第五十六話 同行者の正体
メルクはトトアラを背負ったまま湖を踏破し、向こう岸にあった背の低い草の生い茂る草原に辿り着くことができた。ところどころ木々も生えているが、その本数は森や林と言うには少なく、見通しは極めて良いと言えた。
しかし、その草原に着いた頃にはすっかり日は傾いていたので、歩いていくらもしない内に暗くなってしまう。
トトアラの夜目が利かない以上、これより先には進めない。どうやらここらで野宿する他なさそうだ。
「どうする? 今晩は私が先に見張りに立とうか?」
「うーん……そうだな、頼めるか?」
草原で捕まえた小動物を簡単に調理し食べ終えると、すっかり眠気が襲って来る。湖を渡る際に魔力を少々使いすぎたようだ。いつになく眠たい。
そんなメルクを気遣うようにトトアラが提案してくれたので、お言葉に甘えることにした。
彼女とはかれこれ四日ほどは行動を共にしている。当然、こういった警戒が必要なところでの見張り番には交互でついているし、その際にトトアラが不審な行動を取ったことは一度もない。
そもそも本気でメルクを害そうとするならば、見張りにつくとき以外にもいくらでもチャンスはあったはずだ。それこそメルクが湖の上でトトアラを負ぶっていた時、仕掛けるならば絶好の機会だったと言えよう。
だが、彼女は一切の害意をメルクに見せず感じさせなかった。
だからこそメルクはトトアラのことを信用していた。
一応、睡眠時は常に硬化した魔力で身体を覆っているが、少なくともこうやって、自分が眠っている間に周囲の見張りを頼む程度には信じていたのだ。
「また二時したら起こしてくれ」
「ええ。安心してお休みなさい」
いつものようにそう声を掛けて、メルクは普段よりも少し深い眠りへとついた。トトアラの方もそんなメルクを見やりながら、優し気な声を出して頷く。それは特に変わったことのないやりとりだった。
(……妙だな?)
メルクがそんな風に思って目を覚ましたのは、眠ってから一時も経たないうちだった。
辺りは暗闇で満たされているが、メルクの目はしっかりと周りの様子を捉えていた。
メルクを中心として全方位、やはり背の低い草が生え渡り、ところどころに木々が乱立している――ただ、それだけの光景だ。
草や木にいる虫たちが奏でる甲高い鳴き声以外は静かなもので、平穏そのもの。
周囲に魔物や大型の動物がいない事も気配でわかる。傍に点在する魔力反応はどれも希薄で、大した存在でないことが察せられるからだ。
だからこの静けさはおかしいものでは――。
(――どれも、希薄?)
いや、そんなはずはないのだ。
なんせ、メルクと共に行動し、今もメルクの傍らで見張り番をしてくれているはずの彼女は――トトアラはそれなりの魔力を有している。間違っても希薄なんてものではなかった。
さらに言えば、だ。
そもそも彼女はどこだ?
いつもトトアラは、眠るメルクの傍で見張り番をしていたはずだ。メルクの視界から外れるような場所に行くことなんて今までなかった。
(トイレか?)
即座にそう思いより広く集中して魔力を探るも、この数日で慣れ親しんだ彼女の魔力が見つけられない。用を足すためだけに、わざわざメルクの探知外まで行くだろうか? その可能性は低いように思えた。
「一体どこに……うん?」
何か、聞こえたような気がした。
聞こえてきた方向の魔力をより重点的に探れば微かな、本当に小さな魔力反応があった。そしてその魔力の質には覚えがある……トトアラだ。
「あいつ、魔力を隠せたのか」
旅を始めた当初、彼女はメルクを相手に気配だけは巧妙に消し、しかし魔力は垂れ流しにするというお粗末な尾行をしていた。そのため、メルクはてっきり彼女が魔力操作を不得手だと決めつけていたが、この魔力の隠し方から考えるになかなかの手練れと言えるだろう。
だが解せない。
今まで使わなかった魔力の隠蔽をこんなところで行い、メルクから離れて一体何をしているというのか。
声が聞こえてきたと言う事は誰かと話しているのかもしれないが、トトアラの傍に魔力の反応は一切ない。トトアラ以上に魔力を巧妙に隠せるものがいるとすれば別だが、おそらく彼女は一人だ。
(……歌でも歌っているのか?)
少し悩んだが、メルクは全身を包んでいた魔力をいったん体内に戻す。そして自身の魔力を抑え込み、気配を極限まで殺す。
そうしてトトアラがいる場所まで近づき、彼女に気付かれないように様子を窺うことにした。
やはり彼女と同行する者として、不審な行動は見逃せなかったのだ。
木を陰にして見れば、トトアラはどうやら一人のようだった。
「なに? ゼテスターのところは全滅ってこと? 魔力のない『魔馬』相手にどうやって負けるのよ……あー、それはタイミングが悪かったわね。死んだ奴はいるって? そう、なら不幸中の幸いね」
(……なんだ? トトアラは誰と何の話をしてるんだ?)
メルクの見つめる先、トトアラは右手に持った小さな石を口元に宛がい何かを楽しげに話していた。
その光景の奇妙さにしばし呆然とするが、その小石からも小さな声が出ている事に気付き、メルクの頭に閃くものがあった。
(そうか、あれが通信用の魔石……)
それは十五年前には……メルクがエステルトだった頃にはまだ実験段階だった技術のはずだ。
魔石と呼ばれる石の中でも特殊な魔力を含んだ石を半分に割り、その片割れをそれぞれ二人の人間が持つ。すると、その石を媒介にして、遠く離れた場所でも会話することができると噂になっていた。
詳細な仕組みについてはチンプンカンプンだったが、特殊な魔石は半分に分けられてもお互いの位置を把握し続け、そこに魔力を送っているらしい。そのため、その魔石の片割れに話しかけると魔力が振動し、音としてもう一方の魔石に伝わるとか何とか――。
実際に目にしたことのなかったメルクとしては半信半疑で、今の今まで忘れていた。が、この分だとどうやら実用化されているようだ。
「え? ああ、あの娘。あの娘なら間違いなく合格ね。ギルドの意図しない方法で次々試練をクリアしてるわ。試してみたけど治癒術の腕も本物……正直、これからどんな怪物になるか楽しみね。ザァールだってそうでしょう?」
(……ギルド? 試練?)
トトアラの口から飛び出したその言葉。その言葉の意味を考えた時、メルク胸にストンと落ちるものがあった。
一介の受験者離れした技量と場馴れした雰囲気。
害意はなくとも隠し切れない違和感。
あの時の奇妙な言動。
――その瞬間、全て納得した。
「それで? 最後の試練の内容は? ふーん……『剛猪』ねぇ。あの娘にはきっと容易いでしょうけど、まぁ冒険者になるための最終試験と考えれば妥当なのかしら――」
小石に向かって話しかけるトトアラを背に、メルクは元の場所へと戻る。
そして再び魔力硬化を行ってから目を閉じた。このままトトアラが自分を起こしに来るまで待つつもりだ。
ただ目を閉じたところでこれ以上は眠れそうにない。
なにせ、これまで数日ともに旅をしてきた彼女が――トトアラが試験官だったのだ。
多分、みんな知ってた。




