第三十三話 推薦状
エルフの里を出て、冒険者になることを決意したメルクは人間の暮らす土地へと続く森へ向かう。
するとその森の入口に、待ち合わせをしていたヨナヒム以下、冒険者パーティー『暴火の一撃』が揃っていた。
各々、出会った時のように武装している。
「やぁ、メルク」
「ああ、少し待たせたか?」
気さくに手を上げて挨拶してきたヨナヒムに、メルクも声を返す。
待ち合わせ時間は正午。
まだ正午を知らせる里の鐘は鳴っていないので余裕があるものと思っていたが、『暴火の一撃』の早い集合に自分が遅れたのではないかと少し焦った。
「いや、問題ないさ。俺たちが少し早めに出ていただけだ」
「……へぇ、本当に里を出るんだ。その根性だけは、認めてやってもいいわよ」
「……ん」
三者三葉の言葉を返す冒険者たちに苦笑した後、メルクは違和感に気付いた。
ヨナヒムは相変わらず爽やかな笑みを浮かべているし、ルカの反応が薄いのもいつも通りだ。
ただ、いつもと同じように憎まれ口を叩いたエレアの顔色が、あからさまに悪い。白いと言うべきか青白いと言うべきか……これでは治癒術や薬術を齧っていないメルク以外の者が見ても、体調が思わしくないことを察せられるだろう。
「な、なに見てるのよ?」
「いや、エレア。気分が優れないんじゃないか?」
「え?」
誤魔化せるつもりだったのか、メルクの言葉にたじろぐように一歩下がる。そんなエレアを見やり、ヨナヒムは呆れ顔となった。
「言っただろう? エレアは二日酔いなんだ。少量しか呑まなかったから油断していたが、まさか昼になっても良くならないとはな」
「し、仕方ないじゃないっ! 勧められたら断れないしっ。ちょっとしか呑まなかったけど、けっこう度数があったみたいだしっ!」
「エレア、単にお酒弱いだけ」
「ぐぅ……」
ヨナヒムだけではなく、ルカにまで追撃を入れられ黙り込むエレア。さすがに負い目を感じているようだ。
「その体調で森を抜けられるのか?」
「平気よ。エルフの森なんて魔物も出ないし、エルフが傍にいれば迷わないらしいし」
「まぁ、それはそうなんだが……」
とは言っても、森を抜けるためにはかなり歩かなければいけない。
メルクも母が勤めている関所まで何度か歩いたことはあるが、それなりの距離があるように感じた。二日酔いでも歩き切れない距離ではないだろうが、それでもつらいものはつらいだろう。
「『治癒』」
「あ――」
メルクは少し迷ったが、エレアに治癒術を使うことにした。エレアの足取りが重ければ重い分、それだけ森から出るのが遅くなるからだ。
柔らかな光に包まれたエレアは陶然とした表情になった後、その光が消え一拍。驚きと焦りを露にした表情でメルクへ詰め寄って来た。
「な、あ、あんた、急に何すんのよ? あたいは別に『治癒』を使ってくれなんて頼んだりしてないんだからっ」
「それはそうだが、少し実験がしたくてな」
「実験?」
「ああ。二日酔いにも『治癒』が効くかの実験だ……どうだろうか、エレア」
「え……あ、うん。たぶん大丈夫だけど……」
その場でぴょんぴょんと跳ねてみて、頭に響かないことを確認したエレアが戸惑うようにそう言う。どうでもいいが、彼女の後頭部で束ねられた桃色の髪がリズミカルに揺れ、なんだか可愛らしかった。
(まぁ、効かないはずがないしな)
もとから治癒術が二日酔いにも効果があることを知っていたメルクは、「そうか。ありがとう」とだけ呟き返す。
これからしばらくは同行させてもらうのだ。
最初から言い争う気はなかった。
「とりあえず、礼は言っておけよエレア。試したかったのかもしれないが、メルクは実際にお前の二日酔いを治したんだから」
「あ、当り前じゃない。か、感謝するわ、メルク。なんならあたいが二日酔いするたびに、『治癒』で直してくれて構わないわ」
「調子に乗るな」
「いたぁ」
ヨナヒムに窘められてきっと慌ててしまったのだろう。
胸を張って何だか良く分からない上から目線を披露したエレアは、見かねた様子のヨナヒムに小突かれ頭を押さえている。
しかし俯いて頭を押さえるエレアの表情に小さな笑みが浮かんでいるのをメルクは見逃さなかった。ヨナヒムに注意されたのが嬉しかったらしい。
(ちっ、爆ぜろ)
傍目からはイチャイチャしているようにしか見えない二人に軽い殺意を覚えながら、素知らぬ顔でルカを見た。
「よし、行こうか?」
「ん……」
二人を置いて行こうとルカを促すも、帰って来たのはそんな返事。
(ん……ってなんだよ? 「うん」なのか「ううん」なのか?)
いまいちわかりづらいが、歩き出したメルクについてきた当たり、おそらくは「うん」だったのだろう。
「ルカは、冒険者になって何年だ?」
「……四年。成人してすぐなった」
「へぇ、じゃあやっぱり十八か。けど、四年で二等級冒険者はすごいな。ヨナヒムとエレアとは最初からパーティーを組んでいるのか?」
「二年前から。二人となら、稼げると思って」
「そ、そうか……」
パーティーを組む理由は人それぞれだが、ルカのように堂々と稼ぎのためを公言するのも珍しい。
大抵の仲間たちはあまり良い顔しないだろうが、ルカは公言しても許されるだけの力を持っていると言う自負があるのだろう。自信は、冒険者にとって大事ものだ。明け透けな物言いに少し呆れたが、別にルカの言動を諫めようとは思わなかった。
「メルク、冒険者を目指す?」
「うん? ああ、そのつもりだ。とりあえず、ルカたちが討伐達成の報告へ行くギルドへついて行って、そこでギルドの登録を済ませるとしよう」
「……あれ? 知らない?」
メルクが何気なく計画を話すと、ルカは立ち止まって首を傾げた。彼女にしてはその大袈裟な反応を訝しく思い、メルクも合わせて足を止める。
「私が何を知らないって?」
「冒険者、なるには試験必要」
「……試験? え? そんなの十五年前は――」
「十五年?」
「あ、いや……なんでもない」
(試験? そんな……たしかに昔は銀貨一枚でなれたはず……)
ルカの予想外の一言に、メルクは衝撃を受けて固まってしまった。
十五年ほど前、メルクがエステルトとして『仇為す者』と戦ったあの時までは、冒険者ギルドに加入するのに試験などなかった。
受付で登録申請の用紙に記入し、銀貨一枚を支払う。そして年間費である青銀貨一枚を一年以内に支払えば、それでよかったはずだ。
もちろん、エステルトが冒険者ギルドに登録したのは十五年前よりもずっと前の事だが、変わったと言う話は死ぬまで聞いていなかった。
(そうか、エレアが山で「合格」がどうの言っていたな……あれは試験の話だったのか)
いつの間にできた仕組みなのかは知らないが、全く迷惑な話である。メルクは思わず嘆息してしまった。
「で? その試験ってのは、一体どんな内容なんだ?」
「それは知らない」
「へ? ルカだって受けたんだろう?」
「試験内容は毎回変更。その時まで、何をさせられるか分からない」
「じゃあ対策のしようがないってことか。それならまぁ、別にいいか」
「……いいんだ」
メルクの反応に意外そうな声音でルカが小さく呟く。当然試験を受けるからには、試験内容を知りたいと思うのが一般的だ。
しかし、メルクの場合はエルフの里でずっと引き籠っていたため現代知識が著しく欠けている。それならば、試験を受ける者が皆同じ条件の、出たとこ勝負の方が合格しやすいと考えたのだ。
「面倒だが、試験があるなら仕方ないな。何とか受かって、まずは冒険者にならないとな」
「試験には……」
「うん?」
「試験には、ギルドに魔力登録をしている四等級以上の冒険者が書いた『推薦状』が必要……メルク持ってる?」
「……」
(持ってるわけ、ないだろうっ)




