第四十五話 『元』試験官ブレガ
「納得できない? えーと、あなたは?」
立ち上がった巨漢を前に、ブレガは動じることなく名を尋ねる。名を尋ねられた巨漢は、緩慢な動きで歩を進め、やがてブレガと一歩ほどまで距離を詰めて彼を見下ろした。
「俺はゼテスター。初めて冒険者試験に受験する男だ」
「そうですか。ではゼテスターさん。納得されないと言う事は、今回の試験を棄権すると言う事でよろしいですか?」
「いや、そうじゃねぇ。そうじゃねぇよ、ブレガ試験官……いや、元試験官か? 俺は今日から冒険者を始められると思ってたんだ。それが一週間お預けだぁ? それも、「ログホルトに一週間で行け」なんて無茶なことまで言いやがる……さすがに俺たちを舐めすぎじゃねぇーか?」
肩を怒らせながら自分よりもはるかに背の低いブレガに目を見開いて顔を近づけるゼテスター。その迫力と言えばなかなかのものだ。彼は冒険者よりもやくざ者に向いているように見えた。
(冒険者ならぬ暴力者――なんてな……)
突如発生した不穏な空気に受験者たちが怯む中、メルクは欠伸を噛み殺しながらそんな下らないことを益体もなく考える。
こちとら初めての冒険者試験に緊張してあまり眠れなかったのだ。戦闘時や身体を動かしていれば眠気など忘れるが、椅子に座っているだけでは睡魔が強くなってしまう。これ以上眠くなる前に、早く説明とやらを始めて欲しい。
「もちろん舐めているつもりはありません。弁明するつもりもありませんが、試験を受ける際の注意事項にも「試験内容及び、試験会場の急な変更に受験者は異を唱えない」と記してあります。お読みになったのでは?」
「ああ、読んだぜ? けど、書いてるからって何でもやっていいのかい? そんなまどろっこしいことしないで、この場でちゃっちゃと決めちまおうぜ?」
「この場で? 如何なる試験でお決めになると?」
首を傾げたブレガに、ゼテスターは背筋を伸ばして拳を打ち鳴らした。
「あんた、三等級冒険者って言ったよな?」
「はい」
「つまり、あんたを倒せば少なくとも六等級冒険者以上の実力になるわけだ。ってことでよぉ、試験はあんたを倒せたら合格ってことにしねぇか?」
突然のゼテスターの提案に、受験者たちは一斉にブレガの方を窺うように見た。その表情を見るに多くの者はゼテスターに賛同しているようだ。
少なくとも一週間かけて試験会場に行き試験を受けるよりも、今この場でブレガを倒す方が早いと考えたのだろう。たしかにブレガは眼鏡を掛けてひょろりとした体型をしており、外見はそれほど強そうには見えない。
(舐めてるのはどっちだか……)
一方のメルクは、そんなこの場の雰囲気に呆れてしまった。
現在の三等級冒険者の平均的な実力など知らないし、その三等級の中においてブレガがどれほどの強さなのかは知らない。
だが長年の経験から眼鏡を掛けた貧相な体格のブレガは、禿頭の巨漢であるゼテスターよりも実力は遥かに上であろうと察せられた。そもそもそうでなければ、彼はこの場にいないだろう。
「……申し訳ありません、ゼテスターさん。一介のギルド職員に過ぎない私には、試験内容を決める権限はありません」
「なにぃ? へっ、逃げるのかい」
軽く頭を下げて当然のように断ったブレガを、ゼテスターは不満気な顔で揶揄した。それに対し頭を上げたブレガは表情を変えることなく、無感情な目で頷いた。
「ええ。仮に私に決定権があったとして、ですがその試験方法はやめておいた方が無難でしょう」
「あん?」
「その試験ではあまりにも合格率が下がってしまいます。さすがに今回の受験者だけそのように難易度を上げてしまうのは――ええ、可哀そうですね」
「……ほ、ほう。言うじゃねぇか」
(おや? 涼し気な顔して割と激情家かな?)
およそ感情と言う物を感じさせない眼鏡の下の瞳にそう煽られ、ゼテスターは不満げに拳を握りしめた。
そして暗に「お前たちでは私に勝てない」と言われたようなものである受験者たちも、剣呑な顔つきでブレガを睨みつけている。
もともと無茶な事を上から目線で言われていたのだ。ブレガに対する反発心が余計に強まった形となったのだろう。
「そう言う偉そうな台詞はっ! 俺の拳を避けてからにしやがれっ!」
額に青筋を浮かべたゼテスターの大振りされた右腕の拳が、突如としてブレガに襲い掛かる。
隙の大きい力任せの一振りだが、生身に当たればただではすむまい。そんな一撃がブレガに迫り――。
「避けましたが……何か問題がありますか?」
しかし顔の位置を少し動かしただけで躱されてしまった。
全くの不意打ちだ。それをこうまで狙ったように最小限の動きで完全に躱すなど少し信じられない。
ゼテスターの暴挙に驚いた受験者たちが、今度はブレガの回避に絶句させられてしまう。
「ちっ、外したか。いいか? 今のはあんたが避けたわけじゃねぇっ! 俺が外しただけだ」
「往生際が悪いですね……」
「ほざけっ!」
再び繰り出された右の拳。今度は真っ直ぐブレガの顔面目掛けて放たれたその拳は――だが囮だ。
本命は左から回り込むように襲い掛かる鉤状の打撃。ブレガはそれらを、足を一歩引いて余裕で躱してしまった。
「な……」
首を反らすことなく。上体を仰け反らせることなく、単に身体ごと一歩引いただけ。そんな先ほどとは打って変わって非効率的な動きで見事躱しきって見せた。
これにはさすがのゼテスターも度肝を抜かれたのか、怯んだように拳を下げる。
「これだけ分かりやすく避けて見せたのです。理解できましたか? 現時点であなたがいくら拳を振るったところで、一つも私に掠りませんよ」
「ぬぅ……」
(魔力を目に集中させて視力を底上げしてるんだな? 一種の魔眼みたいなものか)
悔しがるゼテスターと顔色一つ変えないブレガを見比べながら、メルクは彼らの魔力に注意を向ける。
ブレガの魔力はそれほど多くはない。いや、魔法使いではない人間であれば平均的な量と言えよう。あくまでエルフであるメルクと比べた場合の話だ。
だがその分、魔力を一点に集中させる魔力操作に長けているようだ。ブレガはこの方法で自分の瞳を魔眼のように強化し、ゼテスターの攻撃をすべて見切ったのだろう。
対してゼテスターと言えば、調べるまでもなく魔力量は乏しい。まるで前世のメルクを、つまりエステルトを見ているようだ。その経験から言って断言できるが、彼は魔法を使う才能はないだろう。と言うより、使えないに違いない。そもそも自分で感じ取れるほどの魔力がないのだから。
だからこそ自身の肉体を鍛え上げ、そしてその肉体には絶大な自信があったはずだ。それがああまで歯が立たないとは……肉体的なダメージはないが、ゼテスターの完全な敗北と言えるだろう。
「ご納得いただけたのならお座りください。今なら不問と致します。しかし、まだ私に攻撃をしてくるのであれば、私も自分の身を守るために反撃させていただきます。そしてその上で、あなたを失格処分と致しましょう……さて、どうされますか?」
「……ちっ、分かったよ。今回はあんたの顔を立ててやらぁ」
「それはどうも」
無感情な目でブレガに見上げられたゼテスターは、禿げ上がった後頭部を乱雑に掻き毟ってから、乱暴な足取りで席へ戻った。
その姿に、先ほどまでゼテスターに賛同し、ブレガと対決することを望んでいたように見えた受験者たちも諦めたように座り直す。
およそ戦闘とも言えない格の違うやりとりを見て、ブレガの実力を思い知ったのだろう。
「さて、それでは改めて試験会場となるログホルト市への移動に関してご説明させていただきたいのですが――よろしいでしょうか?」
「……」
ブレガのその確認の言葉に、今度こそ異論の声は上がらなかった。
ランキングの端に引っかかったようで、
昨日だけでたくさんの方に読んで頂けました。
狙ってもとれないのに、諦めたら載る。不思議ですね。
もちろんランキングに載れたのは、拙作に手間を惜しまずブクマや評価ポイントをくださった方々のおかげですが、ここまで書けたのは読んでくださる方々がいたからです。
皆さまありがとうございます。




