第二十五話 討伐報告
メルクや冒険者たちが里に下りて討伐報告を済ませると、すぐに確認のために人員が派遣され、無事に討伐証明が成された。
エルフは暗闇でも夜目が利くため、討伐証明が済んだころには既に日は落ちていたが、そのまま魔物たちの処理までなされたらしい。
冒険者たちは討伐した魔物の素材を全てエルフ側に売り払ったので、里の者たちは『翼狼』の毛皮や牙や爪などを加工し自分たちで使うとの事だ。里では滅多に現れない魔物の素材なので、使い道などいくらでもある。
里の者たちは喜びを露にしていた。
「いやぁ、大変助かったわい。冒険者殿らに感謝感謝じゃな」
そして里長の屋敷に再び招かれた冒険者たちとメルクは、里長と相談役の前に並んで座っていた。この後、簡単な宴が催されるとの事で、その前に謝辞を述べたいと言う里長たっての希望だった。
「メルクも、案内役ご苦労じゃったな。よもや、『炎翼狼』が番じゃったとはのう。冒険者殿らにもメルクにもすまんことをした」
「そんな、顔を上げて下さい」
深々と頭を下げた里長に、ヨナヒムが面食らったような顔をする。隣にいた相談役も、慌てて里長の体を起こさせた。
「里長、外の者に容易く頭を下げては格を落としますぞ。エルフの里の長らしく、堂々として下され」
「しかしのう、情報が間違いだったのは事実じゃ。今回は冒険者殿らが凄腕じゃったので事なきを得たが、一歩間違えれば危うかったかもしれん」
「それはそうですが……いや、我々も山に『炎翼狼』が出たとは言いましたが、一体だけとは言っていなかったではないですか。別に間違った情報提供をしたわけでも、虚偽の依頼をしたわけでもないのです。ギルドだって文句は言えやしませんよ」
「……」
相談役の元も子もない言いざまに、さすがにヨナヒムが物言いたげな顔になった。エレアに至っては眉間にしわを寄せ、これ以上機嫌を悪くすれば隣に置いてある槍に手が伸びるかもしれない。
(おいおい。ここで騒ぎが起これば、里長から認められるとかの問題ではないぞ)
メルクは今後の里のためにも自分のためにも、出しゃばりだとは思いつつ忠言を述べる。
「……相談役、依頼が果たされたことで、冒険者の皆様を用済みであるとお考えではないですか?」
「なに?」
「そうでなければ、そう言った言葉は慎むべきです。冒険者の皆様が気を悪くしてしまいますよ」
「だ、黙れ」
メルクの言葉に憤るように立ち上がった相談役を、メルクは座ったまま静かに見上げる。
「仮に用済みであると本気でお考えなら、あなたは何もわかっていない。このままではあなたのその態度がエルフの里の総意だと捉えられ、彼らの口から冒険者ギルドへ伝わるでしょう。そうなれば、今後エルフの里が今回のように困って依頼を出しても、依頼を受けてもらえないかもしれませんよ?」
「――そ、そんなことが」
相談役は咄嗟に否定しようとしたが、しかしすぐにありえない話ではないことに気付いたように黙って再び座り直した。
「まぁ、考えられる話ではあるのう。冒険者たちが依頼を受けてくれるかは冒険者ギルドの匙加減じゃろうて。ギルドが受けようとする者にエルフの里の悪評を告げれば、誰も来てはくれんじゃろう。元々、エルフの里に寄りつく人間は少ない」
里長もしみじみと呟いてから、改めて深々と冒険者たちに向かって頭を下げた。
「重ね重ね、すまなかったのう。むろん、討伐報酬は増額……いや、倍額にさせてもらおう。買い取った素材についても、多少の色を付けさせてもらう……それでよいか?」
「……里長殿。報酬の倍額をお考えになる前に、俺の話を聞いてくれませんか? もう一体の『炎翼狼』の話です」
「うん? 聞けと言うのであれば聞くが……」
すぐには了承せず、何故か話を混ぜ返したヨナヒムに里長が怪訝な顔つきとなった。
本来であれば破格の報酬である。これで冒険者たちが納得しない理由は何かと探る眼だ。
「実は、もう一体の『炎翼狼』に関しては、案内役として俺たちに同行してくれたメルクが一人で討伐したのです」
「……は?」
「なんとっ!」
「メルクがいなければ、俺たちのパーティーは全滅していたかもしれません……つまり、俺たちの報酬を倍額する必要はないと言う事です。その分の額は、メルクに与えてやってください」
ヨナヒムの言葉に、里長と相談役が揃って目を剥きメルクに視線を送ってくる。
メルクとしては想定していた展開ではあるが、そのあまりに大袈裟な反応に内心で苦笑した。
外見に騙されず、メルクの歳が十四であることを正しく理解している二人が戸惑うのも無理からぬことではある。そう自分に言い聞かせ、表情に出さないように真顔を貫いた。
「……メルク。今、冒険者殿らが言ったことは本当かのう? 本当に、お主が単独で『炎翼狼』を討伐したのか?」
「御意にございます」
「うーむ……ルゾーウルム様の弟子とは言え、にわかには信じがたい」
「里長、何かの間違いではないですか?」
メルクの肯定に、里長は悩まし気に顎を擦り、相談役も胡散臭そうにメルクを横目で見てそう言う。先ほどの一件でもまだ懲りていないようだ。
(面倒くさいエルフだなぁ)
メルクは再度相談役に言い返そうとするが、それよりも先に声を上げた者がいる。
「ちょっと、あたいたちの言葉を疑うって言うの?」
エレアだ。
「あたいは別に、メルクが嘘つき呼ばわりされようと構わないけど、ヨナヒムを――うちのパーティーリーダーを法螺吹き扱いしたら許さないわよ?」
(私が嘘つき呼ばわりされてもいいのかい)
フォローしてるんだかしてないんだかよく分からないが、彼女がメルクの後押しをしてくれたのは間違いない。
里長は肩の力を抜くと、メルクに向けていた視線を柔らかいものに変えた。
「……そうじゃのう。真実はどうであれ、冒険者殿らがそう言うのであれば信じぬわけにはいくまい。メルク、里のためによくやってくれた」
「はい」
「ちょうど、集会場には皆が集まっている……宴の前に、お主の功労に報いよう。『帯剣の儀』を執り行う」
「――っ! はい」
(よっし! ついに私も成人として認められる)
里長の言う『帯剣の儀』。
それこそが、メルクの望んだ成人として認められるために必要な儀式であった。




