店に、気にした様子も見せず足を運んでいる。
不思議なことだ。
(――まぁ、いいか。気にするだけ無駄だな)
多少驚きはしたが、メルクは首を振って再びトトアラに教えられた道を歩き始めた。仮にアスタードがこの街を訪れたことがあったとしても、すでに発っているはずだ。用もない場所に留まるような男ではない。
そう割り切って武器屋に辿り着いたメルクは、
「はぁ? ここもかっ」
店の入り口横に立つ例の幟に、驚きを通り越して呆れてしまった。
「『大賢者御用達』? いやいや、いくら何でもこれはない。魔法使いのあいつは、武器なんて必要としないはずだ。杖なんて武器屋には売っていないだろう……」
基本的に剣士や戦士が用いるための武具と、魔法使いが使う道具は別々の店で販売されている。魔法使いの道具は『魔導商』と呼ばれる店で取り扱われているのだ。
前世で大きな武器屋に訪れたことがあるメルクだが、そこにも魔導帽や魔法使い用の外套などは売られていなかった。そのことからも武器屋と魔導商はきっちりと棲み分けされていることが分かる。
つまり、この店をアスタードが御用達にする道理がないのだ。
「うん、客か? 客ならとっとと入んな。入り口に立たれてたら邪魔だぜ」
「あ、すまない」
幟に視線を奪われ立ちつくしていたメルクは、背後から声を掛けられ、振り向いて謝罪した。
「お、あ……まさかあんたみたいな別嬪さんがうちに用なわけないか」
振り返ったメルクに、声を掛けて来たと思われる中年の男が目を逸らして頬を掻く。どうやらメルクの見てくれから、武器屋を利用するとは思えなかったようだ。
そんな男にメルクは木の棒の柄を掴んで見せた。
「あなたはこの店の者か? この木の棒に代わる真剣が欲しいんだ。少し見させてもらえないか?」
「あん? まじで客なのか……木の棒の代わりねぇ――まぁ、とにかく入んな」
武器屋の男は木の棒をしげしげと眺め、それからメルクを引き連れ店内へと入る。
そして辺りをきょろきょろ窺うと、カウンターにいた少年へ声を掛けた。
「おい、小僧。客は来たか?」
「店長、お帰りなさい。いいえ、今日は冷やかしが一人来た程度で、客と呼べる人は来てません」
「そうか。まぁ、朝早いしな。おい、小僧。この別嬪さんの剣を見てやんな」
「え? お、俺がですか? このお姉さんの剣を俺が探すんですか?」
「ああ。木の棒を卒業するんだと。お前見てやんな」
どうやら武器屋の店主だったらしい男に軽くそう言われ、少年はおっかなびっくりと言ったありさまでカウンターで出てくる。
メルクはそんな彼の様子を見て思わず苦笑した。
「店主。見繕ってもらうのはけっこうだ。剣なら自分で選ぶ」
「馬鹿言うな。今まで木の棒を振り回してた奴に、真剣の何が分かるって言うんだ。重さ、長さ、得物の種類に剣の材質――いろいろ考慮しなきゃならないことがたくさんあるんだ。いいか? 重さって言っても剣単体の重さじゃねぇ。刀身にも柄にも適度な重さってもんがあってな、それが少しでも違うと剣に振り回されることになる。さらに言えば長さだってそうだ。刀身の長さも柄の長さも戦い方を左右するうえでの――」
「薀蓄はけっこうだ。私とて、こう見えても長い間剣を振って来たんだ。今さら剣選びに苦慮しない」
長々と得意げに語りだした店主の言葉を、メルクはそれこそ真剣のような鋭さをもって斬る。
言葉を遮られた店主は顔を顰めた。
「長い間っつったって、五年やそこらだろう? あんたいくつだ?」
「今年で十四だ」
「十四?」
メルクのその返答に誰よりも素早く反応した少年は、店主にじろりと見られて慌てたように口を押える。
そうして少年を黙らせてから、店主は腕を組んで挑むようにメルクを見下ろした。
「はっ。本当に十四の小娘なら、十年どころか一、二年ってところじゃねーか。そんな小娘が、一体どうやって自分に合った剣を選ぶって言うんだ?」
「簡単だ。握って振る」
メルクのその簡潔明瞭なその言葉に、さすがに店主も一瞬押し黙った。しかしメルクの瞳に本気の色を感じ取ったのか、少しだけ口の端を吊り上げ微かに笑う。
「……面白れぇ。じゃあ好きなようにやんな」
そして一応は認めてくれたようだった。




