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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第一章 出郷のエルフ
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第二十二話 狼の口の中へ



 考えてみればおかしな話だった。


『畏れの洞窟』からたしかに感じられた濃密な魔力。あれは間違いなく『炎翼狼ゲゾ・ヴェルチェ』のもので間違いなかった。

 そして程なくして空から急降下してきた『炎翼狼』。よく考えてみれば、あの場所からはるか上空へと移動したにしては気配がなさ過ぎである。

 

 なんせただ落下するのとは違い、上空へと上がるためには翼を動かさなければならない。それも『炎翼狼』の翼は魔力でできた炎。羽ばたくごとに、魔力を消費するはずなのだ。魔法使いであるルカや魔力の気配に敏感なメルクが気付かないはずがない。


 つまり、『炎翼狼』は最初から二体いたのだ。

 一体が『畏れの洞窟』でヨナヒムたちの意識を引き付け、そこを上空からもう一体が強襲する。

 そして失敗に終わったとしても、一体を倒して緊張感が解けたところで、洞窟に残っていたもう一体が隙を突く。

 魔物が考えるにしては巧妙な戦術だが、『炎翼狼』は知を用いて群れを統率するとして有名だ。彼らにとってはこの作戦が当然の帰結だったのかもしれない。

 

 問題なのは、冒険者パーティーやメルクが、『炎翼狼』に対しての認識があるいは警戒が足りていなかったことだろう。

 誰もがこの時まで、『炎翼狼』がつがいである可能性を考慮していなかったのだ。




「ヨナヒムっ!」


 斜面を駆け下りる『炎翼狼』が真っ先に目指すのは、地面に座り込んだままのヨナヒムだ。いくら勇者の弟子でありたしかな剣技を持っている彼とは言え、この状態で襲われてはひとたまりもないだろう。


 距離が離れ、どうすることもできないエレアが顔を覆って悲鳴を上げる。


 そして一瞬で『炎翼狼』はヨナヒムに迫り――。


「――っ! 重いなっ!」


 鋭い牙を剥きだしにして振るわれた右前足は、だがメルクの木の棒によって防がれていた。


「メルクさんっ?」


 救われた形となったヨナヒムが、信じられないと言った顔で素っ頓狂な声を出す。その声に思わず力が抜けかけるが、メルクは魔力で強化した身体で必死に『炎翼狼』を押し返す。


『ガウゥっ!』


 右前足を木の棒で抑えつけられていた『炎翼狼』は、首を伸ばして鋭い牙をメルクの首元に突き立てた。


「ぐっ」

「メルクっ!」


 その様子を見ていたヨナヒムが絶望するような悲鳴を上げる。が、メルクは少し顔をしかめただけで『炎翼狼』の腹に直蹴りをお見舞いし、距離を取った。


『ガァァ?』


 無理やり後退させられた『炎翼狼』は、驚いたように大口を開ける。そしてあらわになるのは剣のよう鋭かった犬歯が、無残にも折り砕かれた姿だ。

『炎翼狼』の犬歯が、ものの見事に砕けていた。


「め、メルクさん、大丈夫か?」


『炎翼狼』どころではなかったのか、ヨナヒムがひどく心配した表情でメルクの方へと近寄ってきて首元を覗き込んでくる。

 そして傷一つない柔肌を見て驚愕した顔となった。


「これは……」

狼狽うろたえるな、問題ない」


 少々痛む肩の辺りを擦りながら、メルクはできるだけそれを表情に出さないように言い切った。


 ここでもし、ルカのような魔法使いがメルクの魔力を調べていたら、彼女の全身を覆う硬化された魔力に気付いたかもしれない。

 そして彼女が持つ木の棒にも、同様な魔力が施されている事に気付いたかもしれない。

 今のメルクは身体中と木の棒を硬化した魔力で包み、まるで丈夫な鎧を纏っているかのように保護しているのだ。

 少なくとも、『炎翼狼』の牙から身を守り、なおかつ相手の牙を折るぐらいには頑丈な防御だった。


 だが、ルカもエレアも位置的にメルクが噛まれたことには気づいていないようだ。離れていた場所から急いで駆け付けてきて、襲われかけたヨナヒムの無事を確かめている。


「よ、ヨナヒム。大丈夫?」

「無事か、金づ……ヨナヒム」

「お、俺は大丈夫だが……」


 声を掛けられたヨナヒムは、二人を見ることもなく『炎翼狼』に向かって歩き出したメルクに釘付けになっていた。


「メルクっ! 何をやってるんだっ! 俺たちが相手をするから、今すぐ下がるんだっ!」

「あ、馬鹿っ! さっきはまぐれで防いだみたいだけど、次は死ぬわよ? 下がりなさい」


 ヨナヒムの声に気付いたエレアも怒鳴り声で命令してくる。しかし、メルクは引く気はなかった。

 なんせ、これはチャンスなのだから。


 見れば、ヨナヒムはもう限界だ。

 立っているのがやっとの有様で、メルクの身を案じている今だって足がガクガクと震えている。歩くことはできても走ることすらできないだろう。


 エレアとて、一人で『炎翼狼』を相手取るのは難しいはずだ。先ほど倒せたのは、あくまでもヨナヒムとエレア、二人で力を合わせて戦ったからに過ぎない。『水燃槍ルオッゾ・レビ』の強みを生かせないのでは、本来の力も発揮できまい。


 おそらく、こちらを無言で見つめているルカには分かっているはずだ。

 少なくとも、現れたもう一体の『炎翼狼』を倒すのは、『暴火の一撃』だけでは不可能であることに。

 彼女の魔力とて、山に入る前と比べれば三分の一を下回っている。エレアと共闘したところで、火属性が得意なルカでは火属性耐性のある『炎翼狼』の相手は厳しいだろう。


(そこで、満を持しての俺の出番だな)


 冒険者パーティーが勝てない状況で勝ってこそ、里長たちに認められると言うもの。幸い、ヨナヒムは相手の手柄を横取りするような性格には見えない。メルクが倒しても素直にそれを認め、里の者たちに喧伝けんでんしてくれることだろう。


 自分が冒険者達に治癒術を掛ければ解決することをあえて考えないようにし、『炎翼狼』へと向き合った。



『グルルっ!』

「こい、犬っころ。お前がくたばるまで遊んでやる」


 折れた犬歯を剥き出しにして唸る『炎翼狼』は少し間抜けだが、もちろん油断は禁物だろう。

 メルクは威勢のいいことを言って、自分自身に気合を入れた。


 この戦いで、メルクの今後が決まろうとしていた。



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