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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第一章 出郷のエルフ
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第三十二話(終話) 出郷のエルフ



「予定が早まった。私は今日の正午、この里から離れる」


 一度家に戻ったメルクは、珍しく揃って家にいた両親に出立する旨を告げた。


 前々から冒険者になりたいと言う意思は示していて、『帯剣の儀』を執り行った日には、「近いうちに家を出る」と伝えていた。

 しかしさすがに、これほど急に出ていくとは思わなかったのだろう。父であるオロンは難色を示す。


「メルク、よく考えてごらん? 君の一生はずっと永い。あと数日待ったところで、君の歴史を振り返った時、それは記憶の片隅かたすみにも残らないようなわずかな――本当に僅かな時間なんだよ?」


 メルクの父であるオロンは、理知的な表情を眼鏡を掛ける事によってより一層高めている、青年のような容姿をしている。


 物腰も教師をしているだけあって柔らかく、メルクが彼が声を荒らげた姿を見たこともなかった。


 この時もまた、メルクを理性的に言い諭そうとしていた。


 そんな父に、メルクは深々と頭を下げた。


「たしかにそうかもしれない。けれど、エルフの里に現れた冒険者たちと同行して里を出る機会なんて、おそらくもうない。お願いだ、父さん。行かせてくれ」


 普段、滅多に頭を下げないメルクがそう言って頼んだことに、オロンは少し驚きの表情を作った。

 それだけメルクが本気であること知り、さらに彼女が一度言い出したことはかたくなに翻意しようとしない性格であることを十分わかっているのだろう。そう最悪、認めてもらえなければ勝手に家を抜け出して飛び出していくような――。

 だからこそらしくもなく、眉根を寄せて何とも言い難い表情になった。


「……いいじゃない、行かせてあげれば」

「テルーゼ……」


 メルク同様、金色の髪と翡翠色の瞳を持つ母テルーゼが、何でもない事のようにそう言った。


「成人の資格も持ったし、自分の身を守る術もきちんと身に着けてる。うん、うちの娘ながら、どこに出しても恥ずかしくないわ」

「そう言う問題ではないんだよ、テルーゼ。僕は父親としてメルクの事が――」

「なに? メルクの事が心配だからって、一生この家で閉じ込めておくつもり?」

「そうではないけど――」

「なら、いつ家から出すつもりよ? 成人もしてるのよ? あなたよりずっと強いのよ? 心配がなくなったら? メルクに対して心配しなくなる時なんて来るの?」


 テルーゼの質問攻めに、オロンは反論が追い付かないのか黙り込んでしまった。昔から、父が母に腕力でも言い合いでも勝てた姿を見たことがないメルクとしては、


(ああ、いつものことだな……父さん可哀そう)


 ぐらいにしか思わなかったが。


「私だって、メルクの事は心配よ? 当然でしょう? この娘の親なのだから。けど、信じてもいるのよ。期待もしているのよ。メルクなら、自分の決めた道をしっかりと進んでいけるって」

「テルーゼ……」

「あなただって知ってるでしょ? メルクが毎日鍛錬を欠かさずにしてきた事。ずっと弟子を取らなかったルゾーウルム様の修行を最後までやり抜き、皆伝を与えられたこと」

「……ああ」

「ねぇ、あなた。自分の娘が夢のためにここまでしたとして、私たち親にできることって何なのかしら?」


 言い負かされて項垂うなだれるオロンに、テルーゼがすり寄って優しげな声で問いかける。まさに飴と鞭とも言うべき話術だ。

 これがテルーゼのやり方だと知っているのだろうが、オロンは敵わないと言わんばかりに肩をすくめた。


「……ああ、分かった。分かったよ。僕たち親にできるのは、メルクの背中を押してやることだけさ」



 両親の説得に成功し、動きやすい服装に着替えたメルクは、いつものように木の棒を腰に携えた。

 里を覆う森を抜ければ直ぐ人里に着くので、本格的な旅の準備はしていない。携帯食料も持たないし、着替えも用意していない。そもそも、それらを入れる鞄や背嚢はいのうなども身に着けていなかった。


 冒険者になればそれらが必要になる時もあるのだろうが、エルフの里よりも人里の方がそういったたぐいは充実しているだろう。剣のついでにでも買えばよい、メルクはそう考えていた。


「……行ってらっしゃい、お姉ちゃん」


 家の扉を開けたメルクに、背後から声がかかる。


 メルクが両親を説得するのを黙って聞いていたローだ。一応、『帯剣の儀』の折に別れは済ませているつもりだったが、やはり話しておきたかったので嬉しかった。


 ローの方もどこか晴れ晴れとした表情をしていて、吹っ切れているようにも見える。


「一昨日の話、覚えてる?」

「ああ、会いたくなったらいつでも来い。まぁ、あれだ。時々は手紙も書いてやるさ」

「ふふ。お姉ちゃんの事だから、期待しないで待っておくよ」


 そんな生意気な事を澄まし顔でのたまった弟を軽く小突き、メルクは未練を断ち切るように大袈裟おおげさな動作で背を向けた。


「じゃあ――行って来る」


 


 こうして、エルフの里から一人の少女が旅立ったのだ。





これにて第一章の完結です。

次回からは第二章『金と翡翠の冒険者』へ続きます。



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