第四十二話 送り狼
その気配には、冒険者ギルドを出た時から気付いていた。と言うよりも、ギルド内からメルクの事を監視していた者たちが、そのまま後をつけてきたのだろう。
(……これが受付嬢が言っていた『推薦状』狙いの強盗か?)
気配は三人。
いずれも感じる魔力は並み以下で、魔法使いの可能性は低いだろう。
魔力を巧妙に隠す事のできる凄腕の魔法使いならば厄介だろうが、これほど簡単に追跡を悟られるなど――その線は薄いと見ていい。
『推薦状』と受験票はしっかり上着の内側へしまっているので、そう簡単には盗られない。体当たりでもされない限りは、掠め盗られる心配もないはずだ。
(一応、身体を魔力硬化で覆っておくか)
不意打ちに備え全身を硬化した魔力で包み込むメルク。その発動はごく自然で、彼女を最初から魔力ごと視ていなければそれと気づけなかっただろう。そして仮に彼女の魔力硬化を目の当たりにした者がいれば、その無駄が一切ない魔力操作に戦慄し、手を出してはいけない相手として身を退いていたはずだ。
だが残念ながら――あるいは幸いにも――追跡者の中に、おそらく魔力を視る事のできるほど腕の立つ者はいまい。
背後を警戒しつつ、久しぶりに歩くエンデ市内をきょろきょろと眺め回すメルク。やはりこうして一人で歩いていると、自分のペースで見て回れるので悪くない。この機会に、気になった物や目を惹いたものをじっくりと観察する。
(なんだか腹が減ったな)
里を出てから何も食べていなかったので、目に付いた屋台で兎肉の串焼きを購入。少し行儀が悪いと思ったが、それを食しながら街を歩くことにした。
「なぁ、お嬢さん。他所から来たのかい?」
「ああそうだが……わかるのか?」
歩いていると、前から歩いてきた中年の男に声を掛けられた。人の多い通りで堂々と話しかけて来たことや害意のないところを見るに、強盗や物盗りの類ではなさそうだ。単なるナンパなのだろう。
「そりゃあわかるよ。なんだかあちこち眺めていたからな。どうだい? もしよければお勧めの場所とか案内するよ?」
「いや、けっこう。一人で散策するのが好きなんだ」
「そう言わず一緒に歩こうよ。他所の人にもこの街のいいところを紹介したいんだ」
「結構だと言っているだろう?」
少々強引にこちらの腕を取ろうとしてきたので、さっと引いてさり気なく躱す。そのメルクの動きに男は目を軽く見開いた後、諦めが悪いのか不格好な笑みを浮かべた。
「人の好意は素直に受け取るものだよ? それに、この辺は物騒だからそんな木の棒だけじゃ危ないし」
「私は強いから平気だ――ん?」
いい加減しつこい相手をどうやって穏便に追い払おうかと考えていたメルクは、背後の異変に気付いた。
先ほどからメルクを追跡し、静観していた者たちのうち二人が、一気に距離を詰めてきたのだ。
これほど人の多い場所で襲ってくるのが意外で違和感を覚えたが、即座に撃退できるよう拳を握る。
すると、
「おい、おっさん。みっともねぇから引っ込めよ」
やはり二人の男が現れ、メルクとナンパ男の間に割って入るように声をかけて来た。
「な、何だ君たちは?」
「あんたこそなんだよ? 年甲斐もなく若い娘に粉かけやがって。嫌がってんだから引っ込めよ」
「だせぇぞ、おっさん」
中年の男は若い二人に凄まれ、狼狽したように拳を構えた。
「お、俺は若い頃、冒険者を目指してたことがあるんだ。や、やるってんなら――」
「おらっ!」
「ひぃっ?」
若い男の一人が繰り出した拳が、中年男の鼻先で止まる。ただそれだけ中年男はへたり込み、腰の抜けたような足取りで逃げ出した。
「へへ、ざまぁねーな」
「お嬢さん、怪我はないか?」
男を追い払った若い男たちは、飛び切りの笑顔でメルクを見下ろしてくる。そのあまりのいい笑顔に、
(あ、こいつら何か企んでるな)
メルクは一瞬で気付いた。
そもそも何も企んでいなければ、人の後をこそこそつけるような真似はしないだろう。
絡んできた相手を追い払い、どんなにいい笑顔をこちらに見せようとも、二人の男は信用できない。それがメルクの心証だった。
「……ありがとう、助かった」
「いいってことよ。美人は大変だな?」
一応礼を言ったメルクに、男の一人が照れ臭そうに笑った。そしてもう一人の男を見て、今思いついたように提案する。
「そうだ。どうせならこのお嬢さんの護衛をしないか? 今日一日俺らは暇だし、またさっきみたいなことがあるといけないしな」
「いや、それにはおよば――」
「うーん、面倒だがそれもいいかもな。こんな美人なお嬢さんが暴漢に襲われたら目覚めが悪いし。よし、じゃあ俺らの知ってる穴場に案内するか」
「いや、だから――」
「よし、決まりだぜ。さぁ、お嬢さんついてきな」
強引に話をまとめ、勝手に歩き出す男たち。メルクは一瞬このまま背を向けて逃げようかとも考えたが、どうせ見つかったらまた付きまとわれるだろう。
このまま放置して宿までついてこられると面倒だ。間近で接してはっきりしたが、この男たちは大したことのない小物である。逃げて身を隠すよりも、力で脅して二度とメルクに近づかないようにした方が早いかもしれない。いや、おそらくずっと早い。
「どうした、お嬢さん? さぁ、行こうぜ」
「おいおい、俺らお嬢さんの恩人だぜ? ちょっとくらい、付き合ってもいいんじゃない?」
その場から動かないメルクに、笑顔で促してくる男たち。
彼らは気付いているのだろうか? 自分たちの眼がまったく笑っていないことに。
「……それほど言うならついて行こうかな」
そんな男たちの茶番劇に、メルクは付き合ってやることにした。勿体ぶった足取りで前にいた男たちとの距離を詰める。
「へへ、そう来なくっちゃな」
「よし、とっておきの場所に案内するぜ」
嬉しそうに笑い合い、まるでメルクの護衛をするように――あるいは逃がさないように真ん中で挟んで歩き出す男たち。
そんな彼らに笑いかけ、メルクはすっかり食べ終えて、肉が無くなった串を無造作に咥える。
彼らは気付いているのだろうか? メルクの眼がまったく笑っていないことに。




