第五十話 山の番人
それからひたすらに荒れた道を行けば、やがて緩やかな上り坂となり、いつの間にか林道から山道となっていた。
「ど、どうしよう。ちょっと、いくらなんでも暗すぎない?」
山を登っている間に日は落ち、春の夜空に満点の星々が広がっている。そんな時分になって、トトアラが追い詰められて焦ったような声を上げた。
「もう見えないのか? 何で言わなかったんだ?」
「だってっ! 自信満々にメルクがずんずん行っちゃうから、私も負けられないと思って……」
「なぜそこで意地を張る? うーん……」
メルクは薄暗くなった周囲をぐるりと見渡すが、エルフと言う種族は暗闇をものともしない目を持っている。これだけ星の光があり、なおかつ今晩は月も出ている。当然、辺りを支障なく見通すことができた。
(まだ歩こうと思えば歩けるが……夜目が利かないトトアラを歩かせるのは無理があるな)
エルフになって長いため、人間が夜の闇に慣れていないことをついつい忘れがちだ。
どうやら今日は、ここで寝る他なさそうだった。
「暖かい季節で良かったな。これなら被りものもいらない」
メルクは腰元の木の棒を取り除くと、傍に生えていた大きな木に凭れかかってトトアラに言った。トトアラもそれに倣うように、メルクの凭れる木の側面を背に座る。
その手慣れた動きを見るに、トトアラの方も旅には慣れているように思えた。そう言えば夕暮れが迫っていた時に、道から外れて少し離れた場所にある川で水を飲んでいた。おそらくは山の途中で野営することを悟り、あらかじめ水分をとっておいたのだろう。
「……もう。なんだってお嬢様の私が、こんなところで野宿なんか」
メルクの視線に気付いたトトアラが、今さらのように不満の声を上げる。だがその姿は、どう見てもお嬢様には見えなかった。
「ねぇ? もしかして暗闇でもある程度見えるの?」
「ああ……暗殺者様は見えないのか?」
「もうっ馬鹿にしてっ!」
メルクの揶揄いに、笑いながら頬を膨らませるトトアラ。愛嬌があって、やはり可愛らしい。おまけに胸も大きく、まさに理想の旅の供と言ったところだ。
(だが、彼女は何か隠しているな? どう考えても場数を踏んでこういったことに慣れているはずなんだが……なぜ、あえて素人臭く振る舞うんだ?)
それがメルクには理解できない。
「出る杭は打たれる」と言う格言があるが、彼女はそれを怖れているのだろうか? 自分が有能な事が知られると、試験前に害される怖れがあると――彼女はそう思っているのだろうか?
もし彼女がそう思っているのだとしたら、メルクも考えなければいけないかもしれない。「有能であることが知られると打たれる」という考えの持ち主は、「有能な相手は打つべし」と考えていてもなんら不思議ではないからだ。
(私も無能なふりをして、相手の出方を窺うべきか?)
そんなことを考えるまで思い詰めていたメルクは――こちらへ近づいてくる気配にさっと身を起こした。
「メルク?」
「しっ!」
突然木の棒を持って身を起こしたメルクの気配を感じたのか、トトアラが不思議そうに片膝立ちになる。その咄嗟の構えもやはり熟練者のそれだが、今はその事に気を遣う余裕はなかった。
声を掛けてきた彼女を素早く静かにさせる。
(なにか来たな。それも集団……二十はいるか?)
近づいてくる気配に周囲の魔力を探れば、こちらへ二十ほどの集団が迫ってくるのがわかった。
じりじりと間合いを詰めるその魔力の質を見れば、おそらくは人間だと思うが断定はできない。
ただ一つ言えることは、その迷いのない接近の仕方を見るに、相手はこちらの居場所を把握し確実に狙っていることだ。
包囲網を抜けて逃げるか、迎え撃つほかないだろう。
「メルク、どうしたのよ?」
静かに立ち上がったトトアラが、小声で囁くように聞いてきた。彼女も何かが起こっている事を悟ったのだろう。
「何かがこちらへ近づいてきている。それも集団でだ」
「え? なんですって?」
トトアラが疑問の声を出した途端、こちらへ向かってくる赤い揺らめきが木々の隙間から見えた。その揺らめきから相手が灯りを持っている事がわかる。つまり――人間だ。
「やれ」
そんな声が短く聞こえた後、暗闇を切り裂き一本の矢が飛来した。
暗闇で狙いが外れたのかあるいはあえてなのか、その矢はメルクたちのはるか頭上を行き、背後にあった木に突き刺さる。
「動くなよ? 次は当てるぞっ!」
そして矢が飛んできた方からそんな声が響き、相手がこちらを脅す目的で矢を放ったことが知れた。
「何者だっ?」
メルクが誰何すると、繁みから火の点いた棒を斜めに背負った複数の人間が現れる。そしてその中の中心にいた人物が、下卑た笑みを浮かべながら剣を抜く。
「へっへっへ。我らはこの山の番人だ。この山を抜けたければ、我らに通行料を納めてもらおうか?」
どうやら剣を抜いた、むさ苦しい口髭と顎ひげを蓄えた男こそがこの集団の長らしいが、そんなことを堂々と宣った。
(なにが番人だ。どちらかと言えば山賊だろうが……)
メルクはそう思いながら、木の棒を握る手に力をこめる。
相手は二十人。
感じる気配は雑魚と言って差し支えない者ばかりだが、油断するのはうまくない。こちらの十倍の戦力と言う事に加え、どうにも髭面のこの男……底知れない何かを感じる。
「通行料とはいくらだ?」
「金貨十枚っ! きっちり払ってもらおうか?」
(金貨十枚? さすがにそれは吹っ掛けすぎだな……)
その答えを聞いて、この男たちの目的が通行料などではないことを悟った。
どこの世界の旅人に、金貨十枚も払える者がいると言うのだ。最初から穏便に済ませる気はないのだろう。
「……払えないと言ったら?」
「へっ、そん時は仕方ねぇ。俺たちも山賊じゃねぇからな、身ぐるみ剥ぐだけで勘弁してやる」
(それを山賊と言うんじゃないのか?)
「それって山賊ってことじゃないっ!」
メルクが口に出さずに思った疑問を、トトアラが馬鹿正直に非難するように口に出す。頭と見える男はあからさまに顔を顰めた。
「いけねぇな。お嬢さん、そいつはいけねぇ。俺たちに「山賊」って言った奴は、生きてこの山から返せない仕来りだ」
「な、なによ? やるって言うの?」
トトアラがそれらしい、その実よく見れば隙だらけの徒手の構えをしながらキョロキョロと周囲を見渡す。こちらを取り囲んだ火の多さに気圧されているのか、腕をやたら動かし何やら落ち着きがない。
「いや。あんたらは女だからな。さすがに女にすぐ手を出すほど外道じゃねぇ。一回は許してやる」
「随分ガバガバな仕来りだな」
「何か言ったか? まぁいい。とにかく、持っている物全部出しな。金も武器も装飾品も全部だ。それで今すぐここから去るって言うなら、見逃してやる」
その頭の言葉に、トトアラがこちらを「どうする?」と言わんばかりの目で見てくる。当然、メルクは小声で「抵抗する」と答えた。
なにせ所持品全てを奪われたら、冒険者ギルドから支給された地図まで失う事になる。そうなると最短距離が分からなくなり、期日内に着くのが一層難しくなるだろう。いや、おそらく不可能になってしまう。
それだけは避けなくてはなるまい。
「さて、答えは決まったかな?」
こちらが観念して従うとしか思っていないのか、集団の頭が不用意にメルクたちへ一歩近づこうとする。
その足が大地から離れた瞬間、メルクは勢いよく地面を蹴った。
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