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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第二章 金と翡翠の冒険者
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第三十四話 金の亡者と善意の男


「そうか、今は冒険者になるためにややこしい手順が必要なのか……」


 ルカの話を聞いて、メルクは思わず頭を抱えてしまう。

 

 昔――メルクがエステルトであった時代――は、そんな面倒な決まりはなかった。成人を過ぎ、ギルド加入費である銀貨一枚を支払えば誰でも冒険者になることができた。年間費の青銀貨一枚は、銀貨五十枚分なのでさすがに支払えない者も多かったが、それでも銀貨一枚払えれば一年間は冒険者をすることができた。

 貧しくても才能ある者は一年目から冒険者として依頼をこなし仕事の報酬を得ることで、年間費を払うことだってできるだろう。事実、エステルトはそうやって冒険者稼業を続けてきたのだ。

 多少は無理をしたが、それでも一等級冒険者に登り詰めるためには必要な事だった。なけなしの銀貨をはたいて冒険者になったのは間違いではなかったはずだ。


 だと言うのにこの制度では、そもそも冒険者になることすらも叶わないではないか。

 大抵の者は四等級以上の冒険者にコネなどないだろうし、『推薦状』など書いてもらえないだろう。


「はぁ。なんでそんなことになってるんだか……」

「メルク、『推薦状』ない?」

「ああ。ルカたちに会うまで、冒険者にすら会ったことがなかったからな。もちろん、そんなものはないよ」

「……書こうか?」

「ええ?」


 肩を落としながら言ったメルクに、ルカが珍しくわずかながら笑みを浮かべてそう提案してくれた。思わず前のめりに彼女を見下ろしたメルクに、ルカは嬉しそうに右掌を開いてかざす。


「へ?」

「銀貨五枚」

「……金をとるのか?」

「ん、相場は十枚。メルクは知り合いだから、五枚。安い」

「へ、へぇ……」


(金の亡者じゃねぇーか)


 いや、たしかに『推薦状』を欲している者にとってみれば、銀貨五枚でも十枚でも払えるのだろう。

 しかし、そうまでして『推薦状』を手に入れたとしても、それで合格できるとは限らない。メルクは気になっていることを聞いてみた。


「ちなみにだが、『推薦状』一枚で、試験は何度でも受けられるのか?」

「ん、無理。一度の試験に付き一枚、必ず必要」

「それはそうだろうな」


 推薦されて合格できなければ、四等級冒険者に推薦されるに値しなかったこととなる。

 そのため、もう一度『推薦状』を書いてもらって、改めて実力を認められ仕切り直す必要があると言うわけだ。面倒だが合理的だ。


「どうする? ないと試験は受けられない」

「ぐ、ぬぅ……」


「どうする?」と聞きながら、微笑して手を差し出してくるルカ。その妖艶な笑みが見られただけでもお金を払う価値はありそうだが、後から虚しくなるに決まっている。

 

(とは言え、『炎翼狼ゲゾ・ヴェルチェ』を討伐した報酬も貰っているしな。懐に余裕はあるが……)


 メルクが悩みながら懐の巾着へ手を伸ばした時、


「お? 冒険者試験の話をしてるのか?」


 エレアといちゃいちゃ――もとい言い合っていたヨナヒムが追い付いて気さくに話しかけてきた。


「そう言えば、メルクは冒険者試験を受けるんだな。『推薦状』はあるのかい?」

「いや、ないが。それを今ルカに――」

「ないなら俺が書こうか。メルクには世話になったからな」

「え? いいのか? 銀貨何枚だ?」

「銀貨? 金はいらんよ」


 首を傾げながらあっさりと言い放つヨナヒム。

 思わずルカへ視線を向けると、先ほどの笑顔が嘘のように消え、無感情な瞳でヨナヒムを見上げていた。


「……ちっ」


(うわ、露骨に舌打ちしたぞ、この娘っ)


 商売のチャンスを逃したのが悔しかったのか、一度舌打ちしてからぶつぶつと呟き離れて言った。

 その背中には哀愁あいしゅうとドス黒いオーラが漂っているように思え、何だか大変な事をしてしまったような気になった。


(ま、まぁ。ヨナヒムがただで書いてくれるならそれがいいか)


 自分自身を納得させ、メルクはヨナヒムに頼んだ。


「じゃあ、書いてもらってもいいか?」

「ああ。とは言え、さすがにこの場で書くわけにもいかないな。人里について、宿をとったらそこで書こう。そこまで一緒でも構わないか?」

「もちろん。私はお前たちがギルドへ報告に行くまで同行させてもらうつもりだったしな。ええと? この森を抜けた先にある町は、レザウ公国のエンデ市だったか?」

「ああ。俺たちは公国に拠点を置く冒険者だからな。護衛依頼でエンデ市まで来たときに、エルフの里で出された『炎翼狼』の討伐依頼を目にしたってわけだ」

「ほう」


 レザウ公国は、大陸中央のやや下の辺りにあり、古い歴史を持つ小さな国だ。

 元は、隣国のエゲレムン大王国の属国として、エゲレムンの貴族、レザウ公爵が治める国だった。

 ところが圧政を敷いていたエゲレムンで市民革命が起き、大王国は崩壊。結局、領地は散り散りとなってレザウ公国だけが残った。

 その名残から、今でもレザウ公国はエゲレムンの公爵だったレザウ家が治めているのだ。


「レザウ公国はギルド支部が一つしかない珍しい国だったよな?」

「おいおい、それはいつの時代の話だ? エンデ市にもあるし、ガルド街にもある。最近じゃあ、ログホルト市にもできたし、田舎の方にも簡易支部があるぞ」

「あ、そうなのか?」


 エステルトであった時代は、レザウ公国には一つの冒険者ギルドしかなかった。レザウ公国は国土面積も小さく、それほど冒険者もいなかった。一つでも十分事足りていたのだ。


 それが十五年ほどで、随分と増えたものだと感心する。

 

(そうか、エルフの里を出ればすぐにつくエンデ市だって、十五年以上訪れてないんだったな。今じゃあ街並みも変わっているかもなぁ)


 改めて、過ぎ去った月日の長さを感じつつも、ヨナヒムと並んで森を歩く。その背後から、ルカとエレアも何事かを小声で話しながらついてくるのだが、その音は森の中へと吸収されていった。


 相変わらずエルフの里を覆っているこの森は『迷いの森』と呼ばれるだけあって、何やら得体の知れない空気が漂っている。

 木々は鬱蒼うっそうと生い茂り、その間から今にも魔物や化け物がい出てきそうだ。


(相変わらず、嫌な森だな。ローはよくこんなところに平気で来られるものだ)


 元が人間だからだろうか?

 通常のエルフたちが「安らぎ落ち着ける」と称するこの場所は、メルクにとっては不気味なだけだった。

 外側がエルフだからか迷う事はないが、それでもあまり踏み入れたい場所とは言えない。


「おっ、どうやら関所が見えてきたようだぞ」


 森の雰囲気に背を押されるように早足で歩を進め、気にしないようにヨナヒムと無駄話をしていれば、ついに森の関所が見えてきた。


(……いよいよ、か)


 里を飛び出し陰鬱いんうつな森を抜け、とうとう関所をも超えて『メルク』にとって未知の場所に――人間の世界に、一歩踏み出そうとしていた。



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