第六話 彼女と狩り勝負
それから木の枝を手にしたローと共に素振りを続けていると、庭に赤い髪の少年エルフが現れた。
例のように自称ライバルのガナンである。
「よぉ、メルクっ! 今日こそ一緒に山に行こうぜっ!」
「ガナン……朝早くからご苦労なことだな。山に行って何をするんだ?」
「そりゃあ、もちろん狩りさ。この前は木の実集めで惜しくもお前に負けたからな。今日は狩りでお前に勝ってやる」
「……惜しくも?」
前回の木の実集めの顛末を知っているローが、不思議そうな顔で首を傾げた。
あの時は確かガナンが一方的に勝負を仕掛けてきて、特に取り合わず自分のペースで集めていればいつの間にか圧勝していただけの話だ。
ちなみにメルクはガナンが集めた木の実の三倍以上は集めていたので、ガナンが惜敗したという事実はない。
「まぁ、今日は修行もないしたまにはいいか。じゃあ、ちょっと行ってくる」
最近はガナンと遊ぶこともなかったので、今日くらいは構ってやるかとメルクは了承した。
それほど素振りもしていないのであまり汗も掻いていない。着替える必要はないだろう。ローに出かける旨だけを伝えて山へ行こうとしたメルクは、そのローに腕を掴まれた。
「うん?」
「僕も行く」
「うーん、まぁ私の傍から離れなければ大丈夫か。いいか? 勝手にどこか行ったりするんじゃないぞ?」
「うん」
普段であれば家に閉じ籠って読書か勉強しかしないはずのローが、こんなことを言いだすのも珍しい。やはり鍛えたい気持ちは少なからずあるようだ。
「ローもついてくるのか? 遊びじゃないからな。怪我しても知らねぇーぞ」
「大丈夫だよ、ガナン」
「おいー、年上に呼び捨てはやめろってば」
ローに呼び捨てにされて厳めしい顔を作っていたガナンは、拍子抜けしたように肩を落とした。その落ち込みようが情けなくて、ローの頭を軽く叩く。
「相手が嫌がるなら、呼び捨てはやめてやれ。年上には敬意をもって接するんだ。たとえ、相手がガナンでもな」
「うん、お姉ちゃんがそう言うなら」
「おいっ! 相手が俺でもってどういうことだ?」
何やらいっそう怒り出してしまったが、メルクは頓着しなかった。それよりもガナンに背負われている物を見て首を傾げる。
「それは何だ?」
「へ? あ、これかっ! これは見ての通り弓矢さっ。じいちゃんから古い弓と使用済みの矢をもらったんだ。ちゃんと手入れしたからまだ使えるぜ」
「……まさかお前、それで狩りをするつもりか?」
「もちろん」
「怪我――」
「怪我しても知らないぞ。だろう? お前が言いそうなことはお見通しさ」
ガナンの無鉄砲を諫めようとしたメルクに、当の少年は随分と偉そうに腕を組む。
その言動に少しイラっとしたが、まさにその通りの言葉を口にしようとしていたので少し虚を突かれてしまった。
「実は、最近この弓矢を使って狩りの練習をしてるんだ。すでに四匹、この弓矢で仕留めてるぜ。昨日は『角兎』を仕留めたぜ」
「最近山によく行くと思えば、狩りの真似事なんかしてたのか」
「ま、真似事じゃねーよっ! 実際に狩ってんだからいいだろうが」
「まぁ、努力は認めるが……ただ、『角兎』はあれでも魔物の一種だ。できるだけ手を出すな」
メルクの言葉に、ガナンは小うるさそうに唇を突き出して変な顔をしてみせた。きっとその忠告が気に食わなかったのだろう。
ガナンが狩ったと言う『角兎』は、兎に魔力を宿した角の生えた姿をしている。子どもでも素手で倒せる弱い魔物だが、年間一人は『角兎』の角に刺されて怪我をする者もいるので注意が必要だ。
ただ、『角兎』は臆病な性格をしているので、こちらから向かっていかない限りは向かってこないのだが。
「よっしゃあっ! それじゃあさっそく山に行こうぜ」
「あっ、少し待ってくれ。用意する物がある」
「なに? 早くしてくれよな」
山に向かいたくてそわそわしているガナンを少し待たせてから、メルクは一度家の中に入った。
そして、荒縄と狩猟用のナイフ、昨日たくさん作ってしまった『血止め薬』を頭陀袋に入れる。『血止め薬』はもし怪我をした時に、その効能を実際に試すために持って行くことにしたのだ。
「じゃあ行くか」
家から頭陀袋を肩に下げて出てきたメルクを見やり、ガナンはさっそく歩き出す。
「よし、ローは私の手を離すなよ?」
「うん」
ローと手を繋いで山に向かって歩いていれば、ガナンがメルクに勝負方法を提案してきた。
「やっぱり、どっちが一番獲物を狩るか勝負しようぜ? 多く狩ってきた奴が勝利だ」
「まずありえないだろうが、それでは狩れるだけ狩ってしまい、山から動物が減少してしまうかもしれない。そうなると猟師たちが困るだろうし、たくさん獲ったところで処分に困るだけだろう」
「ぐぬぬ……じゃあどうすればいいんだよ?」
「時間を競おう。目印を決めておいて、先に三体狩って早く戻ってきた方が勝ちだ。先に三体狩っても、待ち合わせ場所に現れなければ意味がない。また、待ち合わせ場所に先についても、三体狩っていなければ意味がない――というのはどうだ?」
「……えーと?」
「うん。僕もその方が分かりやすいと思うよ」
メルクの提案に、ガナンは意味が分かっていないような不思議そうな顔になった。逆に手を繋いでいたローには理解できたのか、部外者ながらメルクの提案に賛成する。
これではどちらが年上か分かったものではない。
「……つまり、三体狩ればいいんだよな?」
「三体狩って、いち早く待ち合わせ場所に戻ってこればいいんだ。先に待ち合わせ場所を決めておこう。『大樹の切り株』にしようか」
「ああ。どうせなら、開始場所もそこにするか」
山を登った中腹に、大きな木があった跡が残っている。今では切り株だけとなってしまったが、その切り株の上にメルクが五六人は寝られるのだから大した大きさだ。
エルフの里の者たちは、この切り株を『大樹の切り株』と呼んでいた。
ちなみにこの『大樹の切り株』。なぜ斬られたのかを知っている者は、現在ではメルクの師匠であるルゾーウルムしかいないらしい。
山を登り『大樹の切り株』に辿り着くと、メルクは今にも駆けだしそうなガナンに釘を刺しておく。
「それじゃあ、狩り勝負を始めようか。もし、三体狩れなくても、今から正午の鐘が鳴るまでのおよそ一時を目安にここへ戻って来いよ?」
「おう、分かった。怪我するなよ、メルク、ロー」
「ああ。この山には滅多な魔物はいないが、お前も気を付けるんだ、ガナン」
「へっ。じゃあ、よーいドンっ!」
合図をするや否や、ガナンは一気に駆け出していった。
「まったく、元気な奴だなぁ」
メルクはその後ろ姿を、手を繋いだままのローとともに見送ったのだった――。