第五十四話 拍子抜け
「トトアラ、あなたの意見が聞きたい」
廃村を出てしばらく歩き、メルクは地図を見せながらそう切り出した。
「なに?」
「この地図によるとここに橋がかかっているが、先ほどの老人の話ではこの橋は崩落してしまっているようなんだ」
「……そうなの」
メルクの言葉に少し間を開けて頷いてから、トトアラは首を傾げて微笑を作った。
「なら、回り道をしましょうよ。この辺りから迂回できるみたいだし。このまま橋まで行って引き返せば大幅な時間の無駄になるけれど、最初から回り道をすれば、少しの遅れですむわ――何を迷っているの?」
「いや、どうにもあの老人が信用できなくてな。嘘の病をでっちあげ、私たちを無理やり森へ向かわせようとした……やはり、罠の可能性がある」
「罠? 誰が私たちに罠なんて仕掛けるのよ」
「冒険者ギルドだ」
「えっ?」
トトアラが絶句するようにメルクへ視線を向けた。
「ログホルトへの旅に出る前、ヨナヒム――友人が言っていたんだ。「今回の試験は『当たり』かもしれない」と」
「当たり?」
「ああ。何でも数年に一度、冒険者ギルドは意図的に試験の難易度を上げて受験者を合格させないようにしているらしい。あの老人がギルドの仕込みであれば、きっと回り道した先に罠が仕掛けられている」
「……ちょっと考えすぎじゃないかしら? たしかにあのブレガとか言う試験官は胡散臭かったけれど、さすがに合格者なしの試験なんてギルドもやらないはずよ。だいいち本気で全員落とすつもりなら、こんな地図なんて渡さないでしょ?」
少し考えるような仕草をした後、トトアラはギルドの肩を持つような発言をする。彼女の言うように、メルクにだって「まさか」という思いはある。だが、どうにも解せないことが多すぎるのだ。
「あの老夫婦だけではなく、考えてみれば昨夜の山賊だって怪しい。奴ら、あれほど威勢のいいことを言って襲ってきながら、あっさりと退いただろう?」
「あれはきっと、メルクの実力にびっくりしたのよ」
「それにしたって妙なんだ。奴らには最初からこちらに対する害意がなかった。殺す気はなかったにしたって、全くの悪意がないなんてありえないだろう? こちらはうら若いお若い乙女が二人――男なら邪な気持ちを抱いても不思議ではない」
「うら若いって……いや、まぁいいけど」
淡々と述べるメルクを呆れたように見ながら、トトアラは投げやりに軽く頷く。
「つまりメルクは、あの山賊たちはギルドに雇われた者たちで、もともと試験を受けるのを妨害するつもりしかなかった。だからこちらを傷つける意図を持っていなかった――そう言いたいの?」
「ああ」
「そう。それは、腕を斬られた私には判断がつかないからそう言う事にしておくけれど……けれど、どうするつもり?」
「え?」
一応は首肯し、しかしトトアラは眉を顰めてメルクへ首を傾げる。
「このまま橋へ行くとして、もし本当に崩落してたらどうするの? また引き返すつもり?」
「む……」
「この地図を見る限り、引き返したら絶対に期日には間に合わないわ。迂回ルートの入口から橋まで二三日――早くても一日かかるのよ? ここは最初から迂回するルートをとるべきよ。仮にその道に罠が仕掛けられていたって、橋があるわけでも隧道があるわけでもないんだから、通行止めにはできないはずよ」
「回り道したとして……どれくらい遅くなるんだろうか?」
「さぁ、半日くらいかしら? けど、橋まで行って引き返すよりも断然早いのは間違いないわ」
「それは……そうなんだろうが」
「もう、煮え切らないわね」
実際に、あの老夫婦の詐病を知らないトトアラが、メルクの疑念に対して「考えすぎだ」と思うのは無理もない事だろう。どうにもメルクはこの道中に起こったことが作為的に思えるのだが、彼女にその事を正確に伝えるのは難しい事だった。
「とにかく、私の勘を信じて迂回しましょう。このペースなら、半日遅れたとしても余裕で間に合うわよ」
「うーん……まぁ、トトアラがそこまで言うなら信じるとするか。より確実なのは、たしかに迂回ルートなんだからな」
「ふふ、そうこなくっちゃ」
結局はトトアラに押切られる形で、メルクたちは迂回路を選んだ。この時初めて、地図に示されている赤い線のルートを外れたのだった。
そして三日後。
「……何もなかった」
「ええ、何もなかったわね」
迂回路を選んだメルクとトトアラは、少々時間はかかったが、無事に橋を渡った先に出ることができた。地図に引かれた赤い線のルートに戻ったのだ。
どうしても確認がしたくて少し戻り橋のある場所へ行ってみれば、あの老爺が言った通りに崩落していた。あのまま橋を目指していれば、引き返すことを余儀なくされていただろう。
つまり、回り道は結果的に正解だったと言う事だ。
「ほらね、メルクの考えすぎだったのよ」
「……そうなんだろうか?」
勝ち誇ったような顔をするトトアラに、メルクとしては疑問に思いながらも目の前の現実を受け入れる他ない。
たしかにあの老夫婦は詐病を使っていたが、助言は正しいものだった。仮に冒険者ギルドがメルクたちを受験させないために仕組んでいるのだとしたら、何ともやっている事がちぐはぐに思える。
「それよりも先を急ぎましょう。この先には湖があるみたいだけれど、一体どうやって渡ればいいのかしら? また回り道?」
「それは、行ってみないと何とも言えないな」
地図ある赤い線は、まっすぐ湖を突っ切って引かれているが、橋か船でもない限りは外周を回る他ないだろう。
しばらく歩き、やがて二人の前には広大な湖が広がっているのが見えた。
橋など掛かっている様子もなく、岸辺に船などもない。湖を突っ切るための道具は無さそうだ。
「なによ。まさか泳げっていうつもり?」
ギルドから渡された地図を見ながら愚痴るトトアラの声を聞きながら湖を見渡せば、岸から少し離れた場所に小舟が浮かんでいるのが見えた。
その船に乗っている人の姿を、メルクの眼がたしかに捉えた。
三日進んだ……。
ご指摘通り、もっと展開を早められたらいいんですが……すみません。
すみませんついでに、リアルで資格取得の講習が始まり、しばらく休日がまともに取れません。
落ち着くまで更新頻度が下がるかもしれませんが、ご了承ください。




