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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第二章 金と翡翠の冒険者
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第三十五話 剣聖


「おお、メルクじゃねぇーか」

「どうも」

「聞いたぜ? 里長に認められて成人前に『帯剣の儀』を済ませたんだってな? 渾名あだなはなんて言ったか?」

「『翼狼殺し(ヴェルチェード)』。メルク・ヴェルチェード」

「そうだ、それっ!」



 関所に着くと母テルーゼの同僚である男のエルフが、メルクに向かって気さくに話しかけてきた。嬉しそうに話しかけてきた当たり、どうやら誰も来なくて暇だったらしい。


 そもそもこの関所を普段から通るのは、里と取引している馴染みの商人か、あるいはメルクの父であるオロンぐらいだ。

 これでは関所の番が暇を持て余していても仕方ないだろうし、むしろ暇であるのは喜ばしい事なのである。


「あー、残念だったなメルク。テルーゼなら今日は非番だぜ?」

「そりゃあ一緒に暮らしてるんで知っていますよ。別に、母に用があってきたわけではありません」

「なに? じゃあ俺にか? まったく、モテる男ってのは辛いな」

「あ、そう言うのは求めてないので」


 わざとらしく髪を掻き上げて見せたエルフを一言で切り捨て、メルクは背後で様子見をしている冒険者たちを紹介した。


「冒険者パーティー『暴火の一撃ドルスウェナ・アベッシオ』の面々です。私は今日は、彼らと一緒にこの里を出るんです」

「どうも」

「ああ、『炎翼狼』を討ち取った冒険者殿らか。こりゃどうも――はぁ? あ……そうか。『帯剣の儀』を済ませたってことは、成人と同義。里を出たって何ら可笑しくはないのか」


 軽く会釈したヨナヒムに片手を上げ応えた関所のエルフは、メルクの言葉に一拍置いて反応した。

 少し声を荒らげた辺り、あまりに予想外な一言だったのだろう。


「そうか、つまり人里で暮らすってことだろう? 寂しくなるな。だが、それがお前の夢ならだれにも止められんな。まぁ、行って来るといい。行って、外の世界を見てきたらいいさ」

「ふふ、言われなくても。では、お元気で」

「ああ、お前もな……冒険者の皆さんも、どうぞ里の娘をよろしくたのんまぁ」

「はい。メルクの事はお任せください」


 お節介にも冒険者たちにメルクのことを頼んだエルフに、これまたお節介にもヨナヒムが真剣な面持ちで頷いた。

 

(いや、お前……そんな娘を父から任される婿むこじゃないんだからさ……)


 生真面目と言うか堅苦しいと言うか……だが、そう言った謹厳ぎんげんな人柄に惹かれる者も多いのだろう。例えば、エレアのように。あるいはメルクだって、ヨナヒムの事は一目置いていた。


 もう少し、いや、ヨナヒムよりもずっと軽佻浮薄けいちょうふはくではあったが、彼はどことなく勇者と呼んでいたフォルディアと似ている。

 なんだか昔から知っているような気がするのは、きっとそのせいなのだろう。


(そういや、あいつの弟子なんだっけか?)


 やはり、弟子と言うのは師匠に似るのだろうか? だとすればメルクもルゾーウルムに似ている事になるのだが――まぁ、それは考えないようにしておくのがいいだろう。


 少し上の空になったメルクより十歩近く先へ進んだところで、ヨナヒムたちが困惑したように振り返った。


「おい、メルク? どうかしたのか?」

「いや、何でもない。今行く」


 こうしてメルクは感慨も何もなく、森の関所を後にしたのだった。



 関所を抜けしばらくは、細い砂利道とその端に多種にわたり雑草が生えている風景が続く。

 無論、メルクにとっては初めての光景だ。


「メルクはエルフの里を出るのは初めてだったな? つまり、エンデ市の宿屋なんて知らないだろうな?」

「あー……まぁ、そうだな」


 エステルトであった前世に何度か訪れ、行き付けの宿屋だってある。しかしそれを馬鹿正直に話すほど、メルクは馬鹿でも正直者でもない。

 それに当時から十五年だ。馴染みの宿屋が今でもあるか分からない。仮にあったとしても、メルクが気に入っていた雰囲気そのままというのは難しいだろう。


 ならいっそ、新規を開拓してみるのも一興ではなかろうか。


「せっかくだからヨナヒムたちと同じ宿を取ろうかな? お前たちはどこに泊まるんだ?」

「エンデ市に来たら、俺たちは『愛の剣聖亭』に泊まっているぞ」

「あ、『愛の剣聖亭』……」


(うわ、何という名付けの壊滅さ……あんまり泊まりたくねぇ……)


 ヨナヒムからその宿の名を聞き、メルクの脳裏は一瞬にして拒絶の色に染め上げられた。おそらくはそれを察したのだろう。

 エレアが鋭い目つきで睨んでくる。


「ちょっと、今あんた……『愛の剣聖亭』のことを馬鹿にしたでしょう?」

「へ? あ、いや……」

「ふん、引き籠りのエルフには分かんないでしょうけどね? 『愛の剣聖亭』は、あの剣聖エステルト様が贔屓にしていた由緒正しい――」

「ぶっ?」

「ちょ、汚いわねっ!」

「ごふっ、ご、ほっ! ごほごほっ」


 エレアの口から突如として飛び出した言葉に、メルクは思わず唾を噴き出してしまった。それだけにとどまらず、唾液が気管に入り込み、無様にも盛大にむせてしまった。


「ああ、もう。ちょっと何してんのよ」


 咳こむメルクの背中をエレアが擦ってくれるが、それどころではない。先ほど聞いた言葉が、全く理解できなかった。

 

(剣聖、エステルト? な、なんだその滑稽こっけいな尊称は……)


「ごほ、ごふ……だ、誰が何だって?」

「え? あんたを引き籠りのエルフだって言ったけど」

「いや、そうじゃなくて。誰が剣聖なんだって?」

「もちろんエステルト様よ……あんた、もしかしてエステルト様も知らないの?」


 まるでメルクの事を汚物でも見るようにさげすんだ視線を向けた後、エレアは彼女から距離を取った。


「それはいくらなんでもおかしくないか? メルクは俺の師匠、フォルディアのことを知っている口ぶりだったよな? 同じ『一陣の風(アベイレイン・フロー)』のメンバーで、英雄同士だっていうのに知らないはずはないんじゃないか?」

「い、いやエステルトって言う名前は知っている。けれど、なんで剣聖なんて大層な名前をいただいているんだ?」

「大層ですって?」


 メルクの不用意な言葉に激高したように、エレアが取った距離を一歩で潰して睨み付けて来る。

 その迫力と言えば凄まじいものがあり、思わずメルクをして気圧されてしまった。


「エステルト様が剣聖に相応しくないと言うつもり? 勇者のために『仇為す者(ファルガーロ)』討伐への活路を見出し、四英雄で唯一世界のために殉じられたエステルト様を――あたいのこの世で一番の憧れを――あんたはおとしめるって言うつもりなの?」

「え……」


(えぇっ? エステルトってそんな扱いになってんの? ちょっと……えぇっ?)



 たしかに命を賭して『仇為す者』へ突撃した際、フォルディアに自分の事を美化して語れと言った覚えはある。

 

 しかしこれは――もはや美化とかの問題ではなかった。

 


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