第四十話 試験受付
「……ヨナヒムさんと……『暴火の一撃』と親しいのですか?」
「あー『推薦状』を書いてもらう程度には親しいな」
「――そうですか」
メルクの言葉に窓口の受付嬢であるナーノが物言いたげに頷いた。
「すげぇ、『暴火』に推薦されたんだってよ?」
「へぇ、じゃああの娘、試験に受かったら『暴火』入りかよ。勝ち組だな」
「でも強そうには見えねぇな……ヨナヒムの愛人枠じゃねぇーの?」
「……たしかに。すげぇ美人だしな」
ヨナヒムがメルクの『推薦状』を書いたことを知った周囲が途端にざわつき始める。
(なんだ? なんでこいつらこんなに騒いでるんだ?)
単純に、『推薦状』を書いた本人に自分の名を書き足してもらっただけで、どうして騒ぎが起こっているのか理解できずに首を傾げた。
たしかに、ヨナヒムは割と名を売っているパーティーのリーダーではある。しかし、『推薦状』くらい書くこともあるだろう。
仮に初めてだったとしても、二等級冒険者――いや、現時点では単なる三等級冒険者だ。そこまで騒ぎ立てる意味が解らなかった。
十五年前であれば、一等級冒険者のエステルトやフォルディアが『推薦状』を書いたとして、しかしきっとこんなに騒がしくならなかったに違いない。
「――うるさいわねっ! これ以上騒ぐなら、燃やすわよ?」
考え事をしていたメルクの耳に、エレアが持っていた槍の石突きを床に叩きつけて大きな音を鳴らす。
その凄みに気圧されたのか、騒ぐ声が小さくなりやがて消えた。その様子を確認し、エレアが鼻を軽く鳴らして不機嫌さをアピールしている。
「乱暴な奴だなぁ」
「そうですか? 今のはメルクさんを庇ったのでは?」
苦笑しながら呟いたメルクに、ナーノが不思議そうに首を傾げた。そんなナーノに
「……あぁ、そうだといいがな」
煮え切らない返事をしてエレアに少し視線を送った。
(私のため――ではないだろうな)
無論、エレアが怒ったのは、ヨナヒムのためだろう。ヨナヒムがメルクを愛人にするような人間に思われたことに憤慨したに違いない。そしてメルクごときをヨナヒムの愛人だと考える者たちに腹が立ったに違いない。
まったく、健気な娘である。
「えーと? たしか書類に必要事項を記入するんだったか?」
「え? あ、はい」
メルクと同じようにエレアに視線を送っていたナーノに声を掛ければ、彼女は我に返ったように紙を二枚を取り出した。
「では、こちらをお読みになり、必要事項にご記入ください」
「ああ」
注意事項が書かれた紙を最初に読むメルク。そこには 冒険者試験を受けるにあたっての注意や冒険者になった場合の遵守しなければならない事柄などが示されていた。
「試験時にいかなる損害を受けたとしても、冒険者ギルドはこれを関知しない――か」
「はい。全て自己責任となります。そのことに納得されたうえで試験をお受けください」
それだけ危険な試験なのかもしれない。しかし冒険者になる以上、そういった危険は避けて通れないだろう。
(ふーん、しっかりと決まり事や制度が決められているんだな)
メルクは注意事項の紙を一通り眺め見て、何やら気になる一文を見つけた。
「……受験の意思表示をした時点で、試験は既に始まっている……」
その中でも気になった一文を読み上げれば、ナーノは我が意を得たりとばかりに頷いた。
「ええ、その通りです。つまり今、この時も評価は行われているのです」
「あなたは先ほどの受験者に、「試験は三日後」だと言ったな? その試験まで三日間の行動も評価されるのか?」
「はい。まぁ、監視を付けたりするわけではないですけどね」
「……分かった。それで、試験は月に何回あるんだ?」
「いえ、月に何度もあるわけではなく、年に三回を予定しています。つまり四か月に一回。今回を逃せば、次回は八の月に受けていただくことになります」
「そ、そうか」
(うわぁ、ぎりぎりだったな……)
素知らぬ顔で頷きながら、メルクは内心の動揺を押し殺した。
ナーノが言うには仮にこの試験を逃していれば、四か月も待つ必要があったと言う事だ。
エルフ族は長命なので別に急ぐ必要もないが、やはり一回で受からないと元一等級冒険者として格好がつかないだろう。それに、何度も『推薦状』を書いてもらうのも心苦しい。
「……ナーノさん。この「希望する役割」っていう欄はどう答えたらしいんだ?」
必要事項記入欄にあった質問の意味を尋ねると、ナーノは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「どう答えるも何も、メルクさんがパーティーを組んだ際に希望する役割を書いてください。前衛、後衛、あるいは支援などを書けばいいんです」
「あ、そう言う意味か」
「もし、具体的に目指す物があればお書きください。メルクさんの場合は……剣士でしょうか?」
ナーノがメルクの腰元にある木の棒を見ながら自信なそうな声を出した。
「具体的に書くといいことがあるのか?」
「冒険者証明書の発行手続きがスムーズに行われます。ただ、強制ではありませんので大まかに書いてもらっても構いません」
「ふーん」
メルクのしたいことは決まっていたので、具体的に記入しておく。
そしてすべての欄を記入し終えて返却すると、ナーノは渡された紙を食い入るように確認する。
「……メルク・ヴェルチェード? 奇妙な名前ですね」
「そうか? 気に入っているんだが」
「ああ、失礼しました。あの、希望する役割に治癒術師と書かれていますが、『治癒』はお使いになられるんですか?」
「ああ」
「なるほど。規則として治癒術師志望の方は試験の際に助太刀をお一人つけることが可能です。どうされますか?」
「へぇ、そんな制度があるのか」
言われてみれば確かに、一般的な治癒術師は戦う術と言うものを持たない。
稀に聖女と言われているらしいイリエムのように、並みの戦闘職以上に戦える者もいるがごく一部だ。世間一般の評価として、治癒術師や支援術師はあくまでも戦闘職の補佐と言う認識が強い。
そのためそう言った役割を目指す者たちへのハンデとして、助太刀なる制度があるのだろう。
「その助太刀は現役の冒険者でもいいのか?」
「はい。ただ、志望の役割を虚偽報告して不正に助っ人を立てる行為は厳罰対象です。発覚した時点で試験中止。そして二度と受験する資格を失います。もちろん、合格後に発覚した場合も冒険者資格取り消しとなります」
「なかなか厳しいが……当然の対応ではあるな」
それだけの対処をしなければ不正が蔓延ることだろう。
誰だって、一人よりも二人で受けた方が合格する可能性が増えることは知っている。
「助太刀される方にお心当たりはありますか?」
「……そうだなぁ」
少しだけヨナヒムを始め『暴火の一撃』の面々が思い浮かんだか、即座にその思考を打ち消した。
彼らには世話になったし、これ以上面倒を掛けるわけにはいかない。
それに、だ。
元々メルクは戦える治癒術師を目指しているのだ。戦闘の面においても、大抵の戦闘職と比べる必要もないほど確かなものがある。
「――いや、心当たりはないな。一人で結構」
「……そうですか」
ナーノはヨナヒムたちが並ぶ列を気にするように目線を流した後、やがて小さく頷いたのだった。




