第四話 彼女と師匠2
結果的に夕暮れまで時間はかかったが、メルクは何とか『血止め薬』を完成させた。作り方自体はルゾーウルムの言うように簡単だったが、素材を探り当てるのに難儀した。
止血作用のあるチオの葉、そして水分に触れると粘り気の出るアルプルの実の汁。これら二つは比較的早くに見当をつけることができた。むしろ、この二つを磨り潰して混ぜ合わせただけで、それらしい軟膏はできあがる。
だがそれでも師匠は合格をくれず、何度も何度もメルクの持ってきた薬を突き返した。そして陽がいよいよ暮れてきた時に、ルゾーウルムは最後のヒントをくれたのだった。
「別に単なる『血止め薬』ならあんたの作ってきた物は間違いじゃない。けどねぇ、いつか言ったと思うけれど、小さな傷口から人を殺す病の元が入り込むことがある。その病の元を殺す作用が、あんたの持ってきたものにはないねぇ」
「そうかっ!」
たしかに『血止め薬』を塗れば、病の元が入り込むことはなくなる。しかし、それ以前に入り込んでいた病の元は、出血が止まっていては体外へ出ない。そのため体内で殺す作用が必要なのだ。
ルゾーウルムの助言をもとに、殺菌成分のある植物を吟味し実際に他の素材と混ぜ合わせ試行錯誤してみる。そしてその結果、コルエ草の根を混ぜることによって見事に合格を貰えるような『血止め薬』を完成させた。
「申し訳ありません。最後に助言をいただいて、ようやく答えに辿り着きました」
至らなかった自分を恥じてメルクが下げた頭を、ルゾーウルムはこつんと叩いた。
「己惚れるんじゃないよ。私だってあんたが一人で殺菌作用のある『血止め薬』を完成できるとは思っていなかったさね」
「え?」
「本来はコルエ草の根を抜いた物で良しとし、そこから講釈垂れながら殺菌についての話をしようと思っていたんだがねぇ。あんたがあまりに早くチオの葉とアルプルの果汁を混ぜ合わせて持ってくるから、少し難易度を上げたんだよ」
「師匠……」
無茶な条件を提示なんてしないと思っていたが、これは考えを改めて方がいいかもしれない。いや、助言をもらったとは言え薬は完成させたのだ。やはり師匠の見立ては正しかったのだと思うべきなのかもしれない。
「では、両親も弟も心配していると思うので今日は帰りたいと思います」
「ああ」
何にせよ合格をもらったのでメルクが暇を告げると、ルゾーウルムは鷹揚に頷いた。しかし、直ぐに何かを思い出したような顔つきとなる。
「あ、そうだメルク」
「はい?」
「あんた、魔力操作の訓練をしてるね?」
「え?」
踵を返そうとしたメルクは、いきなり核心を突かれて振り返ることもできず、不自然に立ち止まってしまった。
「な、何のことですか?」
即座に取り繕うような笑みを浮かべてゆっくりと振り返ったが、ルゾーウルムの顔を見ればメルクの行いを確信しているのだと察せられる。
「惚けなくたっていいよ。たしかに私は魔法を使うなとは言ったけれど、魔力操作の練習をするなとは言っていないからね。ただ、魔力を体外に放出してもいるようだね? いつからだい?」
「ろ、六年前からです」
「私の弟子になる前だね。それでねぇ……子供にしたって日々の魔力増加量が桁違いだと思っていたけれど、無茶をやっていたんだねぇ」
「……」
「しかし五歳から、か。そんな小さな頃から訓練していれば、自ずと加減する力が身につくわけか……メルク」
「はい?」
「あんたは自分がしていることが危険であると認識しているかい? 魔力操作はまぁいい。けれどあんたの魔力を体外に放出して魔力量を増やしていくやり方は、一歩間違えれば死に繋がる……それを自覚しているかい?」
真っ直ぐに見据えられて、メルクは気圧されてしまった。
メルクの人格はエステルトだ。精神自体は最強の剣士エステルトそのものであると言える。だからこそ、大抵の魔物や人間に威圧されるなんてことはないのだが、この時ばかりはルゾーウルムの視線にたじろいだ。
強い眼差しに、知らずに息を呑んでしまった。
「……どうなんだい?」
「私は……私は危険を知りつつ、これまでそうやって魔力を増やしてきました。自分なりにどこまで放出していいか分かっているつもりです。だからこそ、今後もやっていくつもりです」
まるで叱られている最中に弁明した時のように情けなく声が震えた。こんな頼りなく心細い気持ちになったのは、前世で親に叱られた時以来だ。あの時もメルクくらいの歳だった。
その時は、弁明をしたエステルトは父親に強かに殴りつけられたが、この日メルクの言葉を受けたルゾーウルムは意外にも小さく笑った。
「そうかい。なら、もういいかね。メルク、今まで禁止していたが、魔法の自主練習を許可するよ。今後は魔法も教えていこう」
「え?」
「もちろん、並行して薬術に関する知識も教えていくけれど、基本的なことは今日で終わりさね。次からは治癒術も齧ってもらうよ」
「――っ! はいっ!」
「それじゃあ、テルーゼとオロンが心配するから今日は帰んな。明後日、またおいで」
「はいっ! 失礼しますっ!」
いよいよ次からは本格的な修行に入れる。そう思うと、メルクは嬉しくなって飛びあがりそうだった。
ただ、ルゾーウルムにはしたない弟子だと思われたくないので精いっぱいその気持ちを抑えて頭を下げる。そうしてルゾーウルムの家を出た後、メルクは堪え切れなくなって飛び跳ねながら家に帰った。
前世で初めて剣を買った時のような、得も言われぬ高揚感がメルクの心中に渦巻いていた。
そしてその高揚感は、帰ってから遅くなったことを両親にこっぴどく叱られてしまうまで、消えることはなかった。