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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第二章 金と翡翠の冒険者
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第五十一話 予想外


 不用意にこちらへ近づいた髭面ひげづらの男に一瞬で肉薄したメルクは、横薙よこなぎに木の棒を振るった。


 さほど力を込めてはいない。

 別に殺すつもりがなかったと言うわけではなく、硬化した木の棒で相手の首を狙ったのだ。力をそこまで加えずとも頸椎けいついを折る威力があったのは間違いない。

 

 通常なら死に至り、たとえ死ななくとも日常生活すらままならないようになるだろう――メルクは木の棒を振るいながら漠然ばくぜんとそう思った。


 だがそれは意味のない仮定だった。

 何故なら髭面の男は、メルクのこの一撃をかわしたのだから。


「なに?」


 片足を上げ、残った一本で地面を踏みしめていた髭面の男は、その一本を強く蹴って宙返りをすることで木の棒をやり過ごした。その軽業師を思わせる器用で素早い動きに、さしものメルクも一瞬戸惑う。


「あ、あぶねぇっ……な、なんなんだよ、お前は?」


 ところが驚いたのはメルクだけではなかったようだ。

 

 助走なく瞬時に後方への宙返りからの着地をして見せた髭面の男は、先ほどの適当な構えが嘘のように手にしていた剣を握り直した。

 その構えを見れば、この男が一端の剣士であることが知れる。


「おいおいおい。下手したら今の死んでたぜ」


 剣を構えながらゆっくりと後退あとずさる男に、メルクは油断なく木の棒を突きつけにじり寄る。


 不完全な体勢からこちらの一撃を躱したことと言い、隙のないその待ち姿と言い――この男、やはりかなり強い。

 メルクが男の魔力を視れば、冒険者ギルドにいたブレガのように瞳に魔力を集めているのがわかった。

 おそらくこれは、暗闇での視界不良を補うため魔力で視力を強化しているのだ。集団の中で一人だけ松明たいまつ背負っていないのがその根拠である。

 つまり、夜目が利くメルクのアドバンテージはないと思った方がいいだろう。


「貴様、何者だ? それだけの腕を持ちながら、なぜ山賊まがいの真似を」


 相手の隙を作り出そうと声を掛けるメルク。実際それは、少々気になったことでもある。

 これだけの腕を持っているのであれば、山賊などに身を落とさずとも十分稼いでいけるはずだ。

 それこそ、冒険者だって可能だろう。


 しかしメルクの問い掛けに、髭面の男は隙を見せることなく小さな笑みを浮かべた。


「何者だぁ? そんな事はこっちの台詞だってんだよ。まさかあんた、剣士だとはなぁ。すっかり騙されたぜ」

「騙された? 一体何の話だ?」


 メルクは最初からずっと、木の棒を携えている。

 たしかにまともな剣士が持つ武器ではないが、メルクの装備を見て魔法使いや槍遣いだと思う者はまずいまい。それどころか大半の者が、剣の代わりに木の棒を携えた剣士だと思うはずだ。


 この男の非難は、全くの的外れのように思えた。


 不意に、男の背後から矢がメルク目掛けて放たれる。

 それをメルクが対処するよりも先に、矢に背を向けていた男が脇を抜けていくその矢を振り向きざまに斬り落とした。


「馬鹿野郎っ! 手ぇ出すんじゃねぇっ! 死にてぇーのかっ!」


 そして矢が放たれた場所に向け怒声を上げながら、すでに目はメルクの方へ向いてる。その一連の動作に、つけ込める隙などなかった。


「ザァールさん?」

「馬鹿野郎、番長と呼べと言っただろうがっ」


 下っ端と思しき男に声を掛けられた髭面の男がさらに怒声を上げ、半笑いでメルクを顎で示した。


「悪いが予定変更だ。あれとはやれん。てか、やるまでもねぇーよ」

「ざっ――番長? 一体何を……」

「退けっ! 撤収だっ!」

「へっ? あ、はいっ! 撤収っ!」


 番長と名乗る髭面の男の言葉に従い、メルクたちの周囲を取り囲んでいた集団が一目散にこちらから離れて行く。

 展開が全く読めないが、このままむざむざ逃がすのはしゃくだ。そもそもここで取り逃がせば、再び襲撃がないとも限らない。


「待てっ!」


 逃げ行く集団の中の一人に斬り掛かると、番長と名乗った男がメルクとその男の間に立ちはだかる。


「半端に手を出して悪かったな。二度と襲わねぇから見逃してくれや」


 言葉でそう言いつつ、剣の切っ先をこちらに向けているところを見れば、逃がしてもらえるとは思っていないのだろう。むろん、メルクの方も逃がす気はない。


「答えろっ! 貴様らの目的はなんだっ!」

「ふんっ。目的? そりゃあ金に決まってんだろう――あ、いや。もちろん山々の保護さ」


 メルクの詰問にそううそぶいてみせた番長。後半であえて茶化したと言う事は、山の番人を名乗るこの集団は金狙いで間違いなさそうだ。

 しかし、解せない。


「金が目的なら何故、こうもあっさりと退く?」

「さぁっ! なんでだろうな?」


 番長は辺りをうかがうと、おもむろに所持していた剣の切っ先を真上にかざした。


「時間稼ぎに付き合ってくれてありがとうよ。お陰で部下は全員逃げられたぜ」

「構わないさ。頭である貴様を潰せば事足りる。どうせ、貴様以外は雑兵ぞうひょうだろうからな」

「……っとに、活きがいいねぇ。順調に行けば、お前さんは大当たりなんだろうなぁ」

「なに?」


 メルクが眉をひそめるのと同時に、番長は目をつぶるように細め、口の端を飛び切り吊り上がらせてニヤリと笑った。


「特別だぁ。お前に良いものを見せてやるぜ。見さらせ、俺の剣の特殊能力っ!」


(特殊能力? まさか迷宮から見つかった剣か?)


 相手の言葉に身構え、咄嗟とっさに番長の持つ剣を注視するメルク。

 そのメルクの見つめる先で、剣が――爆発するように白く発光した。


「なっ?」


 突然の輝きに目がくらみ、思わず顔を腕で覆う。

 通常であれば、それは決定的な隙だ。相手はもちろんこの瞬間を狙って来るだろう。


(こんな手とは……だが、好都合っ!)


 接敵する前から、メルクの身体は硬化した魔力で包まれている。相手が攻撃してきたとしても傷はつかないはずだ。

 逆に「隙を突いた」と油断して近づいてくる相手を、感じる気配で叩き伏せる――メルクは視力を奪われた瞬間にそこまで考え番長の気配を探った。


(……まさか本気で逃げるのか?)


 意外にも、彼は本当に逃げの一手を打ったらしい。これほど絶好の隙を前に、番長の気配があっと言う間にメルクたちから離れていく。

 先ほど言っていた「金が目的」であるならば、ここで退くのはありえない。それにそもそも本気でメルクたちの金が目的であるならば、「金貨十枚」と吹っ掛けてきたのがまずおかしい。

 確実に金が得たいのなら、もう少し現実的な数字を出して然るべきなのだ。


「……この距離……まだ追い着けるか?」


 薄目を開けて視力が正常に働くことを確かめ、メルクは離れていく魔力の反応を追おうとする。追いかけて捕まえ、判然としない襲撃理由を問いただすのだ。


「待って!」


 しかし駆け出そうとしたメルクの服を、いつの間にか傍に来ていたトトアラが掴んだ。


「トトアラ?」

「深追いは禁物よ。どうせ明日にはこの山を下りるんだし、あの山賊もそこまでは追ってこないわよ」

「だが……」

「私たちの目的は何? ログホルトに一秒でも早く辿り着くことよ。こんなところで体力と時間を使わず、明日に備えて英気を養うべきよ」

「う……まぁ、そうだな」


 彼女が言うことはもっともだ。

 山の番人を名乗る集団の襲撃理由は気になるが、この際野良犬に噛まれたと思って諦めた方が利口かもしれない。


「――? トトアラ、その腕どうしたんだ?」

「え?」


 メルクの服を掴むトトアラの腕から血が出ていた。その切り裂かれた袖を見るに、何か鋭利なもので斬りつけられたらしい。


「ああこれ? さっき逃げようとした男たちの一人を捕まえようとしたんだけど、返り討ちにあっちゃって……弱そうだから行けると思ったんだけどなぁ」


 不満そうにそう言い、腕を押さえるトトアラ。止血しているつもりなのかもしれないが、腕から流れる血は一向に止まる気配がない。


「『治癒ネラーマ』」


 即座にメルクは治癒術をトトアラに掛ける。


 ガナンが、メルクの親友であった少年が死んだ直接の原因となったのは多量の出血だった。止血が間に合わなかったことによる出血死だったのだ。

 トトアラの腕から流れる血はそれなりに多く、とても見過ごせなかった。


「……今のは」


 トトアラはメルクに治癒を掛けられ一瞬呆けたような表情になる。そして我に返ると、完全に傷の塞がった自分の腕を見て驚きをあらわにした。


「余計なお世話かもしれないが、一応治癒術師志望なんでな。連れが怪我してるのを放置するなんてできなかったんだ」


 物言いたげなトトアラの視線に、少し視線を逸らしながら頬を掻いてそう言ったメルク。そんな彼女に、トトアラが微笑して首を横に振った。


「ううん、ありがとう。まさかあなたが真正の『治癒』まで使えるなんて、ほんと――予想外だわ」




ご指摘をいただいたので、作者名からマイページに飛べるようにしました。

ペンネームであった「朝日がさん」は読者の方から「(朝日がさん)さん」と言ってもらえたら楽しいなぁと思い付けたものです。

なろうでは登録名からしかリンクが付けられないようなので、今後は登録名にしておきます。


対応が遅くなってしまい申し訳ありません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] あー、はいはい。山賊もこの子も仕込みね。…ほんとにすごい合格させる気ないや。
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