第二十一話 後門の狼
さすがは実力で言えば二等級となる冒険者パーティーだった。
ヨナヒムとエレア。二人がかりとなれば『炎翼狼』に対して一歩も退かずに渡り合うことができている。いや、むしろ圧していると言えるだろう。
「はぁっ!」
エレアが放った鋭い突きを『炎翼狼』が右に避けるが、彼女は槍を右へ薙ぎ払うように振るって追撃する。
『グゥ』
『炎翼狼』は危うい姿勢から身を屈めて槍を頭上に通し躱しきるも、その頭に向かってヨナヒムの上段からの振り下ろし――『炎翼狼』は強引に翼を羽ばたかせてすんでのところで後退した。
『ガァっ!』
そして反撃とばかりに炎の球を吐き出すが、委細構わず突進するヨナヒム、背後に続くエレア。
まずはヨナヒムが撃ち出された炎の球を一振りで掻き消し、『炎翼狼』に迫る。だが、相手は俊敏に動き、逆に剣を振るい隙ができたヨナヒムを狙い爪を立て前足を振り上げた。
そこをヨナヒムの背後から飛び出したエレアの槍に前足を突かれ、躱しきれずに血が噴き出す。
『グゥっ!』
痛そうに呻き後退する『炎翼狼』。しかし、その出血箇所から火が噴き出すことはない。
「……火属性耐性か」
その様子を見て居たメルクは、『翼狼』と違い『炎翼狼』の血液が燃え上がらない理由に見当がついた。
魔物の中でも上位種である『炎翼狼』は火属性だ。当然、上位種だけあって自身の属性である火に対しても耐性があるに違いない。
それはもちろん、エレアやヨナヒムにもわかっていたはずだ。
顔色一つ変えることなく、傷を負った『炎翼狼』の挙動を窺っている。
と、『炎翼狼』が上空へ高く舞い上がる。そしてヨナヒムの剣も、エレアの槍すらも掠らない高みに届くと、その翼から無数の火羽根を降らせた。
「安全圏からの攻撃か……」
「しゃらくさいわね……」
顔を顰めながらヨナヒムが降り注ぐ火羽根を『魔抗剣』で叩き落せば、エレアは頭上で槍を回転させて弾き飛ばす。
二人は『炎翼狼』の攻撃を造作もなく防いではいるが、このままでは埒が明かない。
ヨナヒムは剣を振るう合間に右掌を『炎翼狼』に向けた。
「――『水矢』」
ヨナヒムの掌から生み出された水の矢が、『炎翼狼』に向けて無数に放たれる。
遅くはないが、ルカが放つ『火矢』に比べるとどうしてもその速度は見劣りしてしまう。事実、『炎翼狼』はヨナヒムの『水矢』を軽々と避け、火羽根による攻撃を続ける。
だがその『水矢』の陰に紛れてエレアが投擲した『水燃槍』が高速で空を泳ぎ、飛んでいた『炎翼狼』の炎の翼の根元に突き刺さった。
『ギャっ?』
驚いたような声を上げて墜落する『炎翼狼』。翼自体は炎であっても、根元の部分には実体があるのだ。そこを貫かれてはひとたまりもないだろう。
「らぁっ!」
落下しながらも態勢を整えて足から着地した『炎翼狼』に、即座にヨナヒムが飛び掛かる。が、その接近を読んでいたように、『炎翼狼』は背中に槍が刺さったまま近距離で口から炎の球を吐き出し迎え撃つ。
ヨナヒムが『魔抗剣』でその炎の球を掻き消した隙に、彼を仕留めるつもりなのだろう――しかし、ヨナヒムこそその『炎翼狼』の企みを読んでいた。
「――『水壁』
ヨナヒムが創り出した水の壁に炎の球が衝突し焼けるような音が響く。
そして生まれるのは、大量の水が一度に蒸発したことで起こる大規模な水蒸気だ。
辺り一面が白い靄で覆われる。
『グゥ?』
炎の球を剣で処理したヨナヒムの隙を狙うはずだったのだろう、水蒸気によって視界を遮られた『炎翼狼』が狼狽えたような声を出す。
そして当然、水魔法を行使したヨナヒムはこの状況を予測できていたはずだ。
「せあっ!」
躊躇なく横薙ぎに振るわれたヨナヒムの剣が『炎翼狼』の右前足を水蒸気ごと切り飛ばし、返す一振りで額を真一文字に深く切り裂いた。
『ガ・・・・・・』
頭部に致命傷を負った『炎翼狼』は驚きに目を見開き、頭と足から盛大に血を噴き出させながら足元から崩れ落ちる。
数回痙攣すると、『炎翼狼』の特徴とも言うべき炎の翼が消え、そこには『翼狼』に比べて少し大きいだけの狼の亡骸が残った。
ピクリとも動かなくなったところを見ると、完全に息絶えたのだろう。
『アオーンっ!』
その事に気付いたのか、ルカを囲んでいた『翼狼』の一匹が、『畏れの洞窟』のある方に向けて遠吠えを上げた。
もしかしたら、まだ洞窟の中に仲間が残っているのかもしれない。そしてその仲間に、ボスの死を告げたのかもしれない。
(……まぁ、告げたところで意味はないだろうがな)
『炎翼狼』の死を見届けたメルクは、痛む首の後ろを擦りながら内心で嘆息した。
討伐対象であり、厄介な相手であった『炎翼狼』が片付いたのだ。後は単純に掃討戦と言えるだろう――メルクにとっては残念なことに。
『ガウっ!』
ボスが倒されたことに血迷ったのか、『翼狼』が一斉にルカへと襲い掛かる。しかしルカは冷静に杖を構えた。
「――『火壁』」
突如としてルカと『翼狼』たちを仕切るように現れた火の壁に、『翼狼』たちは一斉に蹈鞴を踏んだ。中には止まり切れずに火に突っ込んで、全身火だるまになってのたうち回るものもいる。
「加勢するわよっ!」
そして『炎翼狼』の死骸から槍を引き抜いたエレアが、ルカの助太刀に駆け付ける。一方、ヨナヒムの方と言えば剣を杖代わりにして息も絶え絶えと言った有様になっていた。
メルクがヨナヒムの体内に残る魔力を視たところ、ほとんど空っぽの状態だ。生命力と直結している魔力がこの残量では、満足に動く事もできないだろう。
無理もあるまい。
魔法使いでもないヨナヒムが、『炎翼狼』の炎の球を打ち消すために大規模な『水壁』を無詠唱で創り出したのだ。相当に魔力を喰われて然るべきで、動けなくなるのも道理である。
「はぁっ!」
「――『火槍』」
そんなパーティーリーダーを尻目に、次々と『翼狼』を屠っていくエレアとルカ。残っていた『翼狼』たちもその数を少しずつ減らされていき、ついには残り一体となった。
『グゥゥゥ』
残された『翼狼』は唸りながらも後退り、抜け目なく逃げる機会を窺っている様子だ。当然、それを見逃すほど冒険者たちは甘くなかった。
「待ちなさいっ!」
少しずつ後退っていた『翼狼』に一気に迫り、エレアが桃色の髪をなびかせ鋭い突きを放つ。
『ギュ……』
眉間に槍を突き入れられた『翼狼』は、唸りとも呻きともつかない音を出して即死。呆気ない最期だった。
「ふぅ、片付いたわね」
エレアが槍を『翼狼』から引き抜き、達成感の籠った嘆息をする。
「報酬、期待」
ルカも外套に杖を仕舞い、少しだけ頬を緩ませた。難易度の高い依頼をクリアしたことで、成功報酬に思いを馳せているのだろう。
「……はぁ、もう駄目だ」
戦いが終わるまでは何とか踏ん張っていた様子のヨナヒムが、力が抜けたように尻から座り込んだ。今まで立っていられたのが信じられないほどの消耗だ。致し方あるまい。
(やれやれ、大した奴らだな。だがこれで、私が里から出る望みは潰えたか……)
複雑な思いを抱きながら、自分の一番近くにいたヨナヒムへとねぎらいの言葉を掛けようとするメルク。
そして彼に二三歩近づいたところで、
「――っ?」
自身のうなじが激痛を発したため、反射的に見えるはずのないそこを見ようと背後を振り向く。そして――。
そして山を駆け下りてくる『炎翼狼』の姿に気付いた。




