第二十九話 最後の修行2
「簡単に言えば魔力剛化は魔力硬化の応用だよ。基本である魔力硬化ができているのであれば、それほど苦なく習得できるはずさ」
「そう言われましても……」
メルクは一時ほど、立ったままひたすらに全身を覆った魔力を硬化させ、さらに硬度を上げようと魔力を込めるも上手く行かない。
ルゾーウルムがしてみせたように、魔力の色が赤く色づかないのだ。これでは硬度があるだけの単なる魔力硬化だ。
「ふぅ……さすがにちょっと疲れてきました」
「まぁ、どれだけ休もうと自由だよ。今日一日で会得できればね」
「う……」
ルゾーウルムの一言に、メルクは持参してきた『魔力回復薬』を飲み、失われた魔力を取り戻す。
放出せず身体に覆っているだけではあるが、やはり少しずつ自然と消耗していくものなのだ。小さな穴から袋に入れた水がわずかに漏れ出すように、こればっかりはどうしようもない。
もっとも漏れ出す量も微々たるものなので、回復薬を飲めばすぐに元通りにはなるが。
「よし……もう一回」
まだまだ日は明るいが、時間をかけすぎるのは不味い。『魔力回復薬』を飲めば魔力を回復できるが使用回数は限られている。短期間に飲みすぎると身体が拒否反応を示し、しばらくの間は飲んでもすぐ吐き出してしまうようになるのだ。
最悪の場合、一生『魔力回復薬』を飲めない身体になってしまう。
(それに……師匠は繊細な魔力操作が必要だって言ってたからな。おそらく、精神力が続く早めの内に会得するのが良いんだろう)
どれだけ薬を飲んで魔力を回復しようと、精神的な疲れは癒せない。それこそ治癒術の領分だが、ルゾーウルムはあまりメルクが『治癒』を使うのに良い顔をしない。メルクが『治癒』を覚えた頃からそうだった。
なのでこの場で治癒術を使うのは控えておきたかった。
「はぁっ!」
気合を入れるために掛け声を上げて全身の魔力を硬化してみる。そして体内に眠るありったけの魔力を注ぎ込んでみるが、身体を覆う魔力の幅が増すだけだ。色が変わることはない。
「ぐ、ぬぬ」
「無茶はおよし、一旦魔力を戻しな」
「ぐ……はい」
ルゾーウルムに言われて一度魔力を体内に引っ込めて一息つく。これは思っていた以上に難しい。
(単純に、魔力を注ぐだけじゃ駄目ってことか?)
自慢ではないが、メルクの魔力保有量は元々魔力量の多いエルフたちの中でも抜きんでて多い。
幼い頃から魔力を増やす特訓をしてきたため当然ではあるが、魔力量だけで言えば師匠であるルゾーウルムにも引けを取らないのだ。
その魔力をほぼすべて注いでも剛化しないと言う事は、魔力量は関係ないと言う事だろう。
「ふーむ、意外と苦戦しているようだね。魔力剛化は硬化の応用だとは言ったけれど、あんたは少しばかり魔力を増やして硬度を上げることを意識しすぎだよ」
「はい?」
「たしかに魔力硬化をした場合、込める魔力を足せば硬度は増す。けれどそれは、結局魔力硬化の質を上げているにすぎないのさ……言っている意味が分かるかい?」
「えーと……つまり、魔力硬化をしてからいくら魔力を注いでも、魔力硬化の域からは脱せられないと言う事ですか?」
「まぁ、概ねそんなところだね」
メルクが自分なりにかみ砕いて出した答えに、ルゾーウルムは及第点をくれた。とは言え、完全に理解できたわけではない。
そもそも魔力を注ぐ以外に、硬度を上げる方法などあるのだろうか?
「あんたはどうやって魔力を硬化しているんだい?」
「え? それは……身体を覆っている魔力を密集させ、凝縮させて硬化させています。師匠から教わった際には、魔力を砂の集まりだと思い、それをぎゅうぎゅうにくっつけて硬さを上げる意識が大事だと言われました」
「うん、そうだね。そこから考えて、いくら砂を増やしたところで上手く固められなければ意味がないと思わないかい?」
「……あ」
「私が言った魔力操作ってのはそう言う事だよ。固めた砂に砂を足して厚みを増しても、やはりそれは魔力硬化の域を出ない。固めた砂をさらに凝縮して固めてこそ、初めて魔力剛化になり得るのさ……まぁ、言うは容易く行うの何とやらだけどね」
ルゾーウルムの言葉に、メルクは目から鱗が落ちた想いだった。
たしかに、ルゾーウルムは魔力硬化の応用だと言ったが、同時に「繊細な魔力操作も必要とされる」と言っていたではないか。
それを単純に魔力を厚くさせて重ねればいいと考えていたメルクが浅はかだったのだ。
「魔力硬化よりもさらに魔力を固める……凝縮、凝縮……」
一部分を覆う魔力をさらに凝縮することで、硬化以上に魔力の量は消費する。だが、先ほどのようにありったけの魔力を注ぐ必要はないので、余裕を持って魔力の凝縮に専念できた。
メルクの身体を覆っている魔力のうち、右掌がほんのりと赤みを帯びてくる。その事に手ごたえをつかんだメルクは更にそこから意識を右腕全体に集中させ、その全てを半透明な赤色で包み込むことに成功した。
(これが……魔力剛化!)
「ほう……やり方が分かればさすがに早いね。あんた本当に十四かい? エルフにしたって馬鹿げた操作感覚だねぇ」
「馬鹿げたって……本当に褒めてるんですか?」
「当り前じゃないか。それより、さっさと全身を剛化で覆ってみな。右腕ができたんなら、あとは簡単だろう?」
「はい……」
言われた通り、今度は身体全体に硬化した時よりもさらに魔力を密集させるイメージを行う。
やはり右腕の時よりも意識する箇所が多いので難しかったが、何とか成功した。
メルクの身体中が赤色の魔力で覆われるのを見たルゾーウルムは、再び剣を構えた。刀身が魔力で包まれるが、赤色ではないところを見ると単純に魔力硬化なのだろう。
「これから私の全力をあんたに叩き込む」
「え?」
ルゾーウルムの言葉通り、彼女の持つ剣を覆う魔力が厚みを増し、尋常ではない威圧感を放ち出す。
量産品の単なる剣が、一級品の名剣に勝るとも劣らない業物に見えた。
「し、師匠っ! さすがにそれは――」
「安心しな。あんたの剛化が完璧ならば、防げるはずだよ」
「か、完璧でなければ?」
「そうだねぇ……まぁ、諦めて死ぬんだねぇっ!」
「えぇぇっ?」
情けも躊躇もなく上段から振り下ろされたルゾーウルムの一振りが、メルク頭頂部を的確に襲い――そして響くのは澄んだ金属音だ。
メルクの視界の端に、折れた剣の刀身が回転しながら飛んでいくのが見えた。ルゾーウルムの持つ剣を見れば、中ほどから見事に無くなっている。彼女はそれを、酷くつまらなそうに見ていた。
「師匠……」
「ふん、合格……と言えるんだろうね。まだ少しばかり荒いが、あとはあんたの練習次第さね。慣れたら木の棒を硬化しているように、武具を剛化することだってできる。私が剣を剛化させたようにね」
「……はい」
これで修行が終わりかと思うと、メルクは何だか少しだけ寂しくなり、それと同時に申し訳なくなった。
ルゾーウルムの弟子になってから約六年。彼女にはいろんなことを教えてもらった。
薬術の知識も治癒術に関しても、里で世話している家畜についてだってそうだ。
魔法だってルゾーウルムに習ったし、未熟だった魔力操作をここまで高めることができたのは彼女のお陰である。
そしてそれらの注意点だってたくさん教えてもらった。自分は、メルク自身はルゾーウルムに何もしてやれてはいないというのに。
思えばお金を払ったこともないし、精神的に何かを返せたわけでもない。
八歳だった頃に無理言って押しかけるように弟子にしてもらい、今までずっとただ与えられてきただけだ。
(私は、この人に何を返すことができるんだろう?)
このままルゾーウルムに何もせず里を出るのが心苦しくて、メルクは少し考えた。
けれど、自分よりもずっと永き時を生きる彼女が望むものが分からず結局愚直にも聞いてみることにした。
「師匠、私に何かできることはありませんか?」
「おや? どういう風の吹きまわしだい?」
「いえ……里を出る前に、お世話になったあなたに何かを返しておきたいのです」
「……そうかい」
メルクの言葉に目を見張る様子を見せた後、ルゾーウルムは穏やかに頷いた。折れた剣を放り捨て近くにあった椅子へと腰掛けると、立ったままいたメルクにも手だけで勧める。
「じゃあ一つ、私の昔話でも聞いてもらおうかね」
「え? そんなことでいいんですか?」
「ああ、あんたの言う「そんなこと」がいいのさ。たぶんきっと、その話はあんたの疑問の答えにもなる――まぁ、聞いておくれ。私が初めてとった弟子の話を」
そしてルゾーウルムの口から語られたのは、メルクが弟子入りする前に彼女の弟子となったとある人間の話だった。




