第四十七話 道連れ
冒険者ギルドを後にしたメルクは、背後から巧妙に気配を消してついてくる存在に気付いたが、およそ害意と言うものが感じられなかったことと、その正体を察したために無視することにした。
そんなことよりも、定められた期日に間に合うための行動を優先する
本来であれば、時間がないためすぐにでもログホルト市を目指して移動したいが、あいにく旅支度と言うものができていない。
支給された地図を見れば、ところどころ水を補給できそうなところはある。しかし、どうにも胡散臭いブレガから渡された物だ。どこまで信用できるか分からない為、水分だけはいくらか確保しておいた方がいいだろう。
食料は、現地調達でも十分間に合うはずだ。そうやって狩りで獲物をとるのには慣れている。
「試験はもう終わったの?」
宿泊している『愛の剣聖亭』へ戻ると、困惑顔のルゼイが出迎えてくれた。たしかについ半時ほど前に出かけたメルクがこれほど早く戻ってきたら驚くことだろう。
どんなに簡単な試験だって、もう少しくらいかかるはずだ。
「いや、試験会場が変更になったらしい。すまないが、すぐにこの街を発つことになった。一旦、勘定をしておこう……それと、いくらか水を分けてもらえないか?」
懐の巾着から後払いの宿泊費と、それとは別に銀貨を三枚差し出す。ルゼイは眉を顰めた。
「そりゃあ大変だね。水を分けるのは別に構わないけど、こんなにお金はいらないよ」
「良いから受け取っておいてくれ。世話になったし、ほんの気持ちなんだ」
宿を出る支払いの時にこの金額を渡すことは、最初から決めていたことだ。
おそらくこの額が、何とか受け取って貰える上限だろうから。
メルクが半ば無理やりに握らせると、ルゼイは「わ、分かったわよ……」と押され気味に頷いて受け取った。
(まぁ、本当にただの自己満足なんだが……でもきっとエステルトは、あんたたちの祝儀にもっと包んでたと思うんだ)
宿の水を汲みに行ってくれたルゼイを見送りながら、メルクは内心でそんな気障な事を思った。
エステルトが生きていたら、ルゼイと宿の主人であるビナードの祝言に出ていたはずだ。そして歳の差をからかいつつ、きっと仲間たちと盛大に祝っていたはずだ。だからこれは、ある意味でのけじめだ。世話になった彼らの祝い事を祝えなかった負い目を無くすための、単なる自己満足なのだ。
「お、メルク。まだ行ってなかったのか?」
メルクがちょっとした感傷に浸っていると、ヨナヒムが少し驚いた顔でやってきた。
そして宿の壁にかかっていた時計に目を向ける。
「おいおい、もう八の刻は過ぎてるじゃないか。寝坊か?」
「エレアじゃあるまいし、そんなわけないだろう。試験の場所と日時が変更になったんだ。今から一週間後、どうやらログホルト市で行われるらしい」
「ログホルト? 一週間でログホルトか……ギルドもなかなか無茶を言うなぁ」
メルクの言葉に何故か感心したように頷いた後、ヨナヒムはこちらへ同情するような視線を送ってくる。
「もしかしたら、今回の試験は『当たり』かもな」
「当たり? なんだそれは?」
「いや、これは単なる噂なんだが……どうやらギルドの試験は極端に難易度の高い時があるらしいんだ」
「なに? それはどういうことだ?」
以前ルカから聞いた話では、ギルドの試験は毎回内容が異なるらしい。
だが、ヨナヒムが言うように、難易度が変わるとは言っていなかったはずだ。
「なんでもギルド全体で現役冒険者の数が想定よりも多い場合、難易度を吊り上げて受験者のほとんどを落とすつもりで試験をするらしいんだ。その裏付けとして、複数回受けている者の中には以前に比べて難易度が上がった、下がったと言う感想を持つ者もいるらしい」
「……なんだそれは。それではほとんど運の勝負じゃないか」
「そうさ。だからそれを皮肉って、難易度が高い試験の時を『当たり』と言うようなんだ……まぁ、これはさっきも言ったがあくまでも噂だ。俺が実際に経験したわけではないし、冒険者試験は基本的に難しいとして知られている。もしかしたらどう足掻いても受からなかった者が、やっかんでそんなデマを流したのかもしれん」
どちらにせよ、ありそうな話ではある。
ギルドが元々今回の試験で合格者を出さないつもりなら、これほど無茶な移動期間を設けたのにも納得がいく。だがその反面、『魔馬車』を用意するなど一応の策を取っているので、この場で断じることはできない。
(まぁ、あの救済案ってのは疑わしいがな)
今のところメルクの心情としては、あの胡散臭いブレガが職員をしている時点で、ギルドが試験の難易度を意図的に操作している可能性も十分に考えられるのだった。
「しかし、これからログホルトに行くのか……どうせなら俺も一緒に行こうか?」
「……はぁ? 何故、そうなるんだ?」
突拍子のないヨナヒムの提案に、ギルドの疑惑について考えていたメルクは虚を突かれた形となった。
随分と間抜けな顔を晒してしまう。
「いや、エルフの里で大きな依頼を達成して、俺たち『暴火の一撃』も二等級に上がったばっかりだろう? だからしばらくパーティーでの活動は休止中なんだ。つまり暇なんだよ」
「いや、そんなこと言われてもだな……大体、冒険者試験を受けるために冒険者がついてきてどうするんだ。それもお前は二等級だろうが。あれか? 過保護な母親か? お前は」
(そんなことされたら、また私が晒し者になってしまうだろうが……)
この数日でヨナヒムたちがどれだけ周囲に認知され、期待され尊敬され、アイドル的な存在であるかが痛いほど解った。
そんな彼と旅することになったら、また面倒な話になるに決まっている。
それに何より――だ。
(――エレアに寝首を掻かれるだろうな……)
彼女の『水燃槍』に貫かれて燃え上がる自分を想像し、メルクは身震いした。
もちろん、ただでやられるつもりも毛頭ないが、恋する乙女は怖ろしいものだ。そんなやっかいな存在を敵にしてまで、ヨナヒムと行動を共にしたいかと言われると「否」である。
「しかしだなぁ。一週間の旅ともなると一人では暇じゃないか? 道連れはいた方がいいぞ」
「……道連れか」
旅の供をしきりに勧めるヨナヒムの言葉に少しだけ考え、メルクは「それもそうだな」と頷いた。
「よし、じゃあ――」
その頷きに期待して嬉しそうな顔になったヨナヒムを、メルクは掌を広げた腕を翳して制する。
「大丈夫、心当たりがある。だからお前の出番はない」
そしてきっぱりとそう告げてやった。




