第二十四話 呼び捨て
「……無事……のようだな?」
炎に包まれていたメルクを心配するように、冒険者パーティー『暴火の一撃』が駆け寄ってくる。
そしてこちらの衣服が少し損傷している程度なのを確認し、ヨナヒムが安堵したような声を出した。
「嘘……一人で『炎翼狼』を倒したっていうの?」
メルクの足元で死骸と成り果てた『炎翼狼』を見下ろし、エレアが槍を持つ拳を握りしめた。
その表情からは戸惑いや、何とも言えない悔しさと言うものが滲み出ていた。
自分たちが苦労して倒した魔物を、初めて会ったばかりの小娘が討伐したことに対して思うところがあるのかもしれない。
「……魔力硬化。それも随分と練度が高い。貴女何者?」
木の棒を腰へと吊るし直したメルクに、ルカが接近して見上げてくる。その近さと言ったら、メルクが一歩踏み出せば彼女の胸に身体が当たってしまうだろう。それほどの距離だ。
「わ、私か? 私はただの冒険者志望の治癒術師見習い、だ」
ルカの顔を見下ろすふりをしながらそのさらに下にある双丘へ視線を送りつつ、メルクは恰好をつけて言った。その姿はどうあれ、
(この娘もデカいなぁ)
内心で思っている事は格好良くなかった。
「ルカが魔力操作に関して褒めるってことは、やっぱりすごいんだな。あの『炎翼狼』の攻撃を避けていた体捌きもなかなかのものだったし、エルフって種族はこんなにすごいのか?」
いい加減立っているのも辛くなったのか、ヨナヒムが地面に胡坐を掻きながらそんな惚けたことを言う。これにはさすがにエレアも苦笑を浮かべた。
「そんなわけないでしょう。エルフがみんなメルクみたいに動けたら、自分たちで『炎翼狼』を討伐してるわよ」
「あ、考えてみればそうだな。なら、メルクさんがすごいってことなんだろうけど、じゃあ最初から君だけで討伐すればよかったんじゃないか?」
メルクはその言葉にやんわりと首を振った。
「……いや、それは無理だな。さすがにあの数の『翼狼』を相手しながら『炎翼狼』を討伐するのは不可能だ。ヨナヒムたちがいなかったらまず無理だっただろう」
「まぁ、それもそうか」
本当はおそらく、『翼狼』ごと討伐するのは可能だったはずだ。相手が番であることは知らなかったが、たとえ『炎翼狼』を二体同時に相手取っていたとしても問題はなかっただろう。
メルクが単純に一人で山に乗り込まなかったのは、里の掟で許されていなかったからだ。エルフの里は極端に掟を重んじるきらいがある。
メルク一人では入山許可は降りないし、一緒に山へ行ってくれる大人もいなかった。それを無視して一人で行けば、無事に『炎翼狼』を倒したとしても掟破りとしてわだかまりを残す。
そうなれば里長に認められるどころか、家族に迷惑を掛けることになる。
これは、許しも資格もないのに里を出た場合でも一緒だ。そんな事態は何としてでも避けたかった。
だからこそ合法的に山へ入り、『炎翼狼』を倒す必要があったのだ。
そして見事、その目的は達せられたと言えるだろう。
「なぁ、君たちに頼みたいことがあるんだが」
「何?」
「里の者たちに、私が番の『炎翼狼』のうち、一体は討伐したと伝えて欲しいんだ。もちろん、ルカさんたちに二体分の報酬が支払われるように里長には頼む」
「はぁ?」
メルクの言葉に、ルカを押し退けエレアが怒ったような表情を浮かべて詰め寄って来た。
「あんた、あたいたちが人の手柄を横取りするような冒険者だと思ってるの? ふざけるんじゃないわよっ。たしかに、あんたみたいな小娘が『炎翼狼』を討伐したってのは納得いかないけど、事実を捻じ曲げてまで認めないなんてことはしない」
「エレアさん……」
「エレアの言う通りだ。俺たちはありのままを報告させてもらおう。その際に、一体だと聞いていた『炎翼狼』が二体いて、そのもう一体はメルクさんが単独で倒したのだとそう言うさ」
「ヨナヒム……」
「メルク強かった。みんな、認める」
「ルカさん……」
やはり印象通り、なかなか実直な冒険者たちらしい。
前世の経験からいって、若いくして高位に座す冒険者は平気で他者の手柄を奪ったり、悪事に手を染めてしまったりしている者が多い印象だが、どうやら彼らは違うらしい。
メルクは感心してしまうのと同時に、少し感動してしまった。
この時代の冒険者も、なかなか捨てたものではない――まだこの時代の冒険者を『暴火の一撃』しか知らないくせにそんな風に思った。
「……ねぇ、気になってたんだけど」
ちょっとだけ涙腺が緩んでいたメルクに、何故かエレアが険しい表情で低い声を発した。その様子を見れば怒っている事は一目瞭然だが、この流れで何が気に触ったと言うのだろうか。
「あたいの事呼んでみなさい」
「え? エレアさん?」
「ルカは?」
「ルカさん」
「……ヨナヒムは?」
「ヨナヒムだけど?」
「それよっ!」
(何がっ?)
何故怒鳴られたのか微塵も分からなかった。
「なんであたいとルカは「さん」づけで、ヨナヒムだけ呼び捨てなのよ?」
「……ああ、そう言えばそうだな」
エレアにズバリそう言われ、メルクもようやくその事実に思い至る。しかし「なんで」と言われても、全くの無意識だったため説明に窮する。
(うーん、前世じゃ普通に年下の男は呼び捨てだったし、成人越えてる初対面の女には「さん」づけだったしなぁ。今さら言われても……)
「ヨナヒムは気にするのか?」
「うん? 別に俺は気にしないぞ。あぁ、じゃあ代わりにメルクって呼んでもいいかい? そうすれば条件は一緒だろう?」
ヨナヒムに確認をとると、案の定爽やかな笑みを浮かべて呼び捨てを許可してくれた。メルクの方も、別にヨナヒムから呼び捨てされたところで何も感じないので軽く頷いておく。
「……なんか納得いかないんだけど」
メルクがヨナヒムと簡単に呼び捨てし合う中になったのが気に食わないのか、エレアが不満げな顔つきになった。そんな刺々しい目で見られても、メルクとしてはどうしようもないのだが。
「なんだ、エレア? 嫉妬してるのか?」
「――っ?」
そんな彼女に、ヨナヒムがなんてこと無さそうにそう言った。驚いた顔で彼に視線を移すエレア。
メルクはてっきり、ヨナヒムはエレアの好意に気付いていないものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。いや、たしかに初対面のメルクでも気付いたのだ。パーティーを組んでいるヨナヒムが気付かないはずも――。
「羨ましいなら、エレアもメルクに呼び捨てにしてもらえばいいじゃないか」
「……は?」
――どうやら気付いていないようだ。
「だから、エレアもメルクの事を呼び捨てにしてるんだし、呼び捨てにしてもらえばいい。ルカもしてもらったらいいんじゃないか?」
「私は別に、どうてもいい」
「あ、あたいは……」
エレアは自分の好意がヨナヒムに気付かれていなかったことにほっとしたような、拍子抜けしたような何とも言えない表情になる。
そしてメルクを怨むように見た後、それはそれは小さく頷いた。
「よ、ヨナヒムがそう言うなら……」
こうしてメルクの意志とは関係なしに、冒険者パーティー『暴火の一撃』と呼び捨てあう中になったのだった。
(……なんだこれ)




