第四十三話 送り狼と翼狼殺し
メルクの護衛役を買って出た男たちに連れられるがまま街を歩けば、何やらどんどんと人気のないところに案内される。
人通りの多いところからゆっくりと時間をかけて、少しずつ人のいない場所へと向かって歩いてきたため、意識していなければその事に気付けなかったかもしれない。
若い男たちは盛り上げるように陽気に話しかけ続けていたので、気付いたとしてもすでに人影はまばらで、助けを求められる状況ではなくなっていただろう。
このやり方をみるに、どうやら男たちはこういった悪事に慣れているようだった。
「……この辺りでいいだろう」
さり気なくメルクを先に狭い路地へ入らせた男たちが、まるで入ってきた場所を塞ぐように立ちはだかった。
「……なんのつもりだ?」
「『推薦状』を出せ。そうすりゃあ命は残しといてやる」
懐から短刀を取り出した男の一人が、笑みを一切含まない真剣な顔つきでそう言った。先ほどまでの優男然りとした軽薄な笑みが引っ込んだ姿はなかなかに勇ましい。その表情の切り替わり方に、肝の小さい者なら怯えかねない。
「へっへっへ。逃げようとなんて考えんなよ? そんだけの器量、俺たちだって壊したくはないからな」
もう一人の男は打って変わって薄ら笑いを浮かべながら、同じように懐から得物を取り出す。
取り出されたのは小さな金槌のようなものだ。あまり戦いに向いているとは思えないが、拷問にはさぞかしお誂え向きだろう。暗に抵抗すれば、あの金槌で拷問すると言いたいのだ。
(ふーん、そうか。分かれたのは挟撃するためだな?)
さり気なく通路の反対側に視線を送って、そこにも立ちはだかるように長剣を構えて突っ立っている男を認め合点がいった。
最初三人で尾行していた彼らはメルクを待ち受ける人間と誘い出す人間に分かれ、ここで襲うことにしたようだ。
しかしそうなると、気になることがある。
「最初に私へ絡んできた男。あの男もお前らの仲間か?」
「へっへ、違うに決まってんだろう。あんな見るからに愚図なおっさんを、誰が仲間に引き込むかよ」
「では先ほどのやりとりは、仕組まれたことではないのだな?」
「当たり前だ。お嬢さんを狙っていたら都合よくどっかの馬鹿が絡んでくれてな。そいつからあんたを守ってやれば簡単に俺たちを信用するだろう? 咄嗟に二手に分かれて挟み撃ちすることを思いついたのさ」
「なるほど」
自慢気な顔で経緯を説明する金槌男。どうやら臨機応変に講じた策に、メルクが上手く引っかかったと思い悦に入っているようだ。腹立たしいが、今は見逃してやる。
それより、つまりはあのナンパ男が無関係だったと言うわけである。メルクは少し安心した。
あの男がこいつらの仲間であるとすれば、探し出して釘を刺しておく必要があるかもしれないと考えていたのだ。だが、仲間でないのであれば必要あるまい。
メルクを取り囲んだこの三人の男たちを脅しつけて、二度と関わろうなどと思わさせなければいいのだ。
「『推薦状』を出せ」
短刀を持った男が、表情一つ変えないメルクを訝し気に睨みながら再度促してきた。しかし、メルクは動じずにその目を見返した。
「『推薦状』には私の名前が載っている。他人には使えないぞ」
「ふん、そんなものはいくらでも偽装できる。それに、使う必要もあるまい」
「なに?」
「なんせ、あんたの『推薦状』を書いたのはあの勇者の弟子、ヨナヒムだ。それだけでとんでもない額が付く」
「……そうなのか?」
「とぼけるなよ。ギルドの中であんたがヨナヒムと親し気にしてるのを見たんだよ。その『推薦状』、ヨナヒムが書いたんだろう?」
「ああ、ヨナヒムに書いてもらった。だが、そうじゃなくて――あいつが書いたくらいでそんなに値が吊り上がるのか?」
「……はぁ?」
メルクの言葉に、男たちは呆けたようにお互いの顔を見合わせ、そして首を傾げて盛大に間抜け面を晒した。
「そりゃあ……ヨナヒムは勇者フォルディアの唯一の弟子。つまり、フォルディアの後継者だ。おそらく、世界で一番有名な冒険者の一人だ」
「おまけに見てくれもいいからな。あの男の『推薦状』ってだけで、金持ちの好事家が、挙って買い求めるぜ」
「へぇー、そんなもんか」
強盗らしくもなく割と丁寧に説明してくれた男たちに、メルクは気のない相槌を返した。やはりどうも、冒険者がアイドルのように扱われている事に理解が追い付かない。あんなものは、メルク以外にとってただの紙に過ぎないはずだ。
「……調子の狂うお嬢さんだなぁ。その『推薦状』の価値も知らないくせに、ギルドであれだけ見せびらかしてたのかよ」
「いや、知らないからこそ不用意に周知してしまったのかもな。まぁ、どうでもいい。とにかくその『推薦状』を渡せ」
「断る。この『推薦状』の価値など知らんが、これは私のためにヨナヒムがわざわざ書いてくれたものだ。それをおいそれと他人にやるわけにはいかない」
「ふん、健気だねぇ。だが、強盗にそんな言葉が通用すると思うなよ?」
短刀を構え、男がじりじりと距離を詰めてくる。その構えはなかなか様になっているが、持っているナイフはどうやら鈍らだ。
それではとても、メルクの硬化した魔力を貫くことはできないだろう。
「……一つ聞きたい。お前たちは『推薦状』を奪って、冒険者試験を受けたいとは思わないのか? 手慣れた様子を見るに、私とは別の人間からも何回か奪ってきたのだろう?」
「冒険者試験? あんなもん、一回受ければ十分だよ。十分――無理だって思い知った」
「無理?」
「ああ。あんな試験をパスできるのは、一握りの化け物だけだ。つまり――俺たちに『推薦状』を奪われるようなど素人やお嬢さんには、到底無理だってことだよっ!」
距離を詰めていた男が、言葉の途中で勢いよく地面を蹴って飛び掛かってくる。
その身体の移動速度自体は早いが、ナイフをメルクへ突き入れてくる動きが馬鹿みたいに遅い。これはあえて避けられるように攻撃を遅くして、脅しをかけるつもりなのだろう。
どうやら最初の話通り、命まで奪うつもりはないようだ。
「賊にしては、割と優しいんだな」
「――っ?」
わざと男が避けられる速度で突き込んできたナイフを、メルクはピクリとも動かずに迎え入れた。
ナイフはそのままメルクの胸へ深々と突き――刺さらない。
それどころか硬化した魔力に阻まれ、男がもっていたナイフは澄んだ音を残して中ほどから砕け折れる。
これには攻撃してきた男も信じられないような顔をした。
「な、その服、特殊素材か?」
「ああ。母が編んでくれた一張羅だっ」
「ぐふっ?」
困惑した男の鳩尾に、メルクは軽く拳を叩きこむ。それだけで男は悶絶し、しかし巧妙に急所を外したので気絶する事も許されない。
ただただ痛みに息もできず、地面を無様に転がるだけだ。
「お、お前っ!」
金槌を持っていた男が、メルクの頭目掛けて振り下ろしてくる。どうやら短刀の男同様、メルクの服が特殊な素材でできていると考え生身の部分を狙ったようだ。
やはりメルクはその攻撃を避けず、勢いよく頭と衝突した金槌は男の手から弾き飛ばされた。
「あがっ? 痛ってぇ? ど、どうなってんだよ、お前っ! お前、どうなってんだよっ!」
強い衝撃が加わったのか手首を握りながら後退る男に、メルクは無造作に距離を詰めた。
「お前は今、私の頭に攻撃したな? それはつまり、先ほどの奴と違って殺すつもりだったと言う事だな?」
起伏のない声での問い掛けに、男は今さら手を出してはいけない相手に手を出してしまったことに気付いたようだ。
自分よりも背が低いメルクを相手に眼球を震わせて、顔中に冷や汗を浮かべ始めた。意味もなく前に突き出された両腕は痙攣するように震え、寒冷地にいるかのように上下の歯が不随意に打ち鳴らされる。
「あ……いや――」
「じゃあ、死んでも文句はないな?」
メルクは握りしめた拳を、呆けた男の顔面に向けて鋭く放った。しかし間合いが調整されたその一撃は男の顔の直前で止まり、拳に押し出された空気だけが男に触れた。
「――あ」
たったそれだけで失禁し、膝から崩れ落ちる男。
自分が生きている事に気付いていないかのように放心し、眼や鼻から汁を垂れ流している。
「そこまでビビることもないだろう……」
少し驚かす程度のつもりだったが、ここまでの反応をされるとメルクの方が困ってしまう。
意外にもこの男、メルクが思っていた以上に相手の実力を測る感覚が備わっていたようだ。そうでなければいくら雰囲気が怖ろしくとも、メルクのような見た目の少女にここまで醜態は晒せまい。
まぁ、結局はメルクを襲ってしまったあたり、その感覚も役には立たなかったようではあるが。
「――っと。逃げるのか?」
メルクを誘い出した男たちを無効化すると、それを目撃していた待ち伏せ男が路地の先を駆け抜けていく。
どうやら仲間を見捨てて逃げることにしたようだ。
まぁ、賢明な判断だと言えるだろう――メルクから逃げ切れるだけの走力があればの話だが。
「ふっ」
メルクは足元から魔力を放出して、その反動を利用し一気に距離を移動した。そして容易く逃げようとしていた男を追い抜き、今度は反対に立ちはだかってやった。
「おいおい。待ち伏せしといて逃げるなんて、あまりにつれないんじゃないか?」
「か、勘弁してくれっ! ほ、本物だと思わなかったんだよっ! どうせ容姿が気に入られて『推薦状』を書いてもらっただけの小娘だと思ってたんだ。ヨナヒムの情婦だと思ってたんだ!」
メルクに長剣を向けて威嚇しながら、そんな命乞いをする男。一体何がしたいのか良く分からないが、おそらく相手だってそうなのだろう。
自分が何をしているのか理解できない程、追い詰められているに違いない。
「失礼な奴だな。だが、しっかりと反省はしているようだ。もし、お前たちが二度と私に関わらないと誓うのならば――」
「ち、誓うっ! 誓うから助けてくれっ! 俺たちは二度とあんたに関わらないっ!」
震える切っ先をメルクに突き付けたまま、ぶんぶんと首を縦に振って主張する男。メルクは少し呆れながら、彼が持つ剣を右掌で掴んだ。
「……え?」
「そうか、誓うのか。誓うのなら――今日はこれだけですませてやる」
メルクが掴んでいた男の剣が、まるで飴細工のように簡単に砕け折れた。仮にも鉄製だ、金属である。それがこうも簡単に砕ける光景は、そうはお目に掛かれまい。
「い、い?」
「もし、今度私がお前たちを見ることがあれば……」
剣を握り砕いたままの腕の形で、メルクは目を見開いて固まっている男を薄笑いで見上げた。
「次に砕けるのはお前の全身の骨だ」
「は、はぁああ……」
へなへなと、魂が抜けたように男は座り込んだ。
今度は失禁まではしなかったようで、場違いにも少しずれた安堵をする。
「では、仲間は連れて帰れよ?」
聞こえているかどうかも分からない呆けた顔の男にそう言い残し、メルクはその場を後にした。
この男たちと会うことは、きっと二度とはないだろう。
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