第二十八話 最後の修行
「成人おめでとう、メルク」
「ありがとうございます」
『帯剣の儀』の翌日。メルクは朝早くから師匠であるルゾーウルムの元へと訪れていた。
別に『帯剣の儀』の報告をしに来たわけではなく、単に今日が一日おきにある修行の日であったがためだ。
しかし、ルゾーウルムは集落から離れた場所に暮らして引き籠っている割に相も変わらない早耳だ。昨日の今日で、もうメルクが成人したことを知っているようだった。
「成人と言うことは、この里からいつでも出られるんだろう? あんたはこの里を出て冒険者になるんだったかね?」
「はい。治癒術師として冒険者パーティーに加入したいと思っています」
「はっは! どこの冒険者パーティーに、単独で『炎翼狼』を討伐できる治癒術師がいるんだろうねぇ」
滅多に笑わないルゾーウルムが、堪え切れないように笑い飛ばす。たしかに言われてみれば、前世で一緒にパーティーを組んでいた治癒術師のイリエムとて、さすがに一人で『炎翼狼』を倒すのは厳しかったはずだ――まぁ、『翼狼』相手には無双していたが。
「だけどまぁ、あんたがそう決めたんなら思う通りにやんな。治癒術を教えたのは私だしね……もう、教えることはない――と言いたいけれど、もう一つだけ教えておこうか」
「はい」
「聞いたよ? 『炎翼狼』に傷を付けられたんだってねぇ?」
「おや? その話はあまりしてませんのに、よくご存知ですね? ええ、魔力硬化で身体を守っていたのですが、相手も爪に硬化した魔力を纏っていたみたいで……」
「ふーん」
たしかに宴の席で、里の者に『炎翼狼』を討伐した際の経緯を尋ねられ話をしたが、まさかルゾーウルムの耳にまで届いているとは思わなかった。ルゾーウルムはメルクの言葉に少し考えるような顔をして、立ち上がり部屋の奥へと行った。
そして、奥から引っ張り出して来たのは一振りの抜身の剣だった。
前世が剣士だったメルクの眼から見て、その剣は単なる真剣のように見えた。ヨナヒムやエレアが持つ剣や槍とは違い、銘も特殊な効果もなさそうだ。おそらくは質よりも量の凡庸品だろう。
「メルク、魔力硬化」
そしてルゾーウルムがメルクにその剣を振り下ろして来たのは、その言葉とほとんど同時だった。
あまりに突然な師匠の暴挙に、しかし慣れっこだったメルクはすぐさま言われた通り魔力を硬化し、振り下ろされた真剣を弾く。
元々、全身を魔力で覆っていたがためにできた芸当だ。普段から魔力操作の訓練として、常にそうしていたのが功を奏した。
仮にルゾーウルムに言われてから魔力を展開し硬化していたのでは、今頃頭はかち割られていただろう。もっとも、その場合は避けていただろうが。
「なるほど、硬化速度は一級品だね。瞬時に籠めた魔力も剣の威力に合わせている。うん、魔力硬化はこれで良しとしよう――メルク、魔力硬化をしたままそこから動くんじゃないよ?」
弾かれた剣をしげしげと観察していたルゾーウルムは、再度剣を構えて横薙ぎに振るった。
「――っつぅ?」
ルゾーウルムの剣が頬を掠めた瞬間、メルクのそこから血が飛び散る。魔力硬化が破られたのだ。
その理由は簡単だ。『炎翼狼』がそうしたように、ルゾーウルムもまた魔力を剣で覆って硬化していた。だからこそ同じように、メルクの頬に傷をつけることができたのだ。
「ふーむ、限界まで強度を上げてみな」
「はい」
再び硬化した剣が振るわれ、しかし今度は弾き返した。メルクの魔力の硬度が、ルゾーウルムの硬化した剣の威力を上回ったのだ。
「それで全身を覆えるかい?」
「はい」
言われた通り、頬だけに籠めていた魔力を全身に送り、どこを斬られても問題ないようにする。かなり魔力を消費するが、メルクの魔力量ならしばらくは持つはずだ。
それに、放出するわけではなく魔力は身体を覆っているのみだ。いざとなれば体内に戻す事もできる。
「ふーん、あと一歩ってところだね」
「え?」
「メルク。私の持つ剣を覆う魔力を視てみな」
言われた意味が分からず首を傾げたメルクだが、ルゾーウルムに促されて彼女が持つ真剣を見る。正確には真剣を覆う、ルゾーウルムの魔力を視た。
本来、魔力自体に色はない。あえて言うのであれば半透明の白色と言ったところだが、通常の人間には見えず、魔法に長けた者が意識した時、視ることができるとされている。
そして魔法に長けているメルクが視たルゾーウルムの剣は、やはり半透明の白色に覆われていた。魔力が硬化されてあっても、色や形は変わらないので剣が硬化されているのかは厳密には分からない。
しかし、この状況で剣を魔力で覆っているのであれば、それは魔力硬化を施しているのであろう。
「よく視てるんだよ?」
ルゾーウルムの言葉とともに、彼女が持つ剣の色に変化が現れた。いや、正しく言えば、彼女がもつ真剣を覆う、『魔力の色』に――である。
「え?」
半透明の白色だったはずの魔力が、一瞬にして美しい半透明の赤い魔力へと変化したのだ。先ほどと同じように刀身自体は見えているが、覆っている魔力が白色ではなく赤色となったため、やや不鮮明となった。
一体、この現象は何だろうか。
「いいかい? 動くんじゃないよ」
言われた通りメルクは微動だにしなかった。
横薙ぎに振るわれたルゾーウルムの剣の切っ先は、今度はメルクの頬に触れなかった。頬を覆っていた硬化した魔力だけを掠め、そしてそれを易々と切り裂く。
(嘘だろう?)
メルクが全力で硬化した魔力を、まるで薄い紙を斬るかのように何の抵抗もなく切り裂いてしまったのだ。さすがに起こっている事が信じられなかった。
「ふぅ……剣なんて久々に振るうからね。当てなくてよかったよ」
「師匠、今のは?」
「これは『魔力剛化』と言う。魔力硬化よりもさらに上の魔力操作さ」
「魔力硬化の上位互換……」
なるほど。それではいくらメルクが魔力をどれだけ硬化したところで、あっさりと破られてしまうわけだ。
だが逆に言えば、魔力剛化さえできてしまえば、相手が魔力を硬化していたところで破られると言う事はないはずだ。
「魔力剛化は、魔力硬化以上に繊細な魔力操作を必要とされ、魔法使いでも扱えるものは少ない。まぁ、そもそも存在自体があまり知られていないしね」
「師匠っ! ぜひ、それを私に教えてください」
「いいだろう。今日一日その修行をするとしよう。今日一日で会得できたらあんたに教えることはもうない。皆伝だ」
「はいっ」
威勢よく返事をしたメルクに、ルゾーウルムは唇の端を吊り上げて見せた。
「ただ、今日一日で会得できなければ破門だよ。どちらにせよ、今日であんたの修行はお終いと言うわけだ」




