第四十六話 救済案
冒険者試験の受験者たちを仕切るギルド職員として、たしかな力を示して見せたブレガ。彼は静まって自分に注目する受験者たちへ説明を開始した。
「まず先ほどもお話した通り、ログホルト市には一週間で移動していただきます。一週間後にログホルト市でどうしても試験の合否を出さなくてはいけないので、変更は不可能となっています。到着の期日に間に合わなかった時点で失格。また次回以降受験していただくことになります」
ブレガの淡々とした説明に、受験者たちは不満気な顔を見せる。それは当然だ。ここで試験を行わず、ログホルト市にわざわざ出向かねばならない理由を述べていないのだから。
だがブレガは、受験者たちにその説明をする気は無さそうだった。
「では、ログホルト市へ行かれたことのない方のためにも、今から全員に地図をお配りします。もちろん間に合えばどのような移動経路も移動手段も問いませんが、ご参考に失くさずお持ちください」
「はぁ? おいおい、何だよこのルートは……」
ブレガから渡された地図を見るや、受験者たちは一斉に顔を顰めた。そのレザウ公国の領地が大まかに書かれた地図には、険しい山や湖を突っ切るような赤い線が引かれている。この線通りに進むとなれば、時間の短縮にはなるがかなり過酷な旅となるだろう。
「それが、このエンデ市からログホルト市までの事実上通行可能な最短ルートとなります。そのルートを行けば、徒歩でもおそらく間に合うでしょう」
「ふざけるなっ。事実上通行可能だと? 魔物が出る険しい山を越えておまけに湖も通るルートだと? こんなもん、冒険者でもなければ通れるかよ」
「はい。ですが皆さまは、冒険者試験を受けにここまで来られたんですよね? ならば、冒険者になるためにこの道を通って、ログホルト市へ行くのも同じことだと思いませんか?」
「う……それは――」
「それに何もこの通りに必ず進んでくださいと言っているわけではないのです。我々はただ、ここから最短のルートを示しただけ……どのように行くかは皆さまにお任せします。もちろん、全ては自己責任ですが」
ブレガの言葉に、周囲にいる者同士で顔を見合わせ始めた受験者たち。本来であればライバル同士である彼らだが、この難題に立ち向かうべく慣れ合うことにしたようだ。
ああでもない、こうでもないと意見の交換をし始めた。
(……たしか、受験の申し込みをした時点で試験は始まっているんだったか? なら、この対応も見られていると考えた方がいいかもな)
騒がしくする他の者たちを見やりながらメルクは冷静にそう考えて、腕を組み目を瞑る。『余裕ですよ』アピールである。見られているかどうかは知らないが。
「ねぇ、メルク。あなたはどうするの?」
目を瞑っていると隣の席のトトアラに話しかけられ、メルクは片目を薄く開けて彼女を見た。
「どうするも何も、貰った地図通りに進むとするさ。どうせ他の道は良く分からないしな」
「けど、このルートは凄いわよ? 凄い、大変そう」
「じゃあトトアラさんはどうするんだ? 別の道を行くのか? それとも棄権か?」
「わ、私は……ちょっと考え中」
自分と同じように腕を組んで険しい顔をするトトアラ……の強調された胸をさり気なく見た後、メルクは肩を竦めて再び目を瞑った。
そこに、打ち鳴らされるブレガの両掌。
「皆さま、ご静粛に。一つ、言い忘れていたことがありました。あと一時もすればこのギルドからログホルト市へ向けて、馬車が出ることになっています」
「……馬車だと?」
「ええ。試験官の業務をログホルト支部のギルド職員へ引き継ぐためにギルドが用意した馬車なのですが……あいにく大きさを間違えてしまいました。なんと冒険者ギルドとしたことが、二十人も乗れる『魔馬車』を用意してしまったのです。いやぁ、うっかりですねぇ」
少しも感情の籠らない声でそう言ったブレガの言葉は、どうにも胡散臭い。彼が普段からそう言う喋り方なのだろうと言う事はこれまでのやりとりで察することはできたが、それにしたって嘘くさい。
メルクは大いに不信感を抱いた。
「一つ聞きたいんだが、質問いいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「その『魔馬車』ってのは、ギルド前に停まっていた馬車の事か?」
「はい。御覧になられましたか?」
メルクの問い掛けにブレガが肯定すると、「あ、俺も見たぞ」「と言うよりギルド前にあったら誰でも気付くよな?」なんて言葉が辺りから上がる。
道幅の半分を占領していたのだ。誰もが気付いて当然だろう。
「一時の後、ギルド職員が『魔馬車』に乗り、引継ぎの書類を持ってログホルト市へ目指します。ギルドは一切の責任を取りませんが、希望する方がいましたら同乗してもいいですよ」
しかし続くブレガの言葉で、全員が呆気にとられ一瞬黙り込む。そしてその後、室内は大きな歓声に包まれた。
「おーいっ! マジかよっ?」
「はぁ? やったじゃんっ!」
「……い、いいのかよ? それなら当然乗るわ」
「なんだ、散々脅しといてそういう事かよ。ちゃんとギルドも考えてんだなぁ。二十人乗りってことは、全員乗れるしな」
その救済案とも思える内容に、安堵した様子の受験者たち。彼らを横目で見ながら、メルクは彼女なりに頭を働かせていた。どうも話が妙に思えるのだ。
(理由を明かさない会場の変更。配られた地図とルートを示した赤い線。そしてそれらを台無しにするかのような、ログホルトまで行く『魔馬車』……それもあの『魔馬車』は……)
通常の『魔馬車』であれば、エンデ市からログホルト市まで比較的安全な道を通っても一週間はかからず辿り着くはずだ。
大所帯の客車だが、それを曳くのは三頭もの『魔馬』である。彼らの力をもってすれば、五十人だって余裕だ。問題ないだろう。
問題があるとすれば、メルクが観察して発見した『魔馬』たちの異常。それが心配した通りのものなら、おそらくこのブレガの提案は『罠』だ。あの『魔馬車』に乗ったとしても、期日までにログホルトまでは辿り付けまい。
「では、一週間後までにあらゆる手段を尽くしてログホルト支部までお越しください。以上で私の説明は終わりです。自己責任で『魔馬車』への乗り合いをご希望の方は、この場に残ってギルド職員の準備ができるまでお待ちください」
メルクの心配をよそに、当然のように室内に居残る希望者たち。もう、一週間以内にログホルトへ着くことが確定しているかのように、お喋りに興じている。あれほど不満を抱いていたブレガに対する称賛が聞こえるあたり、現金な者どもである。
「さて……」
そんなざわめきの中、メルクはゆっくりと立ち上がって出口を目指す。色々と考えた結果、徒歩で旅することに決めたのだ。
それが単なる深読みだったのならそれでもいい。ようはブレガの言ったように、どのような手段を使ってでもログホルトへ期日前に着けばいいのだから。
素直に『魔馬車』を使用した者が早く着いたとしても、メルクだって一週間以内に着けばいいのだ。
「おや? あなたは『魔馬車』を使われないのですか?」
一人出口へ向かうメルクに、気付いたようにブレガが声をかけて来た。メルクは首を少し捻って目だけを彼に向け、小さく頷いて見せた。
「ああ、遠慮しておこう。集団行動は苦手なんだ」




