第三十七話 ギルドの変遷
「俺たちはこれからギルドへ行く。メルクもついてくるか?」
『愛の剣聖亭』でチェックインを済ませ寛いでいると、別室にいたヨナヒムがメルクの部屋を訪ねて来てそう言った。
ちなみに部屋割りはヨナヒムが一人部屋、ルカとエレアが相部屋である。同じ冒険者パーティーと言えども、さすがに男女混合にはしないようだ。もちろん、メルクはパーティーですらないので一人部屋だ。
「ギルドか。そう言えば冒険者になるためには試験があるんだよな? 少し話も聞きたいし同行しよう」
「そう言うと思って、さっそく用意しておいたぞ」
ついて行く旨を告げると、ヨナヒムがメルクへ封筒を差し出して来た。中身を確認すると一枚の紙に署名があり、そして強い筆遣いでただ一文。
『此の娘、我が認めし一等級に至る者なり』
「……なんだこれは?」
「何って『推薦状』だよ。書くって言っただろう?」
「いや……こんなのでいいのか? 門前払いにされるんではないか?」
「それはない。ようは四等級以上の冒険者が推薦していることが分かればいいんだ。この文だけで十分推薦していることは分かるだろう?」
どこからそんな自信が来るのか分からず、メルクとしては半信半疑だ。なんせ『推薦状』と言うからには、もう少し格式ばった物を想像していたのだから。
「だが、これをヨナヒムが書いたとどうやって証明するんだ? こんな文、誰だって書こうと思えばかけるだろう?」
「インクに自分の魔力を含ませて書いてあるんだ。推薦者がギルドに魔力登録をしていればすぐに証明できる」
「はぁ……便利だな」
メルクがエステルトであった時代は、そんな便利な仕組みはなかった。そもそも試験などなかったし、『推薦状』などいらなかったのだから当然だ。
便利になった反面、つくづく面倒な時代になったものだ。
「どうして、冒険者になるのにわざわざ試験なんてあるんだか」
「うん? それはもちろん、冒険者の数を減らすためさ。以前は銀貨一枚払えば誰でも冒険者になれたらしい」
「それでいいじゃないか」
メルクがエステルトだった頃は、銀貨一枚支払ってまで冒険者になりたがる者などほとんどおらず、はっきり言って日陰者であった。
一攫千金のチャンスもあるが、それは一握りの選ばれた者のみだ。大抵の者は、分不相応な依頼を受けて命を落とすか、あるいは小さな依頼を日々いくつも受けて細々と暮らし、やがて目立たずに死んでいく。
生活に困り追い詰められた者か、他の仕事では適合できなかった者か、あるいは酔狂なもの好きか――メルクが知る冒険者とは、皆そのような者だった。
決して、憧れて目指すようなものではない。
「今じゃ冒険者の地位は格段に上がった。冒険者試験を受かった者は一目置かれ、新人であっても優遇される。平民や農民はもとより貴族でさえ、騎士よりも冒険者を目指す者の方が多いと聞く」
「はぁ? なんでそんなことに」
「四英雄だよ」
「……四英雄?」
何故そこでエステルトたちが引き合いに出されるのか分からず首を傾げると、ヨナヒムは腕を組んで壁にもたれかかった。
その様子を見るに、どうやら話は長くなりそうだ。
メルクは『推薦状』を封筒にしまった。
「今まで『仇為す者』を討伐できたのは、大国の騎士団か一国の軍団。時には異世界より神に導かれた者を召喚したなんて言われているが、真偽のほどは確かじゃない。なのでこれは置いておく――すると、だ。『一陣の風』だけなんだよ」
「なにが?」
「少数精鋭で『仇為す者』を討伐したのは彼らだけなんだ。それまで冒険者とは冷遇され、まともな職に就けない者たちがなるものだと信じられてきた。それが彼らがわずか四人で世界を災厄から救ったことで見方が変わったんだ。冒険者ギルドに人々が殺到した」
「……それは、何とも現金なものだ」
「そうは思う。だが、それだけ彼らは凄いことを成し遂げたとも言える。とにかく、彼らに憧れて冒険者を目指す者が増え、ギルドはその処理に追われた。身の程も知らずに高位の依頼に手を出して命を落とす者。冒険者であることを笠に着て威張り散らす者。人口が多いが上に起こる様々なトラブル……それらに困り果てたギルドは苦肉の策を打ち出した」
ここまで説明されて、ようやくメルクにも話が見えてきた。
「つまり、その苦肉の策って言うのが冒険者試験なんだな?」
「ああ。試験をすることによって安易に冒険者になれないようにしたんだ。試験を合格した時点で、そいつはかなりの実力者と言える……多分、試験実施以前の冒険者の実力で言えば、四等級程度はあるんじゃないか?」
「それはすごいな。だが、反発もあったんじゃないか?」
銀貨一枚で誰でもなることができる仕事だったのが、突然試験の合否で判断されるようになったのだ。必要な対応とは言え、反発があって然るべきだろう。
「だからこそ、ギルド側も冒険者の地位を向上させて納得させたんだ。冒険者の証を持つ者は、各国の関所で通行料が無料になったり、ギルド認定の宿屋なら宿泊費が安くなったり……他にもいろいろと融通が利くようになった」
「どうやってそんなことができたんだ?」
「簡単な事だ。ギルドが各国や宿屋に予め金を払っているのさ。元から大陸中に支部があるんだ。以前よりも金が入る今、できないことじゃない」
「……気前がいい話だ」
現在、大陸中に何人の冒険者がいるかは知らないが、少なくとも五万は下るまい。それだけの冒険者のために関所の通行料や宿泊費の何割かを負担するなど以前では到底考えられないことだ。
無論、各国もギルドの恩恵に預かっているところもあるので吹っ掛けることはできまいが、それにしても規模が大きい。
「もちろん、それだけのことをしたって試験に納得できない者もいる。しかし、ギルドがそう言う決まりを作ってしまったからには、合格しないと冒険者にはなれないんだ」
「まぁ、納得できない奴は元から冒険者試験に合格する自信のない者――つまり、ギルドにしてみれば用のない人間だってことだろうしな。耳を貸してやる必要もないわけか」
自分で言っておいてなんだが、そう考えると冒険者ギルドも随分と大きな組織になったものである。
あれからわずかに十五年。たったそれだけの年月で、ここまで環境を作り変えることが可能とは。あるいは、十五年とはそれだけの時間だと言う事なのかもしれない。
「試験に合格できない者には用がない。多分、それが本音だろうな」
メルクの言葉に同意するように頷いてから、ヨナヒムは小さくニヤリと笑う。
「だが安心していい」
「うん?」
「どんな試験だろうと君は必ず受かるだろうさ。その点だけは俺が保証しておく」
自信満々な彼に、
(別にお前が試験受けるわけじゃないだろうが……)
そんな風に内心で呆れながらも、脱力して苦笑した。
「そいつはどうも」




