第六十一話 魔法使いと双剣士
「エステルトっ! 僕はぁ、決めたんだぁっ」
少しずつ濃くなっていく闇の中、小さな火を二人の男が囲んでいた。
一人は未だ若く、二十歳をいくらも越えていないのかもしれない。酒に酔っているのか赤くなった顔でもう一人の男に管を巻いている。
「分かった。分かったから落ち着けよ、アスタード……」
絡まれている方は若い男よりも十くらい歳が上だろうか? 妙な貫禄を漂わせ、傍にはすぐ手にできる位置に二振りの剣が置かれていた。
「告白するぅ。僕は彼女に好きと言うんだっ!」
「お、そうか……素面のお前にそんなことができるか疑問だが、精々がんばれ」
馴れ馴れしくこちらの肩を抱いてくる若い男の腕をさり気なく外しながら、年嵩のある男――エステルトは投げやりな応援をしてやった。
「うぅ、エステルトっ! 君はなんて良い奴なんだぁ。僕は……僕はっ!」
しかしそんな投げやりな言葉でも酔っ払いには熱の籠った激励にでも聞こえたのか、感激したように目を潤ませて見つめてくる。正直勘弁してほしい。
「あぁ、イリエムっ! 君は世界で一番美しいっ!」
「俺はあいつじゃないから、酒飲んでない時にあいつを見て言ってやれ」
「僕は君やフォルディアじゃないからそんな恥ずかしい台詞、本人には言えやしない。エステルトっ! 僕の代わりに彼女に……」
「馬鹿かお前は……ああ、ちくしょうっ! だから早い時間に呑み始めるなって言ったんだ。いくら魔物が少ない場所だからって、まったく出ないわけじゃないんだから……」
エステルトは頭の後ろを乱暴に掻き毟った後、周囲を見渡し返ってこない仲間たちに毒づく。
「あいつらめぇ。こんな酔っ払いを俺に任せやがって。なーにが「偵察に行ってくらぁ」だ。勝手な奴らめ」
「あぁ、イリエムっ。何故僕を置いて行ったんだぁ」
「こんな状態のお前を、誰が連れて行けるって言うんだ? 手足口縛って、麻袋に入れてようやく連れて行けるってもんだろうが」
「フォルディア……フォルディアがイリエムを好きだったらどうしよう。僕は、僕は絶対に彼には勝てないぃ」
「……はぁ。その心配はないだろう。あいつの頭の中には剣と盾のこと――戦うための武器のことしかねぇーよ」
エステルトの言葉に、アスタードは嬉しそうに何度もふらふらと揺れる頭を上下に振った。
「そ、そうだ。彼は剣が恋人なんだ。きっと大丈夫っ!」
「……まぁ、イリエムの気持ちは知らんがな」
「ぐぅ……うぅぅ」
付け加えるべきではなかった余計な一言に、立ち直ったように見えたアスタードが目を潤ませてすすり泣くような声を出す。これはもう、駄目かもしれない。
「はぁ、面倒くせぇ奴だな。好きなら好きと言えばいい。一緒に旅している以上は、奴さんだって悪感情は抱いていないはずだからな」
「……エステルトっ!」
「あん?」
「君はぁ……君は彼女の事が好きじゃないのか?」
「――はん」
アスタードのとろんとした瞳の奥にある、その鋭い眼差し。その光に気付いたエステルトは彼の視線から目を逸らすと、小さく肩を竦め鼻で笑って見せた。
「いつも言ってるだろう? 貧乳は好みじゃないんだ」
部屋に近づいてくる足音と気配に気付き、メルクは目を覚まして寝台から身体を起こした。
(……懐かしい夢を見ていたな)
前世の夢を見るのはいつ以来だろうか?
あの当時はほとんど毎日戦場にいて、気の休まる時など本当に稀だった。
だからこそふとした拍子に訪れる仲間たちとの語らいは、なににも代え難く大切な一時だった。
愛だの恋だの下らない――そんな他愛のない話で盛り上がったことを、無邪気に笑い合えたことを、メルクの中のエステルトは今でも覚えている。
それらは今でも、彼女の中の彼にとってはかけがえのない宝物なのだ。
「メルク、起きてる?」
寝台の上で少しの間昔を懐かしんでいたメルクは、二三度ノックされた部屋の扉へ視線を向ける。
どうやら呼び掛けてきたのは、同じログホルト市の宿に泊まっているトトアラのようだ。足音と気配で気付いていたので驚きもない。
「ああ、起きている。どうかしたか?」
「いや、せっかくだから一緒に朝食でもどうかなぁーって」
「……そうだな。先に行っててくれ。身支度をしてすぐに行く」
「はーい」
陽気な返事が返ってきて、扉の前の気配が離れていく。メルクはゆっくりと立ち上がり、手早く着替えを済ませることにした。
そしていつもの戦いやすい平服を着て木の棒を携えたところで、昨日まではなかった小さなカードを手に取った。
「……『冒険者証明書』ねぇ……」
今世はもとより、前世でもこんなカードは見たことがない。
エステルトであった当時は、鉄でできたタグが冒険者の証だった。
タグにはギルドのマークと自分の名前、等級が書かれている。そしてそのタグを通した紐で腕や首に引っ掻けて、冒険者たちは身分を証明していたのだ。
もちろん、簡単な作りだったので偽造はし放題だったが、依頼を受けるときや達成を報告するときにギルドの職員にはすぐ見破られる。そのため、当時わざわざタグを偽造する者などいなかった。
しかし、今の冒険者は一般人にも一目置いた目で見られる。ギルドを介さずとも、高位の冒険者に依頼したいという者も現れ始め、タグを偽造した偽の冒険者に騙される者が多発した。
そこでギルドは偽造がほとんど不可能とされる証明書を作り出し、このカードの特徴を各国に周知。今でも年に一人や二人騙される者もいるらしいが、大半の偽造者はこれによって姿を消したとのことだ。
タグと違い、何やら持っているだけで特別扱いされているようで少し嬉しい。だが無くすと再発行に時間と費用がそれなりにかかるらしく、注意が必要であると言えるだろう。
「無くさないように気を付けないとな……穴でもあけて紐を通すか?」
ただそれをするには特殊な金属でできたカードに小さな穴を空ける必要があり、今は時間がかかりそうなので見送る。素直に平服の内胸の穴へ入れると、メルクは宿の部屋を出た。
お待たせしました。
今後とも拙作をよろしくお願いいたします。




