第四十八話 それぞれの理由
ルゼイから水を分けてもらい宿を出ると、メルクはエンデ市から地図通りにログホルト市へ向かうことにした。
ヨナヒムが名残惜しそうにしていたが、気付かないふりをして置いてきた。彼はせいぜい休暇中に羽を伸ばしておくといいのだ。どんな職業にも言えることだが冒険者は根を詰めすぎても良くない。休むときはしっかり休むことも大事なのだ。
「さて……この辺りでいいかな?」
エンデ市を離れてギルドが示した赤い線のルート通りに少し歩くと、人通りがほとんどんない寂しい林道へつながっていた。そこで完全に人影が絶えたのを確認し、メルクは背後を振り返る。
「そろそろ出てきたらどうだろうか? ギルドを出たところからついてきているのは気付いている」
そしてそう声を掛けると、少しの間があってから木影から追跡者が姿を見せた。
「やっぱり、気付かれてたんだ」
そこから出てきたのは、青い髪の娘――同じ冒険者試験受験者のトトアラだった。
気付かれ呼びかけられたのが照れ臭かったのか、彼女ははにかむ様な笑みを浮かべて頬に小さなえくぼを作る。
「なんか時々挙動が不自然だったから、「バレてるかもなー」って思ってたんだ。でもまさか、最初から気付かれてたなんて」
「あいにく、勘は良い方なんだ」
本当は念のため自分についてくる魔力を探ったら、たまたま彼女がヒットしただけである。おそらくトトアラが魔力まで隠すことができていたら、メルクでも尾行に気付くのは遅れたはずだ。
それだけ彼女は気配を消すことに長けていた。
「それで? どうして私の後をつけてきたんだ?」
「いやぁー、私も徒歩で行くことにしたからさ。それなら一人で行くよりも、二人で行った方がいいじゃない? だから、声を掛けるタイミングを見計らってたんだよね」
「なるほど……」
それならば一応、こちらの後をつけてきた理由にはなる。しかし、あれほど巧妙に気配を消す必要はあったのだろうか? 害意は感じられないが、すぐに信用するのも躊躇われた。
「ちなみに、なんであなたは『魔馬車』を利用しなかったんだ? 徒歩で行くよりも、断然早いだろうし確実だ」
「へぇ? 乗らなかったメルクが言うんだ?」
メルクの問い掛けにわざとらしく目を瞬かせた後、トトアラは軽やかな足取りで近づいてきた。
「そうね、私の場合は至極単純よ。私以外、受験者が全員男だったから」
「え?」
「気付いた? 試験の受験希望者、私とメルク以外は男だったでしょう? それなのにメルクが抜けちゃったら、私一人で男たちの群れに投げ込まれちゃうのよ? それも数日以上……ちょっと考えられないわ」
「……あー、そんなものか」
それは確かに盲点だった。
女の身であれば、十数人もいる男の中に一人でいるのは不安になるだろう。それも相手の男たちは皆、冒険者志望。基本的に荒っぽい性格や粗野な者が多いと考えていい。そんな中に女一人で過ごすのは無謀と言えるかもしれない。
(……たしかに、トトアラは魅力的な『もの』を持っているしな)
近づいてくる彼女の大きな胸を見やりながら、メルクは得心の行く思いを抱いた。トトアラは世間一般で言う、男好きする体型をしている。懸想する者がいてもなんらおかしくはない。
彼女はそこまで考えていたのだろう。
前世が男であったためか、メルクは女の身にしてはそう言う事に疎い。
男数名に囲まれるのに女が忌避感を抱くと言うのは、言われてみれば納得する。だが、自分で気付くことはなかったかもしれない。
「それじゃあ、逆に聞かせてもらえる? どうしてメルクはあの『魔馬車』に乗らなかったの? 反応を見ると、私と同じ理由だったとは思えないけど」
手を伸ばせば触れる距離までメルクに近づくと、トトアラが口の端を吊り上げて興味深そうに聞いてきた。メルクの答えを期待しているらしい。
「私は……そうだな。客車を曳く『魔馬』。それがどうも患っていたようなんで、遠慮させてもらった」
「……患ってた? なに? 病気だったってこと?」
メルクの返答が意外だったのか、余裕顔が崩れて少し面食らった表情になるトトアラ。やはり気付いてはいなかったようだ。
「病気……まぁ、一種の病気なのだろう。なぁ、トトアラさん。『魔馬』は人々にとってとても便利で温厚な家畜だが、時に人を傷つけることがあることを知っているか?」
「え? そりゃあ一応魔物だし……怒らせたりお腹が空いてたりしたら人を襲うんじゃない?」
トトアラのズレたその返答に、メルクはちょっと笑った。その考え方は間違いではないが、それではただの馬や獣と同じだ。別に『魔馬』特有のものと言うわけではない。
メルクが視た三頭の『魔馬』は、いずれも彼ら特有の異変が生じていた。
「『魔暴』と呼ばれる症状だ。多くの獣型の魔物には魔力が集まる角が生えている。それが何らかの原因により損傷することで、集まっていた魔力が霧散――その際に発生する激痛で角を破損した魔物は暴れるらしい」
「へぇ、そんな病気があるの。けど、ギルド前にいた『魔馬』たちは暴れていなかったような……」
「ああ、まだ完全に破損していなかったからな。ただ、三頭とも角に罅が入っていた。おそらく二三日もすれば完全に崩壊するだろう」
「それは治せないの?」
「罅が生じた直後であれば、調合した軟膏で上手くすれば治る。だが、ギルド前の『魔馬』たちはすでに手遅れの状態だった。もうどうにもならない」
言い切ったメルクに、トトアラは眉を顰めて疑わしげな表情を作った。
「そんな……今までそんな話は聞いたことないんだけど」
「ああ。とても稀な症状だからな。『魔馬』の飼育をしている者か、深く関わったことのある者くらいしか知らないんじゃないか?」
メルクはエルフの里で家畜たちのかかりつけ医のような役割を果たしていたので、病気によって角が完全に割れ、暴れる馬たちを見たことがあった。
だがメルクのような経験がなければ、『魔暴』と呼ばれる症状と接する機会はないかもしれない。それほど珍しいことなのだ。
そしてだからこそ、あの場にいた三頭が三頭ともその稀である異変に侵されているのが奇妙だった。
こんな偶然は本来であれば起こり得ない。それならばまだ、何者かが仕組んだ可能性の方が高いとメルクには思えた。
「偶然にしろ、何者かの作為があったにせよ、あの『魔馬』たちではログホルト市へ行く前に『魔暴』を発症する。そうなればとても旅どころではないだろう――私はそう思ったのさ」
「意地悪なのね。皆に教えてあげればよかったのに」
「あくまでも私の見立てだからな。それで外れていても責任はとれないし、そもそも徒歩で行ったところで辿り着ける保証もない。それならば、何も言わずに自分たちで選んでもらった方がいい」
そもそも、そこで助言してやる義理もない。
期日内に辿り着けばいかなる方法でもいいと言われているのだ。どのような手段を選ぼうと自己責任だろう。
仮に『魔馬』たちが暴れたとしても、『魔暴』によって魔力を失えばほとんどただの馬だ。冒険者志望の男たちが数名もいれば取り押さえられるだろう。
魔力の完全消失を避けられない『魔馬』たち以外、命を失う者はいないはずだ。
「まっ、私が知ってたとしても多分何も言わないけど。どいつもこいつも、私の忠告を聞くような奴には見えなかったし」
鹿爪らしく睨んでいたトトアラが、メルクの言葉に茶目っ気たっぷりに舌を出して笑みを作る。その表情の変わり身に、メルクの方こそ呆れてしまった。
「あの『魔馬車』に乗っても辿り着けないなら、私が徒歩を選んだのは間違いじゃなかったってことよね?」
「ああ。私の見立てを信じるならな」
「信じるわよ。あのブレガって言う三等級冒険者よりはメルクの方が信頼できそうだし。だから改めてなんだけど……」
トトアラは腰を折ってメルクを拝むように両掌を擦り合わせた。
「お願い。私と一緒にログホルトに行って」
拙作にレビューを書いて頂きました。
本当に皆さま、ありがとうございます。




