第二十六話 帯剣の儀
エルフの里において『帯剣の儀』とは、それ即ち成人の儀式と同義である。
エルフは掟として、成人前の十六にならない者には帯剣を許していない。弓矢や刃渡りの短いナイフ、棍棒などは持つことを許可されているが、一般的な刀剣類とされる物は所持を禁止されているのだ。
何故、そのような決まり事があるのかは今では誰にもわからない。おそらく単純に、「子どもが持つのは危険である」と言う至極もっともな理由から始まった風習なのだろう。そしてそれが、永い時を経て絶対に遵守すべき掟として定められているのである。
その掟が受け継がれていく過程で、子どもから大人になったことへの証明として、成人の儀式には真剣を用いるのが常となった――『帯剣の儀』である。
『帯剣の儀』は本来、十六の誕生日を迎えた者を対象に行う仕来りだが、例外があった。それは何らかの功績や貢献をして里の長が特別に認めた十六以下の者だ。
里長に認められると十六にならなくとも成人として扱われ、一人前として認められる。子どもでは許可されていない、帯剣、飲酒、性交、婚姻、出郷……その他諸々の事柄が許されるようになるのである。
なによりエルフにとって成人前に『帯剣の儀』を受けることはあまり前例がなく、大変名誉な事であるとされていた。
「オロン、テルーゼ両名の娘にして『仙女』ルゾーウルムが弟子、メルク――ここへ」
「はい」
さて、そんな成人前の『帯剣の儀』が、里の集会場でしめやかに執り行われていた。
帯剣を受けるのは、『炎翼狼』を討伐した冒険者を案内し、なおかつ自身も単独で一体倒したメルクだ。
急な事ではあったが、集会場には冒険者たちの活躍を讃える宴が予定されており、多くの里の者たちが詰め掛けていた。
集まったエルフたちが見つめる中、メルクは名を呼ばれた後に堂々と里長の前に跪く。そして、儀礼用の華美な装飾がなされた剣を受け取った。
受け取った剣を横にしたまま頭上へと両手で持ち上げ、鞘から三分の一程度抜く。そして鈍く光る刀身を仰ぎ見た後、ゆっくり再び鞘に納めた。
鍔鳴りの音を小さく響かせると、メルクは儀礼用の剣を腰元へ佩用する。それを待っていたかのように、里長はメルクの頭上から声を掛けた。
「おほんっ。この度、我らの里に対する大いなる功績を認め、『ヴェルチェード』の名を贈り其方を成人として認めよう」
「はっ。メルク・ヴェルチェード――頂戴いたします」
メルクが応えると、集まっていた者たちから盛大な拍手が送られる。こうして、メルクはかねてからの希望通り、十四歳にして成人が認められることとなったのだ。
そして儀式は恙なく終了し、すぐに宴となる。
本来であれば冒険者たちの『炎翼狼』討伐を讃える宴だったが、急遽としてメルクの成人祝いを兼ねるものとなった。当然、メルクも周囲から酒を勧められたが、一口だけ呑み後は固辞した。
(この身体でどれだけ呑めるか分からないからな。呑むなら初めては一人がいいだろう)
酔って醜態を晒したくない一心での対応だったが、周囲のエルフたちはその弁えたメルクの振る舞いに好意的だった。いわく、成人しても羽目を外さないのが格好いいとかなんとか。
「やぁ、メルク。おめでとう」
騒がしいエルフの集団から逃れ集会所の端で水を飲んでいると、ヨナヒムが気さくに声を掛けて来る。顔がそれほど赤くないところを見ると、そんなに酒を呑んでいないのかもしれない。
「ああ、ありがとう。ヨナヒムはあまり酒はやらないのか?」
「そんなことはないさ。ただやはり、見知らぬ土地でがぶがぶ呑めるほど肝は据わっていないのさ」
「ふん、賢明な冒険者らしい考え方だ」
さすがは二等級に間もなく上がることになる冒険者だ。こう言った場でも警戒を怠らない。
実力のある者でも酒で正体を失ったところで不覚をとることがある。だが、ことヨナヒムに関してはその心配はなさそうだ。
「ところで、エルフは成人をすると名を贈られるのか?」
「うん? ああ、さっきの『帯剣の儀』の話だな? いや、本来なら贈られない。私が通常通り十六になって『帯剣の儀』を受けていれば、そのままメルクだっただろう」
真剣な顔で問いかけてくるから何かと思えば、どうやら先ほどの儀式が気になったらしい。メルクは拍子抜けしながら説明してやる。
「里に対する貢献をして十六になる前に『帯剣の儀』が行われた場合は、勲章として里長に名を与えられるんだ。まぁ、一種の称号みたいなものだな」
「ほう、称号か。しかしヴェルチェードねぇ……『翼狼殺し(ヴェルチェード)』か」
「どうした? 良い名だろう?」
何やら思うところがありそうなヨナヒムに首を傾げ、メルクは水を口に含んだ。
「いや……勇ましいがそれは女子につける名前か?」
「ぶっ」
だが真面目な顔でそんなことを言うものだから、思わず噴き出してしまう。ヨナヒムに掛からなかったのは幸いだろう。
「げほ、けほ……なんだ、その妙な感想は」
「いや、だって『翼狼殺し』だろう? メルク・ヴェルチェード……メルクの美しい容姿には合わんだろう」
「……お前、誰にでもそういうこと言うのか?」
「へ?」
腕を組みながらキョトンとするヨナヒム。どうやらこの言動は無意識によるものらしい。何というか、あれだ。
(こいつ、ぶん殴りてぇ……)
こういう言動でエレアを落としたに決まってる。ルカは良く分からないが、多分ヨナヒムの無意識の誉め言葉や労わる言葉で心奪われている女も少なくはないはずだ。
前世、エステルトだった時にそういった事態は飽きるほど見てきた。
ヨナヒムによく似た性格の、勇者フォルディアがそうやって無自覚に女にモテる姿は嫌と言うほど見てきたのだ。
今思い出しても腹が立って仕方がない。
「こらぁ、ヨナヒムっ! エルフの女になんて鼻伸ばしてるんじゃないわよぉう」
「あた?」
するとメルクの代わりと言うように、ふらりと現れたエレアがヨナヒムの肩に拳をお見舞いした。ヨナヒムとは違い随分と酔っているのか、顔は赤く上気している。
その艶っぽく乱れた様はエルフたちにはないもので、メルクはその姿に思わず下心を掻き立てられた。それと同時に、そんなエレアの好意を独り占めしているヨナヒムが一層憎々しく思える。
「ったく。弱いくせにまた呑んでるな? ルカに見張りを頼んだのに」
「ルカはぁ、報酬を受け取りに行ったよぉ」
「なに? またあいつ……勝手に金額を吊り上げたりしてないといいんだが」
「大丈夫ぅ……「任せろ」って言ってた」
「全然大丈夫じゃないじゃないかっ」
ヨナヒムは足元が覚束ないエレアの腕を掴み、メルクへ片腕を上げて小さく頭を下げた。
「悪いな、メルク。俺はエレアを部屋まで運んでくる。さすがにこの状態では放っておけないからな」
「あ、ああ……」
少しだけ乱れたエレアの胸元からちらりと白い肌が見え、メルクは脳内にその姿を焼きつけながら生返事を返した。
(大変、良いものを見させてもらえた。感謝感謝)
内心で去り行く二人(正確にはエレア)に礼を言い、メルクはその姿を見送る。すると、後ろに人の気配を感じた。
「……お姉ちゃん」
「うん? おお、ロー。夜遅いのに、お前も連れてきてもらえてたのか?」
背後から声を掛けられ振り返ると、弟のローがぎこちない笑みを浮かべて立っていた。今朝も会っていたはずだが、何だか随分久しぶりに会うような気がする。
そしてその見慣れたはずの弟の顔が、何だか初めて見るような顔に見えた。




